年の瀬も迫る今日この頃。
某県某市の「なになに戦隊本部」は多忙を極めていなかった。
「あ〜〜〜〜〜〜・・・ヒマだぁ!!」
レッドの突然の雄叫びにも、皆慣れている。
「じゃ、僕と替わる?ホチキス。おもしろいかもよ。」
「いや、ホチキスは怖い・・・じゃなくて!何でオレたちはこんなことやってんだぁ!」
レッドの言う「こんなこと」とは、会議のための冊子づくり、のことである。
机の周りを回りながら、一枚一枚プリントを重ね、それをホチキス係のグリーンに渡し、そして再び机の周りを・・・
「いーじゃん。平和ってことだろ?」
レッドと同様、プリントを取りながら、イエローが言う。
「しかし腕はなまる一方だ!」
「通販でまた新しいトレーニングマシン買ったのでしょう?それを使っていれば良いじゃないですか」
ブルーが煩わしそうにつぶやく。
ぐるぐる歩いているうちに気分が悪くなり、手近なパイプ椅子に座って休んでいるのだ。
その隣では同じくブラックがうなだれている。
こちらは徹夜続きだそうで、作業をしてすぐに意識を失いかけ、夢の世界に片足突っ込んでいる。
「いや、これは何かの陰謀に違いない!なぁ、ゴロンボ?」
ゴロンボ、という名で定着してしまった、以前イエローが拾ってきた子犬は、皆の足下を元気にうろちょろするのに夢中で、
レッドの呼びかけに答えない。
「平和の陰謀?結構なことですね。」
「とにかく、コレ早くやっちゃおうよ。商品開発部の人たち、もうすぐ取りにくるはずだよ。」
某有名おもちゃメーカーの、「特殊営業課」である彼らは、悪人討伐という仕事がないときは、こうして他の部署のお手伝い(下働き)
をしているのだ。『給料ドロボー』と言われないように、である。
そもそも会長の趣味で作ったこの特殊営業課こと『なになに戦隊(仮名)』、存在自体が給料ドロボーなのだが。
「事件を待っているだけではだめだ!こちらから動かねば!!」
再び唐突に、レッドが叫ぶ。
「こちらから・・・事件でも起こしますか?」
ブルーは気分が悪くなっていても、あくまでレッドを小馬鹿にする。
「いや、それは・・・まずいよな?」
馬鹿にされてるのにも気付かず、レッドは真面目に言う。
「火のよ〜じん〜、とか、すっかぁー?」
イエローの何気ない一言に、レッドの目が輝く。
「それだ!パトロールしよう、ヒーローパトロール!!
よっしゃ!さっそく上層部に掛け合ってくるぜ!」
止める間もなくレッドは部屋を出ていった。
「・・・・・・」
ブルーは無言で視線を開けっ放しのドアからイエローへ移動させる。
「・・・俺のせいじゃねぇよ!・・・なぁ・・・?」
その冷たい瞳は明らかに「不用意なことを言うんじゃねーよ、このバカ」と訴えかけている。
「か、カレー、食うか?」
ブルーは無言のまま、イエローに回し蹴りを食らわせた。
翌日、午後九時。ある企業のビルの中から、5人の男が姿を現した。
彼らは皆、赤い服―――サンタクロースの扮装をしている。
「何でこんな格好するの?」
その小柄な体に合うサイズがなかったため、ぶかぶかの袖をまくるグリーンに、
ブルーは『○゛ンダ○』と書かれたプラカードを手渡す。
「社のCMも兼ねて、とのことだそうです。それに今夜は、この格好の方が怪しまれずに色々出来るでしょう。
それは、私たちが取り締まるべき者達にも同様のことが言えますが。」
「今日は24日だからなー。少年少女、カップルアベック浮かれ放題で犯罪件数アップの予感だなー。」
「わくわくするな〜来やがれ犯罪者!」
イエローの憎しみの言葉と、レッドの物騒な言葉が重なる。
「では私は駅前の方を見回りますね。」
バカには付き合っていられない、とでも言いたげに、ブルーはさっさと歩き出した。
「よし、オレらは欲望渦巻く繁華街へいくぞ!」
「おうよ!」
レッドとイエローはそろって駆けだした。
グリーンは二組の後ろ姿にやや気後れを感じていたが、自分も頑張らなきゃ、と心に言い聞かせた。
「じゃ、僕らは住宅街を廻ろうか」
「あの3人・・・大丈夫か・・・」
グリーンの言葉に応じているような、独り言のようなブラックの言葉に、グリーンは首を傾げる
「心配、なの?」
「事件を・・・起こしそうで」
グリーンの顔が、少し青ざめた。
クリスマスだとか、そういうイベントの時期は、人の心に隙が生まれ、故に犯罪件数も増加する。
