「なになに戦隊なんとかレンジャー
        〜黎明編〜」


超大手おもちゃメーカー『○"ンダ○』。 今朝もここに多くの人間が働きにきている。
出社ラッシュでごった返すエントランスに、ひときわ大きな声が響いた。
「おーい、倉石!お前、倉石だろ!?」
その声をかけられた本人、倉石庵(くらいし いおり)は立ち止まり、
「北島・・・?!」
人の流れを横切ってこちらにやってきた男、北島善太(きたじま ぜんた)を見て、驚いた。
「いやあ、高校の友達にこんなとこで会えるとはな。卒業以来だよな。元気だったか?」
庵はこの目の前でニコニコする男をまじまじと見た。ガードマンの制服を着ている。
「君、いつからここに?ウチの社員なんですか?」
「ああ。一ヶ月前からな。警備課だよ。 お前の就職先だったとは知らなかったなー。何の仕事してるんだ?」
「広報課ですよ。新作の発表とか、商品のCMとかを取り仕切っているんです。」
庵は善太に自分の部署をわかりやすく説明してやった。
「そうか、大変だなー。しかし、オレら警備課がこの会社、子どもの夢工場を守るから、 お前らは安心して働けよ!」
こいつの誇大妄想的な物言いは高校の時から変わっていないな、と思いつつ、庵は腕時計を見た。
「では、この辺で。今日は忙しくてね。今度、ゆっくり飲みに行こう。」
「おう、頑張れよ!」
庵の言葉が社交辞令だとはわからないまま、善太は持ち場に戻っていった。 そして、庵も自分の部署へ歩き出す。


朝の厨房は忙しい。
昼食という名の戦闘のための準備がすさまじい速さで進行しているのだ。 ここ、『○"ンダ○』の社員食堂でも。
「ウコンちゃん、これ重いの。運んでくれない?」
「あィス!」
ウコンちゃん、こと帯刀右近(たてわき うこん)という青年は、オバちゃん率100%のこの厨房に 一週間前から入った下っ端であり、唯一の男手であった。
「ウコンちゃん、ミートソース出来た?」
「もーすぐッス!」
「終わったら、かき揚げよろしくね!」
人当たりもいいし、料理の腕もいいし、素直に言うこと聞いてくれるしで、 右近は一週間にしておばちゃん達のアイドル、もとい便利屋になりつつあった。
「ウコンちゃん、今日、カレーも作ってくれない?」
「えっ・・・」
今まで全ての「おねがい」に快く応じていた右近が顔をこわばらせた。
「カ、カレー・・・?」
「今日の当番の小松さん、風邪で休みなのよ。だから、おねがい!」
「いや、あの・・・」
珍しく歯切れの悪い右近の態度をオバちゃんは不思議に思った。
「ウコンちゃん、ここ来る前はカレーショップにいたんでしょ?お手の物じゃない。」
「その・・・それはそーなんですが・・・」
顔を覗き込むオバちゃんに、右近は伏し目で答える
「俺の作ったカレーで何人もの人が食中毒おこして・・・それで店潰れたんです。 だから俺、もうカレー作るのが怖くて・・・」
「何言ってるの!怖がってちゃ前に進めないわよ!」
そう声を飛ばしたのは、近くでキャベツの千切りやってたオバちゃん。
「そうよ!料理は食べ物。逆に貴方が食われてどうするの!」
また別のオバちゃんが言葉を投げかける。
「失敗したら、何回でもやり直せばいいじゃない!」
「調理人魂見せてみなさいよ!」
「諦めたらそこで終わりよ!」
いつのまにか厨房じゅうのオバちゃんが彼を取り囲んでいた。
「あなたの腕は確かよ。私達全員が保証する。」
一斉にうなずくオバちゃん達に、右近は胸が熱くなるのを感じた。
「わかった!俺、やってみる!!」
右近はカレー用の寸胴鍋の前に立った。
何年もの間カレーのみを煮込み続けてきた鍋にはその香りが染み付いていて、 彼の鼻腔をくすぐり、
「・・・あれ?なんでだよ・・・」
右近の目から、涙がこぼれた。
「やる気になったみたいね、ウコンちゃん。」
「これでカレーも押し付けられるわ。」
オバちゃんたちの会話は、右近の耳には届かなかった。


