「なになに戦隊なんとかレンジャー 〜犬と妹と私〜」

ある朝のことだった。グリーンはいつも通り一番に出社し、特殊営業課のドアを開けた。
「おはよう、ブラック、ゴロンボ!」
昨夜宿直だったブラック(ヒト・28才・オタク)とゴロンボ(イヌ・12ヶ月・オス)に明るい声をかけ…彼の笑顔は凍り付いた。
デスクとソファと電子機器類と健康器具多数が並ぶ室内に、それらよりも遙かに大きい陰が、いた。
それはよく見ると犬――にしてはあまりにも大きい、獣の形をしていた。もちろん、生きている。その野生的な息遣いが部屋の入口に立つ彼のところまで聞こえてくる。

―――食われる…

本能が、警鐘を鳴らしている。逃げようと判断した刹那、理性がこの部屋にいるであろう者たちを思い出させた。

―――ブラック、ゴロンボ!

陽の射し込む薄明るい室内を見渡すと、パソコンの載った机につっ伏して眠っているブラックの姿を認めた。ゴロンボの姿は見えない。その理由は…想像したくなかった。
ブラックと獣との距離はおよそ2m。彼に背を向けているが、食われるのは時間の問題と思われた。

―――助けなきゃ。

その一心で室内に飛び込んだ。
デスクとぶら下がり健康器の間をすり抜け、走る。あと3m、のところで金魚運動機に足をとられ転倒してしまった。
ガシャンと大きな音が響き、獣がこちらに気づいてやってきた。ゆっくりと…熱い息を感じる。漆黒の目だけが陰のなかでギラギラと光っている。
起きあがろうとしたが、体が動かない。
「ヒッ…」
悲鳴の代わりに息が喉から漏れた。

―もうだめだ…

 

ぺろ

頬に、暖かな感触。

「…?」

いつのまにか閉じていた瞼をあげると、そこにはやはり獣の顔のアップ。だがその生き物は自分の頬をなめている。呆然と、するしかなかった。

「おっはよーございMAx!!」

突然の声に顔をあげるとイエローがドアを開けて立っていた。
「グリーン、何コケてるかね?」
彼はこの異形のモノになにも感じないのか、平然と近づいてくる。
「あ…あの…」
「はい立つー」
腰が抜けてしまっていたので抱き起こしてもらう。
「あ…ありがと…」
脳の回路もようやく復旧してきた。
「あの…これ…」
グリーンは、まだ震える指の先でこの大きな生物を指す。
「ゴロンボがどーかしたんか?」
「え?」
何を言ってるんだこの人は。それとも自分の聴き間違いか?
「ゴロンボ、もう1歳になるだろ?成犬になったんだよ」

………

「成、犬…?」

「立派になったな、ゴロンボ」
硬い毛並みをなでられ、体高120cmのゴロンボはイエローにすりより甘えた声を出した。
「立派すぎだよ!!!」
グリーンはありったけの声で叫んだ。

 

 


「で、どうするんですか?」
次いで出社してきたブルーが溜息混じりに言った。
レッドはゴロンボと、その巨体をものともせずレスリングに興じている。
「な、なーにがぁ?」
イエローはわざと可愛らしい態度をとり、ブルーの真意を理解していないふりをした。
「あんなに大きくなってしまっては、ここでは飼えないでしょう」
「レッドは平気そうじゃん」
「レッドを常人と同じに考えないで下さい」
ぴしゃりと言い伏せられ、イエローは肩をすくめた。
グリーンは困ったような顔で二人を見守り、ブラックはいつもどおり静観している。
「残念ですがやはり…」
「保健所は絶対ダメ!!」
「だったらどうしろって言うんですか!」
私だってこんな選択はしたくないんですよ、とブルーの目は語っている。それが伝わるからこそ、イエローは余計いらついたし、グリーンはよりいっそう困ってしまった。
ブルーとイエローは睨みあった。
その両者一歩も譲らぬ剣呑な空気を壊したのは、ひどく稀な、声を発すること自体が稀な人物だった。
「ひきとって、もらえるかも…しれない」
ブラックの声は低く小さく、呟きのようなものだったが、レッド以外の3人は聞き逃さず、彼を注視した。
ブラックは携帯電話を取り出し、どこか解らないが通話し始めた。
「…うん。今、ええか?犬ば欲しい言うてたやろ?」
ブラックの口からむちゃくちゃな訛り言葉がこぼれる。彼は親の仕事の都合で幼少のころから日本各地を転々としていた。そのため各地の言葉をごた混ぜに覚えてしまい、今も標準語がなかなか話せないでいる。それが彼が滅多に喋らない要因のひとつとなっていた。
「え?!何や、ええて、ええて!家で待っとりぃ!………そんなんやねっけど…おい!…」
通話が、向こうから打ち切られたようだった。パチン、と携帯電話を畳んだブラックの表情はひどく沈んでいた。
「だめ、だったの?」
土気色の顔のブラックを気遣うようにグリーンは尋ねた。ブラックはわずかに首を振る。
「…や。欲しいて」
「マジでか?!」
イエローはパァ、と顔を輝かせ、
「やったー!!」
と喜びをあらわにする、のを打ち消すように
「みんな逃げろ!」
ブラックが鋭く言い放ち、3人も、レッドまでもが驚き目を見張った。
「ここまで預かりに来るて言いよった………アイツに会ったらあかん。逃げてくれ…!」
標準語を話す力も無く、ブラックはうなだれた。それを目の前にした一同は首をひねる。
「一体、誰がここに来る、いえ、ゴロンボを引き取ってくださるのですか?」
ブルーの問にブラックは蚊の鳴くような声で答えた。
「……妹」