レッドの提案は、ただの思いつきで、それが今日この日なのも偶然である、が、非常に的を得たものである。
と、わかってはいても実際にこのような日に仕事でこのような場所を歩き回るのは非常に面倒くさく、腹立たしい。
ブルーは心の中で毒づきながら、プラカードを片手に歩いている。
一組の幸せそうなカップルとすれ違い、更に苛つきが増す。
最愛の者と一緒に出歩くことは、彼には決して出来ないからだ。
邪悪な言葉を口には出さずにつぶやきながら何気なく横に視線をずらした、その先に、
「!!」
彼の最も愛する者がいた。
すぐさま歩み寄り、手を差し伸べると、向こうもその手をのばし・・・
「綺麗だよ・・・とても。」
うっとりとつぶやき、触れた。駅前デパートのショーウィンドゥに映った自分に。
クリスマスカラーで飾り付けられた繁華街は、やはり人々、とくに恋人たちでごったがえしていた。
「右方向不審者なし!イエロー、そっちはどうだ?」
「こちらも異常な〜し・・・」
異常なのは俺らのほうだよな、と、イエローは心の中で溜め息をつく。
何が楽しくてこんなトコを野郎二人で歩かねばならんのか。・・・だからといって一緒に歩いてくれる異性のあてがあるわけでもなし。
レッドはこの『任務』を嬉々としてやっているので、「ナンパしにいこう」とは言いにくい。
「あ〜〜〜〜ちくしょう!!」
やるせない気持ちいっぱいに拳を空に向かって突き出した・・・つもりだったが、
「ひったくり〜コンビニ強盗〜痴漢〜♪やーさあだっ!!」
隣を歩くレッドの後頭部にみごと当たってしまった。
イエローは慌てて謝ろうとしたが、その前に、
「いってぇ〜〜〜・・・なんのうらみがあって・・・!!もしや、この前おまえのカレーの材料、ベジタブルスライサーの試し切りに
使ったことを根に持って・・・?」
レッドが言った言葉にイエローは血相を変えた。
「なっ・・・アレ、お前の仕業だったのか!!」
レッドはまずい、と思った。まだバレてなかったのか!
「出勤してきて驚いたんだぞ!にんじんとかジャガイモとか全部せん切りになってて・・・あのあと具の溶けたカレーを
作る羽目になったんだぞ!!」
「いや、アブ○ムニック買ったら付いてきてよ・・・ちょうどいいところにあったもんだから、つい」
「またアブ○ニック買ったのかよ!?前も着けてただろ、それ!!」
「ちがう!この前着けてたのはアブ○ロニクスだ!」
「名前が少し違うだけじゃねーか!つか、なんでそんなもんにベジタブルスライサーが付いて来るんだよ!この通販バカが!!」
この言葉にレッドもプッツン来たようで、
「ジャ○ネットたかたをなめんじゃねぇ!!」
右ストレートがイエローの左頬に綺麗に決まった。
イエローは3メートルほど吹っ飛び、周囲の人々は驚いて彼らを見た。
こうして、カレー馬鹿VS通販バカの戦いの火蓋は切って落とされた。
「どうも、ご苦労様です。」
「あ、サンタさんですか。頑張ってくださいね。」
交番の前を穏やかに、いともた易く通り過ぎ、グリーンは少し驚いていた。
普段こんな時間に男二人がうろついていたら、何かしら問われるはずなのに。
〈今夜は、この格好の方が怪しまれずに色々出来るでしょう。〉
ブルーの言っていた言葉が思い出される。何か笑い出したい気分になったが、反面、警察を敵に回してしまっている自分が
悲しかった。
隣を歩くブラックは変わらず無表情のままだ。彼の担いでいる大きなプレゼント袋の中身は、皆の武器である。
そのことを、今の警官は知る由も無い。
交番の横の角を曲がろうとしたところで、電話の着信音が聞こえた。
「・・・駅前・・・挙動不審?・・・・サンタの服を・・・」
何か事件が起こったらしい。交番の中から声が途切れ途切れに聞こえてくる。
そして受話器を置いた音の直後に、再び着信音が鳴った。
「はい?・・・シャイニング通り・・・乱闘・・・」
グリーンとブラックは顔を見合わせた。
駅前はブルーが、シャイニング通りはレッドとイエローがそれぞれ行ったところである。
ブラックは袋の中から自分の拳銃を出し、服の中にしまうと、
「・・・駅前を頼む」
言い残し、走り去った。
グリーンも、駅前に向けて移動を開始する。
走りながら、警官の声を思い出す。「サンタの服」、と言っていた。
〈今夜は、この格好の方が怪しまれずに色々出来るでしょう。それは、私たちが取り締まるべき者達にも同様のことが言えますが。〉