「おうい、ちょっと」
善太が引き続き立ち番をしていると、郵便物係の職員がやってきた。
「なんだ?」
「この封筒、怪しいというか・・・警備課で調べてみてくれないか?」
言って彼が差し出した茶封筒には、郵便番号と、この会社の名前しか書かれておらず、 当然差出人は無記名だった。
「本当だ・・・なんか、事件の臭いがしやがる・・・」
「え?」
嬉しそう、ともとれそうな善太の態度に、職員は眉をひそめた。
「とにかく、頼んだよ。」
「おう、まかせとけ!」
善太は封筒を握り締め、警備員室へと向かった。 あとに残された職員は、大丈夫かな・・・と少し不安になった。


「あ、あそこ!」
「え?・・・うわ、ラッキー!」
廊下を歩く女子社員二人が何故突然立ち止まり、喜んだかというと、
「アッケミちゃ〜ん!」
そう呼びかけられた彼、鳥ノ井明美(とりのい あきよし)は驚いて、脚立の上でバランスを崩した。 蛍光灯の交換をしていたのだ。
「あわぁっ?!」
「きゃあっ!」
そのまま脚立の一番上の段から落っこちた、のを、 間一髪で近くを通りかかった男性社員が受け止めた。
「あ、どうもすみません。ありがとうございました!」
「危なかった〜。大丈夫?アケミちゃん」
「どうもすみませんでした!」
しかし、助けた側は無反応のまま、ふらりと立ち上がり、行ってしまった。
「何アレ」
「かっこいーなーって思ったけど」
「かっこいい?確かに顔はいいけど、なんか暗いカンジ」
「うん・・・なんか、ね。」
「それより私はアケミちゃんの方がいーわ」
「えっ?」
突然話を振られ、明美は言葉を失った。
「アケミちゃん大丈夫?怪我とかない?」
「あ、ハイ、大丈夫です。あの・・・」
『アケミ』じゃなくて『アキヨシ』なんです、と言おうとしたが、
「元はと言えば、私達が悪いのよね。これ、お詫びの印!」
言うなり、100円くらいのお菓子を突き出してきた。
「あの、そんな、気になさらないで下さい!」
「エンリョしないでよ、そこがまたかわいいんだけど!」
無理矢理お菓子を握らせると、
「それじゃあね!」
「お仕事頑張ってね!」
二人の女子社員は行ってしまい、明美は少しの間、呆然と立ち尽くした。
(もらってしまった・・・知らない人なのに・・・)
「かわいい、か・・・」
自分の知らない女性社員、さらには男性社員にも、そう言われていることは知っていた。
見ず知らずの社員から『アケミちゃん』と呼ばれ、今みたいにお菓子をもらうこともしばしばある。
原因の一つは、自分が庶務課で、社内の至る所で仕事をしているから、なんだろうけど・・・
「やっぱ、この体格だよなぁ・・・」
身長は150センチと少ししかないし、顔は童顔だし。
可愛いといわれても、たとえ子供料金で電車に乗れたとしても、 彼は自分の容姿を気に入っていなかった。
「だって合う服が無いんだもん・・・」
今現在着ているスーツも、必死で探してようやくサイズが合ったものだが、 婦人服の7号のものだとは誰にも言えやしない。
ボタンの合わせで周囲にはバレバレだが・・・


「なんてぇこった・・・」
警備員室。善太はふるえていた。武者震いかもしれない。 その顔には、驚愕のほかに喜びも、少しだけ混ざっていたから。
「事件だぁ!!」
その雄叫びに、室内にいる者は全員振り向いた。