い。
いいいいいいい
「…………………妹ぉぉおおおおお???!」
イエローは内臓がひっくり返ったような叫びを上げた。
「妹?ブラックの、妹?え、そんなん聞いたことなかったじゃないすかーもー早く言ってよねー。あーでもなんつーの?正直ゴロンボと別れるのすっげぇ寂しいけど妹さんに引き取られてくなら我慢できる、いやむしろ全然オッケェ?」
喜びのあまり思考が全て口に出てしまっているイエローを、レッドは不思議そうな目で見ていた。
「なぁブルー」
「話しかけないで下さい」
「なんでイエローはあんなに喜んでんだ?」
知るわけないでしょう、と冷たく言い放ったブルーの代わりにグリーンが応える。
「う〜んと、説明しにくいけど、一言で言うならロマン、かな」
「ロマン?」
「もしくは憧れっていうのかな。僕も少し、憧れるけどね、妹って。僕には姉しかいないから。イエローは男兄弟の末っ子らしいし、余計に憧れるんじゃないかな。女の子の兄弟で、しかも自分より年下って。」
「んー?んん。」
グリーンの説明に、レッドはわかったようなわからないような返事をし首をコキコキと曲げた。
「ものども、妹様を迎える準備をするぞ!カレーを、カレーをふるまわねば!!」
「やめぇ!ほんま、逃げろ言うてるやろ!!」
テンションが上がりすぎて暴走気味のイエローを、これまた普段ではありえないほどの勢いで止めようとするブラックを、ブルーは珍しいものを見るような目で観察していた。

 