ブルーの言葉は当たっていた。グリーンは夜の住宅街を疾走した。
人ごみが、何かを遠巻きにしているのが見えた。
アレに違いない!と思い、小さな体で人ごみを掻き分け、グリーンが目にしたものは・・・
「ブルー・・・・・・?」
ショーウィンドゥに夢みがちでへばりつくブルーの姿であった。
うっとりとした瞳でガラスに映った己に愛の言葉をささやくその姿に、普段の冷淡さや知能の高さは微塵も無い。
「ブルー?」
おそるおそる近づいて、肩を叩いてみるが無反応。完璧にマイワールドに入っている。
「サンタの服って・・・・・・・・・お前かい!!」
グリーンは心の中で叫んだ。彼は、珍しく怒りを覚えていた。
ブルーの首に腕を回し、ショーウィンドゥから引き剥がす。容赦はしない。首をもぐ勢いだ。
「あぁっ!いとしの君よ!!」
ブルーが悲痛な叫びをあげるが、そんなものには構わずに、
そのまま50メートルほどダッシュして、人目のつかない場所でようやく彼を解放した。
地面に座り込み、肩で息をつく。普段からは想像もつかない力を出したので、グリーンの怒りは急速にしぼんでいった。
「落ち・・・付いた?」
「えぇ・・・すみませんでした」
ブルーも、横でへたり込んでいる。
「公衆の面前であんなことをするなんて・・・自分でも信じられませんが・・・おそらくはイルミネーションの影響でしょうか。
色とりどりの光に飾られた自分を目にした途端、私の心は熱く燃え上がり・・・。」
「そうだ!ブラックが!!」
聞きたくも無い話を延々と語られそうなので、慌てて話を振る。
「ブラックが、どうしたんですか?」
語りを邪魔されたので、ブルーは少しムッとして聞き返す。
「シャイニング通りで乱闘が起こってるって聞いて、一人で止めにいったんだよ!」
某市の繁華街の一角、シャイニング通り。今まさに、激しい乱闘が繰り広げられている。
おかしなことといったら、サンタクロース同士の戦い、という点だろう。
サンタの格好をしているが、どこかの店のデモンストレーションにしては血生臭すぎる。
周囲の人たちは、自分たちも巻き込まれやしないか、びくびくしながらその目を釘付けにされている。
そこに、また新たなサンタが一人現れた。彼は二人の前に立ち、懐に手を入れた。
そのことに、このサンタコスプレのストリートファイターどもは気付いていない。
懐中から出た手に、拳銃が握られていることに・・・
突然、非日常的な音が響き、人々は驚いた。そこでようやく、二人も戦いを止め、空砲を鳴らした者の存在に気付いた。
銃口は、二人のうちの片方に向けられた。
「・・・・・・ターゲット・・・ロック・オン」
低い声が微かに聞こえ――――――
「ブラック!スト――――ップ!!」
突然の声に、ブラックはハッとして引き金を引く指を止めた。
そこに二人のサンタがやってきた。グリーンと、ブルーである。
「ダメだよ、こんな人前で発砲しちゃ」
「・・・・・・すまん」
ブラックは銃をポケットの中にしまった。
「しかし、お手柄でしたね。・・・さて、どういたしましょうか?」
ブルーの冷たい視線を受けた二人は慌てて、
「ちょ、待てよ!俺たちだよ!」
「はて・・・?私はあなた方とお知り合いになった覚えはありませんが」
「俺だよ、イエローだよ!んでこっちはレッドだよ!」
一瞬、音が無くなったように思えた。
「
・・・・・・はあぁぁぁぁぁァァァァァア???!」
間の抜けた声が、響く。
「っ―――――な、なんで、こんなことになったの?!」
「さぁ・・・?なんか、ヤりあってる間に全部吹っ飛んだよーな。なぁ?」
「おう。すっきりしたな!」
朗らかに笑いあう、顔面ボッコボコの二人を前に、グリーンはもはや、溜め息しか出てこなかった。
「あ、もう12時か。そろそろ帰るか。あー、動いたら腹へったな」
「カレー食うか?クリスマス特製の、作ったんだ。・・・?どしたんだ、ブルーうごふぅ???!!」
今までうつむいていたブルーが突如として、二人に襲いかかった。
「ちょっとまて、こんなところで乱闘騒ぎはぐへあぁっ!!!」
自分たちのことを棚上げするレッドの言葉は、怒れるブルーの耳には届かない。
グリーンも、ブラックも、今度はそれを止めようとはしなかった。
こうして、聖なる夜は平和に過ぎていったのであった・・・
〜オハリ〜