今にも倒れそうな足取りで廊下を歩く者がいた。
彼の名は、土田連賀(つちだ れんが)といった。
仕事――ゲームプログラミングが一段落着いたので3日ぶりに仕事場から出、 買出しに行こうかと思っていたのだが・・・
つい先程のことが思い出される。
人が脚立から落っこちた場面に出くわし、咄嗟にその人を受け止めた。
そこで、残り少ない体力を全て使い切ってしまった。
今、外に出て日の光を浴びたら間違いなくぶっ倒れるだろう。 どこか、落ち着けるところで体力を回復させねば。
ふと、社員食堂の入り口が目にとまった。
腕時計を見る。
久々に見る文字盤の上で、針は9時を少し過ぎたところを指していた。
この時間なら人がたくさんいる心配は無い。
連賀はフラフラと社員食堂に入っていった。


「ついに今日か・・・首尾の方は?」
「完璧です。」
上司に問われた庵は、自信たっぷりに言ってのけた。
この日、株式会社『○゛ンダ○』広報課は大きな事業を成し遂げようとしていた。
家庭用ゲーム機『エキサイトカーリング』の製作発表に『○゛ンダ○』会長自らが 取材人の前でこの商品の開発についてのコメントをするという、まさに一大イベントである。
そして、そのプロジェクトのリーダーが庵であった。
これを成功させれば彼の昇進は間違いない。
頭も、仕事の腕も、そして人柄も良い彼を、周囲はそう評価していたが、 だからといって嫉妬の念を抱くものは誰一人としていなかった。
「後10分程で会長が到着されるそうです!」
受話器の一方を塞ぎ、女子社員が知らせる。部屋の空気が一層引き締まる。
その時、
「大変だ!」
ドアが乱暴に開け放たれ、男が一人飛び込んできた。 庵はその男の顔をよく知っていて、更に、今現在あまり会いたくない顔だった。
「北島。」
苦々しげに話しかける。善太も庵の存在に気付き、
「倉石、今日の記者会見、やるな!」
頓狂な言葉に、その場にいた全員が驚き、
「何故です?」
庵だけが平静を保っていた。
善太はポケットから紙片を取り出し、皆に見えるように掲げる。
そこには雑誌や新聞の切抜きの文字が並んでおり、それが作った文章は―――

記者会見ニテ『○゛ンダ○』会長ヲ殺ス。覚悟サレタシ。

室内がどよめいた、が、
「今更止めるわけにはいきません。」
不安なざわめきに満ちた空間を、庵の声が真っ直ぐに貫いた。 善太をはじめ、皆は、それこそこの部屋にいる全ての人間が庵を見た。
「会長はまもなくここに到着されます。土壇場での取り止めなど、この記者会見に集まって下さった全ての方たちへの 無礼に他なりません。」
「しかし倉石・・・会長が、殺されるかもしれないんだぞ?」
「それを阻止するのが、警備課の、貴方の役目でしょう?」
善太の動きが止まる。胸の中に、熱いものが湧き上がってくるのを彼は感じていた。
「陰から会長を守ってください。頼みましたよ。」
庵は善太を見据える。
善太は硬く拳を握り締めた。
「まかせておけ!!」
弾丸のごとく彼が部屋を飛び出し、見えなくなるのを確認してから、庵は同僚と上司に向き直った。
「時間がありません。急いで準備をしましょう」
なんとなく、彼に逆らえない雰囲気がそこにはあった。