1時間後。

ブラックがひどく沈んだ面持ちで迎え入れたのは、一目で彼の妹とわかるような女性だった。
切れ長の目に、ほっそりとした輪郭。女性にしては上背のあるスレンダーな体つき。烏の濡れ羽色を体現するかのように真っ黒なストレートの髪を長く伸ばし、頭の後ろで一つに結っている。
「土田輪花と申します。兄がいつも、お世話になっております」
深々と頭を下げ、そして微笑む。美人の部類に入る彼女の笑顔にイエローのみならずレッドとグリーンも、鼓動の高鳴りを覚えた。
「いいぃえぇ。こちらこそ!あ、俺、帯刀っていいます!いつもお世話してます!」
「じゃなくて、お世話になっております。同僚の倉石です。」
「オレ、北島。よろしくデス!」
「鳥ノ井です。お兄さんにはいつも助けられています」
面と向かってコードネームを名乗るのは恥ずかしいのと、一応戦隊であることがばれるのを恐れ、4人は本名で自己紹介をした。
イエロー、レッド、グリーンは本心からの満面の笑みで、ブルーは社交辞令の微笑を浮かべていたが、その横でブラックだけが苦々しい顔をしていた。
「……今、連れてくるけん」
さっさと帰ってもらおうと思っているのか、普段からは想像できないほどの速度で応接ソファに彼女を座らせ、部屋の奥へと走っていった。
「あの…どうぞ」
残された輪花の前に、グリーンは紅茶を差し出した。(イエローの、カレーを茶菓子にするアイディアは、ブルーの右拳とレッドの左拳により辛くも阻止された)
輪花はカップに添えられた薄切りのレモンを湯気の立つ紅茶に浮かべると、それに口をつけずに、斜め向かいに座ったグリーンに視線を向けた。
「兄は…普段どんな様子ですか」
「どうって…?」
「兄は何考えてるかわかんないというか、全然喋れないでしょ?職場でうまくやっていけてるのかなぁって」
妹ながら心配なんですよ、と先程よりもくだけた調子で笑う彼女に、グリーンは目を細めた。
「大丈夫ですよ。皆、土田さんは頼もしい仲間だと思っています。特に、僕なんかは何度も助けてもらっていますし。」
確かに無口なところはありますけど、と付け加えると、輪花は嬉しそうによりいっそう笑みを深くした。
「助けられてるっていうより、助けてるほうが大きんじゃないのか?」
ソファの後ろからレッドが口を挟み、ながらブルーに首根っこを掴まれてひきずられてゆく。
「巡回(レッド用語だとヒーローパトロール)に行ってきます。輪花さん、どうぞごゆっくり」
筋肉質ゆえ体重は80kgを越えるレッドを有無を言わさず引きずる力がそのしなやかな細腕のどこにあるのか、と誰しもがツッコミたくなるが、ブルーの浮かべる絶世の美青年スマイルがツッコませる隙を与えない。
「なんなんだよ!一人で行けばいいじゃないかよぅ!」
「貴方をここに残していくのが心配なんですよ」
「へ?……そうか、さてはサミシがり屋か?!」
「どうとでも言って結構です」
レッドを伴い外へ出てゆくブルーのその真意は、自分達が警察機構の敵『なんとかレンジャー』だということをメンバーの肉親とはいえ部外者の輪花にうっかりばらしてしまうのを防ぐためで、レッドならばやりかねないということをグリーンはすぐに察知した。そして彼は心の中で「グッジョブ!」とブルーに敬礼した。
そして自分に出来ることは……自分達の正体を悟られないよう巧く接待し、早々に帰ってもらうこと。
思い起こせばブラックが、妹がこの基地に来ることを恐れたのもそういう意味だったのだろう。グリーンはそこまで考えの及ばなかった自分を恥じた。

グリーンはまだ解っていなかったのだ。
ブラックの真意がそこにはないということを……

「だよねー。連賀って明美がいないと生きてけないんじゃん?」
先のレッドの言葉を引き継ぐように言いながら、イエローはさりげなく輪花の正面に腰を下ろした。レッド&ブルーに気絶させられてから5分と経っていないはずだが。恐るべき『妹』への執着心である。
「え?なんのこと??」
思考が別の方向に行っていたグリーンはイエローの思いがけない言葉にうろたえた。
「だぁって、明美、毎日のよーに連賀の世話やいてんしょ?掃除とか洗濯とか食事とか」
イエローは隣に座るグリーンの肩に手を回し、ホント、偉いコですねー、と、もう一方の手でグリーンの頭をワシャワシャと撫でた。
「毎日じゃないよ。掃除と洗濯は休みの日だけだよ!そりゃ週に4日くらいはウチにご飯食べに来ていっしょに寝るけどさ」
弁解しつつ、イエローの手を押しのけようともがいていると、グリーンは輪花が興味深げに自分たちを見ているのに気付いた。
「あ……すみません」
客人を前に騒いでしまった非礼を恥じて、姿勢を正し頭を下げるグリーンに、輪花はクスクスとこらえきれないように声を立てて笑った。
「ううん。気にしないで。それよりも、鳥ノ井さん、帯刀さん、ちょっとおねがいが…」
「待たせたな。」
あからさまに輪花の妨害をするようにブラックは言葉をかぶせ、グリーンの前に立ちはだかった。
「こいつが、例の犬や。大切にしぃ」
ズイ、と彼女の前に巨大犬ゴロンボを押し出す。それだけで輪花の視界はモフモフの毛皮で埋まった。
輪花は少しの間あっけにとられていた、が突然ソファから立ち上がり、
「こんなデカイの飼えるかぁぁぁあっ!!」
ブラックの顎に膝蹴りを食らわせた。
「すげぇ。シャイニングウィザードだ」
イエローは呆然と呟き、グリーンは驚きで言葉も出なかった。
「犬飼いたい言うてた……」
「これは犬やのうてライオンや!こんなんマンションで飼えるかいな!!」
「躾は出来とるし性格もええで。少しヤンチャやけど」
「ヤンチャですまされへんやろ!生死の問題や!!」
兄と妹の激流のような受け答えはまるで漫才のようだが、輪花がゴロンボをひきとってくれる可能性は薄く、けして楽しんで聞けるものではない。

