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WABC―ワールド・アルティメット・バトル・カーニバル、邦訳で世界異種格闘技大会が、アメリカ合衆国某州郊外の特設会場にてついに開催された。
ボクシング、空手、柔道から、カポエイラ、ラウェイなど、メジャーな流派からそうでない流派まで、世界のあらゆる格闘技の戦士が集い、互いの技と力を競い合う、格闘技ファン垂涎の大会だ。

この史上初にして史上最大の武道大会のメインの1つ、タッグバトルの決勝戦が今、繰り広げられていた。

ボクシングやプロレスのそれと同じくコーナーポストにロープをはった四角いリング上での2対2の戦い。
一方は身長2メートルに届くヘビー級のキックボクサー二人組、ジェスパー・バーズローとベック・アリアソン。
もう一方は身長1.75メートルの日本古式武術の使い手二人組、帯刀左近と帯刀右近。

この二人はどっちがどっちなのか判別がつかないほどにそっくりな双子だが、プロ格闘家として知られているのは兄の左近だけだ。きっと弟の方は「双子の格闘家」という話題作りのためだけにここに立っているに違いない。
ジェスパーもベックも、観客たちも皆そう思っていた。現にこの決勝戦に至るまでのトーナメントでは、弟の右近は大した活躍をしておらず、左近一人の力でここまで勝ち進んできたようなものだった。

ならば弱い方を2対1で先に叩きつぶすのがタッグ戦の定石である。ジェスパーとベックは同時に右近に殺到した。幸い、右近は白い帯を、左近は黒い帯を白い道着の上から締めており、いかに双子がそっくりであろうとも見分けがつく。

ジェスパーは右近の左にハイキックを仕掛け、ベックは右胴を左ジャブで狙う。
右近は体を右に流して胴への攻撃を避け、左腕でハイキックを、受けようとした、が、2人のキックボクサーはその反応を見越していた。
ジェスパーはキックをわざと外して右近の背後に回り、ベックは右ストレートでボディを叩く。そして右近がひるんだところに前後から打撃を2、3発打ち込めばまずは1人目は片付く。そう、考えていた。

しかし、

体を右に流してベックの打撃を避けた右近はそのまま右回転し、ジェスパーの顎に右の裏拳を叩き込むとバックステップを踏んで跳び上がり、ベックの背中を踏み台にしてさらに空中でバック転し、ジェスパーの頭上に躍り出た。

右近は回転を続けつつ重力に従いジェスパーの背後を取る形で落下し、その途中で先の素早い攻撃によろめくジェスパーの顎を両手でがっちりと掴み、その広い背中を両足で蹴り上げ、己の後方への回転運動にジェスパーを巻き込んだ。
100キログラムを超えるジェスパーの大きな体は1回転して宙を舞い、胸、腹、そして頭の順にリングに叩きつけられる。
それは背中を踏み台にされたベックがよろめき、体勢を立て直そうとしたほんの少しの間の出来事だった。

ベックが振り向くと、うつ伏せに倒れ伏す相棒の背中の上の右近と目が合った。
その瞬間、ベックは身震いした。寒気が足下から背中を通り過ぎ脳を侵してゆく。それは生命の危機を感じた時の体の正直な反応だった。
闘いの世界に身を置く彼だが、これほどまでの恐怖に侵されたのは初めてだった。
体が、一瞬凍りつきそうになる。

その感情を振り払うように視線を前方に戻すと左近が自分に向かって駆け出したところだった。
ベックは体を彼らに対して垂直に開き、攻撃を待ち受けようとした、時には既に遅かった。

床に手をつき遠心力を乗せた右近の両脚蹴りがベックの右臑を打ち、体勢を崩したところに左近の裏拳が左頬にまともに入った。そして顎に右近の掌底と左近の正拳が同時に決まり、ベックはリングに崩れ落ちた。

それはジェスパーがダウンしてから1秒足らずのこと。

カウント10のちキックボクサー2人が戦闘不能と判断され、1ラウンドKO勝ちで帯刀兄弟の優勝が決まった。

観客たちも、場内スタッフも皆唖然とせざるを得なかった。この勝負の、試合時間は実に7.85秒というひどく短いものだったのだから。

 

    

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