「♪青い〜風〜が今〜胸〜のドア〜を叩い〜ても〜 私だ〜けを〜ただ見つめて〜微笑んで〜る〜貴〜方〜」
ごきげんに歌なぞ口ずさみながらスパイスを調合する右近のうしろで、オバちゃんたちはのんびり談笑していた。
「あそこでずっと寝てるコ、美形だったわよー」
「あら、田島さん、旦那は?」
「やァだぁ〜米沢さんたら―――。目の保養よ、目の保養。」
一斉に、笑う。
「あ、アケミくんよ!」
「あら本当。ああ、あそこの蛍光灯、切れてたのよね。」
「礼儀正しいし、素直だし。ウチの子にも見習わせたいわぁ」
「むしろウチの子になってくれないかしら」
「いいわね、ソレー」
再び一斉に笑う。
「そうそう、今日、なんだか社内が慌しいような、ピリピリしてるような気がしない?」
「あぁ、なんでも会長がお見えになるらしいわよ。記者発表のゲストだかなんだかで。」


護衛に囲まれ、リムジンから降りた白髪の紳士を、庵と同僚二人が出迎えた。
「お忙しい中、本当にありがとうございます。」
「いやなに、あのゲームは私の趣味で作らせたようなものだからね。」
庵の差し出した手を握り、会長はにっこりと笑う。相当な高齢のはずだが、上がった唇から 覗いた歯はきれいに揃っており、また、握手にも力強さがあった。 背筋もピンと伸びており、とても会社の全てを年下の同志に譲り、隠居している身とは思えない。
「どうぞ、こちらです。」
正面玄関を通ってエントランスホールに入り、会見場へ行こうとしたその時、 周囲を取り巻いていた記者団の中から悲鳴が上がった。
「動くな!」
耳をつんざくような――銃声が上がった。
人々の意識が一瞬混乱し、そして事態を把握した時には既に、 会長が1人の男に銃を突きつけられており、 更にもう2人が周囲の人間を威嚇するように銃口を向けていた。
「変なことしたら・・・会長の頭、飛ぶぜ?」
誰も、何も出来なかった。
脅迫者と人質は、壁際までゆっくりと移動して、適当なドアを開け―――


パン、パン、と、非常識な音が、2回した。
続いて、
「死にたくなけりゃ、ここから出な!」
という荒っぽい声が聞こえた。
しかし、脚立の上で蛍光灯を交換していた明美は、そんなことを急に言われても、 すぐには動けなかった。
「え?ちょ・・・」
オロオロしている間に、扉の閉まった音がした。
辺りを見下ろすと、広い社員食堂にまばらにいた人影は全て消えていた。 替わりに入ってきたのは、一人の老人と、覆面で顔を隠した人間3人。 覆面の内の一人が老人を脅すように小突いた。手にしている拳銃で―――
明美は眩暈を覚えた。目の前の光景が、現実のものとは考えられない。
しかし、不意に彼らと目が合ってしまい、明美は脚立の上で竦み上がった。
「出てけッたのが聞こえなかったのか!?」
声が、出ない。
銃口が、自分に向けられた。
「おい、やめとけ」
弾は、発射されなかった。
「でも・・・」
「タマの無駄だ。」
「あ、あぁ・・・そうだな。」
仲間に止められて、男は銃を下ろした。
つまらない意地で仲間割れを引き起こすほど、彼は愚かではなかった。
「あんなガキ、殺っても殺らなくても一緒だな。おい、そこから動くんじゃねえぞ!!」
明美は、なんとか首を縦に振った。
  これは、現実なんだ・・・
どうにか、しなければ。その言葉を、自分に何度も言い聞かせた。