 

しつこく、本気でしつこく輪花を説き伏せようと3人は試みたが、輪花の意思はまぁ当然ながら堅く、結局ゴロンボを引き取ることのないまま3人そろってビルの外まで彼女の見送りをする羽目になった。
「どうも、お邪魔しました。兄ィ、ちゃんと働くんやで」
来た時と同じように愛想よく笑いお辞儀をする彼女に皆残念そうな表情を浮かべる。
「ほんまに…つれていかんのか?」
ゴロンボの頬毛をホフホフ撫でつつ、ブラックは輪花を未練がましい目で見る。
「しつっこいなぁ!飼えん言うてるやろ」
もう一度兄の顎にシャイニングウィザードを叩き込みそうな勢いで輪花は可能性を全否定すると、くるりと3人とビルに背を向け歩き出した。その背中をイエローは名残惜しそうに見つめていた。
その時だった。
おぉ〜〜〜〜ぅい、という聞きなれたレッドの声がし、それをバックにスクーターが一台、3人と1頭に近づいてきた。
「つかまえろ!こいつ、強盗だ!!」
レッドの声に怯えたのか、それとも時速30kmのスクーターを走って追いかける(しかももうすぐ追いつきそうな)レッド自体に怯えたのか、80ccのスクーターには不釣合いのフルフェイスのヘルメットをかぶったライダーはスピードをさらに上げる。それを迎撃するようにイエロー、ブラック、グリーンは歩道と車道の区別のない道路の中央に出た。
「止まれ!」
3人が両手を広げスクーターの進路を囲いこむように立ちはだかったが、スクーターはそれを辛くもかわし、そのままバランスを崩して路肩へ突っ込んでいった。その先には、輪花がいた。
「輪花!!」
ブラックが声を上げたが輪花は突然のことに体を動かせないでいた。
彼女の視界に、駆動する前輪の影が落ちる。
ブラックは走った。イエローも、グリーンもそれに続いた。けど、
――――間に合わない
輪花までもが、ふとそう思った。しかし、

空中を、大きなモノが空を横切り、そしてスクーターを撥ね飛ばして、横転させた。
その巨大な姿は着地してブルリと体を震わせると、気遣わしげに輪花に擦り寄った。

ゴロンボだった。

輪花はよろよろとへたりこんだが、次第に体に力が戻ると、真っ先にゴロンボの喉を撫でた。
「……ありがと」
ゴロンボは巨体に似つかわしくない甘えた声を出した。

 

「お手柄でしたね、ゴロンボ」
警察を呼んでいたブルーが遅れて皆に合流し、6人と1頭はビル内に戻り、警察がいなくなるまで輪花をここに留めておくことにした。(しつこいようだが、なんとかレンジャーの天敵は他でもない警察機構だ)
ブルーに撫でられて嬉しかったのか、ゴロンボは彼に擦り寄り、ブルーはそのライオン並みの重量に少しよろけた。
「本当に、ありがとうね」
輪花はあれからずっとゴロンボの毛をやさしく撫でている。
あれ?もしかしたらいけんじゃないの?とレッド以外の4人は同時に思ったが、
「でもね…ウチで飼うには大きすぎるわ」
先手を打たれ、チックショウ、と思うしかなかった。
「やっぱり……だめですよね」
グリーンは既に諦めながらも彼女を見上げた。(グリーンよりも輪花のほうが背があるという悲しい事実)彼女がゴロンボを引き取ってくれる可能性がないことを、自分に言い聞かせたかったのだ。
「そう、ね…」
輪花はグリーンを、そして他の4人を見回し、そして少しじっと考えた後、
「……あ…の、こんな時に言うのもなんだけど」
「はい?」
グリーン、レッド、ブルー、イエローは同時に返事をした。ブラックは渋い顔をしたが誰もそれを見ることはなかった。
「突然なんやけど、漫画のモデルになってくれない?」
「「え??!」」
4人の驚き具合にゴロンボもビクッと体を振るわせた。
「モモモモモモデル??!」
「え、なに?写真とかとったり??」
「あ、そういうのはなくて、今度描く作品で、貴方達に似せたキャラクターを出していいかな?てことなんだけど。」
いいですか?と微笑み訊く輪花に、それとは対照的な冷たい表情をブラックは彼女に向ける。
「あかんに決まっとるやろ」
「え?なんで?いいっすよー!」
「輪花さんは漫画家さんだったんですか」
イエローは『妹』様の頼みなら火の中水の中、といった様子だし、ブルーも驚いてはいるが否定的な感情は抱いていない。レッドとグリーンにも、特に断る理由などなかった。
「やった!ありがとうございます!絶対お見せしますから!」
輪花はよほど嬉しかったのか、ピョンと飛び上がるようにソファから降り、それではまた、と言い残して嬉しそうに部屋を出て行った。その後をブラックが追う。

