『姫王子』
昼休み。校舎裏。
「君が好きです。俺と付き合って下さい!」
「嫌です」
勇気を振り絞った愛の告白は僅か0.1秒ではねのけられた。
「どうして?確かに君としては俺は初対面だけど」
「いえ。それ以前の問題です」
振った方は、なぜか笑みを浮かべ…
「そうか。彼氏、いるんだね?そうだよな。君すごく可愛いから」
「そうじゃないんです」
笑みはますます深くなり…
「俺は」
瞬時に 彼 は拳をつくり、
「男だァァっ!!」
殴りとばした。男とはしらずに交際を申し込んでしまったうっかり野郎を。
■□■□■□
(あ〜…腹立つ…)
彼は教室に戻り、自分の席に腰を下ろした。
「アユミちゃん、また男に告られたって?」
さも面白げに友人が近づき、彼の机に腰を下ろす。
「アユミじゃなくてアユム」
「こりゃ失敬」
アユム、本名 衣川歩(いがわ あゆむ)が男に告白されたのは今回が初めてではない。
要因は、沢山ありすぎてわからない。
良く言えば母親似、の女顔。成長期から見捨てられたかのような身長ぶっちゃけ152cm。
同じく変声の完了していない子供声。とても高1の男子には見えない。加えてこの高校は服装自由。
歩が女生徒に間違われることは日常茶飯事だった。
「で、その不運な殿方はどーなった?」
「さーな。殴りとばしてさっさと戻ってきたから」
「手加減してやれよ〜有段者。」
歩は一見少女だが幼い頃から空手をやってきた。それは鬱陶しい輩をはねのけるのにかなり役に立っている。
しかし、小さいウチから体を鍛えすぎると背が伸びなくなる、という話を最近聞き、自分のミニマムな身長はこのせいかも、と少し後悔もしている。
「とにかく、女に見られるのはもう嫌だ!」
歩のこの発言に前の席に座っていた女子が振り返る。
「何贅沢ぶっこいてんのよ。私より可愛いくせに」
「…全然ありがたくねーよ」
■□■□■□
5限が終わり、科学室から教室へ戻る途中。何か強い光が目に入って歩は振り向いた。
光は、シルバーアクセサリの照り返しだった。そしてそのシルバーアクセの持ち主に、歩の目は釘付けになった。
(かっ…こいい!)
中性的だがキリリとした表情。スラリと高い背。
(俺と同じ女顔なのに、俺とは大違いだ…!)
足を止め見とれていると、思いがけず目があってしまった。
歩は慌てて目をそらし立ち去ったが、向こうはしばらく歩を見、目を細めた。それは歩の預かり知らぬことであるが。
その人は、「タクヤ」と呼ばれていた。
(女子に囲まれてたし…もてるんだろーなー)
俺も、あれくらい身長があればな、と考える。
(そうすれば服にも苦労しないだろーな…男モンで俺に合うサイズ探すの大変なんだよな…
ユニクロのキッズが着られたときは正直泣きたかったっけな…と、そうじゃなくて!)
逸れ行く思考を引き戻し、歩は決意した。
(俺は、タクヤさんを心の師匠とする!)
■□■□■□
学校の帰り道、歩は駅ビルに寄った。
服飾店街をうろつきながら、タクヤさんが着ていたような服を探す。
それに良く似た、皮ベルトの付いた黒い上着を見つけたが、歩に合うサイズはなかった。
ガッカリする反面、どうせ自分に合う服なんかないよな、という諦めも半分。
周囲には隠しているが、所詮俺は女性服9号が似合う男だよ。
ふと、タクヤさんの、シルバーアクセサリが頭に浮かんだ。
(そっか。アクセなら、サイズとか関係ないよな)
気を取り直し、エレベーターホールに向かう。
(アクセはたしか…5階だったな。)
一応案内版でも確認して、昇降ボタンを押す。と、丁度来ていたらしく戸が開いた。
ちょいラッキー、と思いながら乗り込み、
「!?」
一瞬、体が固まった。
(な、な、な、な、…)
心拍数が上昇するのを感じる。
(なんでタクヤさんがここに??!)
歩の心の師匠、その人が、エレベーターの中に、一人で、居た!いや、今は
(二人っきり…?)
である。
何とか平静をとりもどし、5階のボタンを押そうとしたが、既にボタンは点灯している。つまり、タクヤさんも5階に行くわけで…
(それって、やっぱさぁ…)
おそらくタクヤさんもアクセ屋に行くのだろう。
(俺の魂胆、バレる?ちょっと、いや、かなりやべぇっつーか、気っまず――――!!)
エレベーターが稼働を始め。
ちら、と横目でタクヤさんを見る。
(やっぱ…かっこいい!)
こういうオトコになりたい!そう思ったのは本日何度目か。
視線に気づいたのかタクヤさんと目が合い、慌てて目を逸らした。
(こんなことって滅多にないよな。なんか話しかけたいけど何話したらいいかわからないし向こう的には初対面だし話しかけたら変に思われるよなー…)
とかなんとかぐるぐる思考していると、急にガクン!と揺れが起こりエレベーターが止まってしまった。
「え?」
ボタンを押してみるが反応はない。非常用ボタンも、無駄だった。
「…うそ…」
何故こうなったのか、外では何が起こったのか。一つだけわかるのは、
「閉じこめられた… 」
ということだけであった。
タクヤさんを見ると、少し眉根にしわを寄せてはいるものの、平然としている。やっぱ、自分とは違うな、と歩は感心した。
(つか、俺すっげえ慌てて、かっこわりい…)
自己嫌悪でため息が出そうになった。その時、
「?!」
天井の照明が消え、一瞬視界が真っ暗になった。
「停電…とかか?……??!」
突然、手を掴まれ振り向くと、薄暗い中、自分の手を握るシルバーの指輪のついた手が見えた。
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