なんてことだ。
会長をなんとしてでも守る決意を固めていたと言うのに。
善太は閉ざされた社員食堂の扉を半ば呆然と見つめた。
「とにかく警察に通報だ!」
警備課の先輩の声に我に帰り、社から支給されている携帯端末を取り出した、が、
「警察は呼ぶな!」
扉の向こう側からの声で、手が止まった。そして、湧き起こる怒り。
「ワガママいってんじゃねぇよ!呼ぶぞ!俺は警察を呼ぶ!!」
「待て―――!!!」
周りの人間が、心を一つに、善太を取り押さえた。
「人質がいるんだぞ、犯人を怒らせるような真似はよせ!すんません、今のは じょーだんです!警察は、呼んでませ―ん!!」
少しの間、皆、沈黙した。幸い銃声は聞こえてこなかったので、一様に胸をなでおろす。
「ったく・・・なにやってるんですか。」
聞き覚えのある冷たい声に、善太が振り向くと、庵が立っていた。
「いいですか?会長の命は犯人に握られている。警察が呼べなくなった今、 我々の力でこの事件を解決するしかありません。貴方は私の指示通りに動くこと。わかりましたね?」
庵の言葉を100%理解したのかはわからないが、善太はおとなしく頷いた。 周りの者たちの目には、庵が非常に頼もしく映った。


「ヨウキュウは何なんだー?言ってみろ・・・いや、言ってください!」
先程警察を呼ぶ、と言っていた、あの声が、再び扉の向こうから、今度は変に棒読みに聞こえてきた。
老人は部屋の中ごろに座らされ、彼に銃を絶えず突きつけている者が一人。残る2人のうち、一人はドア付近に、 もう一人は室内をゆっくりと歩いている。
明美は脚立の上で、中身の切れた蛍光灯を握り締め、とにかく今はおとなしくしているしかなかった。 きっと来るであろうチャンスを待って。


「要求などない。俺たちの目的はすべての玩具メーカーを潰すこと。 今日がその第一歩目だ。」
社員食堂の外側で、どよめきが起こる。 庵は静かにするよう、手で促した。
一応の静寂は戻ってきたが、あちこちでささやきが残っている。
「何のリユウでそんなことをするんだ?」
再び、善太が庵の指示通りの言葉を言う。
「理由・・・?」
扉の向こうからの声は、憎しみに満ちていた。


「♪こーのーそーらを抱いて輝く しょーおーねーんよ し・ん・わ・に・なーれ!」
歌い終わるのと同時にコンロの火を止め、右近は満足げに頷いた。
「久しぶりに作ったにしては、我ながらうまくいったな。こりゃあお昼が楽しみだ。 松坂さーん、カレー上がり・・・え?」
振り返ると、厨房には誰もおらず、
「何・・・なんだ?」
不審に思い、厨房とカウンターで区切られている食堂を見に行き、
「なんじゃこりゃあ!!」
思わず松田U作のように叫んでしまいそうになった。
それは、TVドラマでよく見る、犯人が人質を取って立てこもっているシーン。
外界につながる扉は閉ざされ、その前に立ちはだかっている男が何か話している。
「2年前の12月、何があったか覚えているか?」
誰も、何も答えなかった。


・・・『ファイナルクエスト13』の発売。
連賀は心の中で呟いた。
彼は、テーブルの下にいて、そのテーブルは、社員食堂の中にあった。
少しだけ目を閉じて体力を回復させるつもりが、いつの間にか熟睡してしまい、 目が覚めたときには、寝ている間に椅子から転げ落ちたのだろうか・・・ここにいた。
そして、目の前では銃を所持した男3人の篭城戦が繰り広げられていた。
幸いにも向こうは自分の存在を認知していないらしい。
彼は息を潜めて事の次第を見守っていた。
「『ファイナルクエスト13』の発売だ。」
自分の考えと同じ答えを聞いて、連賀は少しうれしくなった。
あのゲームは、自社のものだからというわけではなく純粋に面白くて、 非常にやりこんだものだ。1周目は普通に、2周目はコンプリート、3周目はスピードクリア・・・ 結局6周くらいはプレイしただろうか、と、しみじみと思い出してみる。
「当時俺は高3。年明けには大学センター入試を控えていた。それなのに! あのゲームにはまってしまったばかりに全部落ちてしまった!!そして2年・・・ おれはいまだに大学浪人生だ!!」
彼の熱弁に、残る二人も強く頷いた。
「俺たち3人は皆、おもちゃにはまってしまったばかりに人生を失敗した。 だから決めた。人心を惑わすおもちゃ、その根源をすべてぶっ潰してやろうってな!!」