―――モデルにするんやったらゴロンボひきとってけ
―――それとこれとは話が別やろ
―――じゃあモデルの件もナシや!あいつら巻き込むなや!
―――本人がええ言うとるんやからええんやないか
―――よくないわ!絶対描くんやないで!
―――……ごちゃごちゃやかましいわ!どあほ!!

ごしゃあっ

シャイニングウィザードが決まった音が廊下に反響して遠くから聞こえてきたが、4人はそれぞれ自分がどんな風な漫画になるのかを思い浮かべるのに忙しかった(イエローは鳥山明の『ドラゴンボール』、グリーンは植田まさしの『コボちゃん』、ブルーは横山光輝の『三国志』、レッドは田川水泡の『のらくろ』をそれぞれ思い浮かべていた)ので、廊下に鼻血をぶちまけて倒れるブラックに気付いてやることは出来なかった。

 

後日。ゴロンボの一件はアッサリと解決した。
イエローの実家で預かることが決まったのだ。
「よかったねぇ。実家ならいつでも会いにいけるもんね」
グリーンは安堵した笑みをイエローに向けた。ゴロンボの面倒を一番見ていたのはイエローで、ゴロンボがここからいなくなったら一番寂しがるのもイエローだろうから、グリーンはイエローのこともひどく心配していたのだ。
「俺の家、犬飼ったことないから、アホみたいに楽しみにしててさ。」
イエローはくしゃっと顔を崩して笑った。
「オモチャとかもう揃えててさ。来るの来週なのに。でも……うん。良かったよ。ウチの実家、高尾山の近くで、裏がすぐ山だからさ。体大きくても目いっぱい遊べるし。狭い思いさせなくてすみそうだ」
イエローはよほど嬉しいのだろう。いや、レッドも、グリーンも、ブルーまでもが嬉しくて、笑みをこぼしている。
そんなお祝いムードの中、ブラックのみが暗い表情をしていた。
「どーしたんだブラック?」
レッドが独り陰を背負うブラックに気付き、声をかけつつその背中を大きな手のひらでバシンと叩いた。
細身のブラックはその衝撃によろけ、手に持っていた雑誌を落としてしまった。先ほどから、皆に見せようか見せるまいか迷っていた雑誌を。
「なにやってるんですか」
軽く悪態をつきつつも、ブルーは雑誌を拾ってやり、そしてなんとなく表紙に目を落とした。
『Puttie Rose』
そういうタイトルの、雑誌。
レッド、イエロー、グリーンも興味を持って、ブルーの下に集まる。
「ブラック、これは……」
もう、隠すことは出来ない。ブラックは観念した。
「妹が…今月から、連載はじめた。これに。皆をモデルにした、漫画」
たどたどしい説明だが、4人はすぐに先日の輪花の頼みを思い出した。
「えーマジで?もぉ出来たん?!」
「輪花さん頑張ったんだねー。この巻頭カラーかな?『新連載』て書いてあるし」
「うおわ!早く!早く読もうぜ!」
「ちょ…押さないで下さい!特にレッド!鬱陶しい!!」
わぁわぁ言いながら読み始める4人を、ブラックは一歩はなれて見ていた。
楽しげな彼らの表情が次第に変わりゆくのを、沈痛な面持ちで。
レッドは、意味が解らず首をかしげていた。
ブルーは呆れたような、いや確実に怒っているような笑顔を浮かべた。
イエローは声を上げて笑いながらも目は虚ろだった。
グリーンは泣きそうな顔をしていた。

『Puttie Rose』は、いわゆるお嬢さん向けの耽美系男色漫画の雑誌だった。

「なんで男同士で●●●してんだ?」
「ありえません…私がこんな奴と……」
「すげーうけるー あははははははははっはははは……」
「ブラック……あのさ…」
グリーンが涙目になってブラックを見上げる。見つめられたブラックも泣きそうだった。
「だから……逃げろって…会ったらいけないって……言うたやん……」
ブラックの方言交じりの低い声は室内にむなしく響いた。

 

おわり


オマケ・輪花さんの描いたBL作品


オマケ・募集


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