「馬鹿らしい。」
庵は思わず呟いた。
不運なのは、それが善太の耳に届いてしまったということだ。
彼は勘違いしてしまった。その言葉が台詞の指示なのだ、と。
「えっと・・・馬鹿らしい。
善太の声は地声からして大きい。
その声は当然、扉の向こうに届いてしまった。


「何だとォ!!?」
3人はそろって激昂した。
明美は心の中で悲鳴をあげた。
その時だった。
「まぁまぁ、カレーでも食って落ち着いてくださいよ。」
不意に聞こえたのんきな声に目を向けると、厨房に続くカウンターから、 一つのこわばった笑顔がのぞいていた。
「腹が減っては戦は出来ませんよ。さぁどうぞ。腕によりをかけて作りました」
カレーの盛られた皿を差し出す手は震えていた。
いつの間にあんなところに来ていたのかは知らないが、 この人は必死に犯人たちをなだめようとしている。明美の目から涙が溢れ出そうになった。
「・・・まぁ、それもそうだな。」
空腹だったのだろうか、怒れる男たちの一人が、カレー皿を手にした。
ほかの二人が止める間もなく、添えられていたスプーンですくって一口ほおばり、
「ぐっ?!!」
吐き出し、激しく咳き込む。
「どうした?!」
仲間の異変に彼等は驚いた。突きつけていた銃口が、会長のこめかみからずれる。
―――今だ!!
連賀は自分の鞄からエアガンを取り出し、男たちの銃を握った指先に狙いをつけ、発砲した。
突然の痛みに、彼等は銃を取り落とす。
明美は脚立の上から跳躍し、ずっと握り締めていた蛍光灯で、一人に殴りかかった。
パァン、と、乾いた音がし、細かい破片が飛び散る。
右近もカウンターを乗り越え、カレーに咳き込む男を床にねじり伏せた、が、
「クソッ!」
銃を奪う前に、引き金は引かれた。
「あっ・・・」
あくまでも本懐を全うしようというつもりか、銃口は、 数メートル離れた会長に向けられていた。


銃声を聞いて、善太と庵は扉を蹴破り、室内へ駆け込んだ。
赤い色が、目に飛び込んだ。
人質にされていたらしい、小柄な社員の、脇腹から流れ出していた。
彼は、会長に覆い被さって、庇うようにして倒れていた。
「・・・大丈夫、ですか・・・?」
「ああ・・・なんともないよ・・・」
「そう・・・よかったぁ・・・」
彼はか細く呟くと、目を閉じた。


善太は、手加減無しに殴り飛ばして、気絶させた。
庵は、首の付け根に指弾を入れて、自律神経を麻痺させた。
右近は、引き金を引いた手ごと銃を踏付け、今度こそ本当に取り押さえた。


明美を乗せた救急車が出発した。
連賀と会長が交代で救命処置を行い続けた甲斐あってか、 助かる見込みは充分にあるそうだ。
3人の浪人生は警察へ引き渡された。

そして。

次の日、会長直々の辞令が出された。

北島善太
倉石庵
帯刀右近
土田連賀
鳥ノ井明美
「特殊営業課」を設立するとともに、上記の者を特殊営業課に配属する


・・・
・・・・・
・・・・・・・・

「グリーン、どした?」
「・・・ああ、傷跡が、疼いただけ。今日、雨降ってるから」
「あの時の・・・ですか。」
「イエロー!今日のカレー、無理!喰えない!!」
「えっ?ウソぉ!?頑張れよ!」
殺す気かよ。どこか、食べに行きましょうか」
「やった!外食だ!嬉しいね、ブラック!」
「・・・・・・(頷く)。」

〜オハリ〜

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