合作〜薔薇の棘に桜咲く〜

第一章
【戸惑う花たち】

秋も終わりにさしかかり、木も虫も動物たちも、冬支度を始める11月半ば。

ドラリンは司令室に、戦隊内の精密ブレーンであるホワイトを呼び出した。

上官が自分一人を呼びつけることは、珍しくない。
予算審議会とか省内機密会議に引っ張り出すことが、多々あったからだ。

だが今度ばかりは、いつもと彼女の様子が違う。
そう考えたホワイトこと笹林睦実は、ドラリンに問うた。

「司令官、今日は何があるんですか? 緊急会議なら、会議資料を見せてくださらないと…」

「ホワイト…いや、笹林睦実」

フルネームで呼ばれるのは、久しぶりだ。
辞令の時にしか聞かないから、約半年ぶりか。

「…はい、なんでしょう? 司令官」

久々に見た、上官の真剣な顔。
それが、ヒタと自分に向けられている。
彼女のサングラス越しの視線が自分を射抜いた。
緊張のあまり、喉がひどく渇いてしまって、思わず喉を鳴らす。

「睦実は、今のままで、満足しているか?」

「…えっ?」

「今の生活、と、いうか、なんつーか…男に生まれてよかった、とか…」

ドラリンの問いの意図が分からないまま、睦実は頷く。

「ええ、まぁ…大体は、満足…してます」

その答えに彼女は、ホッと一息ついたようだった。

「そうか。じゃあ、女に生まれたかった、とか思ったことはない、ということか?」

ドラリンに尋ねられ頷こうとした睦実だが、何事かを思い彼は、首を振る。

「思ったこと、なくはない、です」

「…え?」

「オレは今まで…沢山の人の死を、目の当たりにしてきました。だから、なのかは分からないのですけれど…命を育み、産み出すことの出来る女性が羨ましいと…思ってます」

睦実の回答に、ドラリンは腕を組む。

「そうか…」

「それに」

「ん?」

「もし、女性だったら…庵の側に、ずっと居られるのかな、って…」

倉石庵は、自分の親友。
モデルとなった彼は、女性との噂が後を絶たない。

アイドルと結婚か、だの、同じモデルとのツーショットだのを、ほとんど毎週のように週刊誌に書きたてられている。
噂されるということは注目されているわけだから、彼の職業的に、それは良いことなのだろう…とは思う。

だが、自分がいる時の周りの目は。
男同士一緒にいるということから、見る目は興味深々であったり。
ひどい時は、同性愛者と勘ぐる人もいるのだ。

それが、どうしても嫌だった。

庵は、周りの目など、あまり気にしないけれど。
自分は過去の経験から、人の視線が、ひどく気になってしまう。

かつて、アメリカに留学していた頃。
自分は、ある男に監禁され、奴隷になっていた。
望まぬ男女との肉体関係を持たされたり、痴態を観察する趣味の人間に弄ばれたこともあって。

だから睦実は、人の視線や噂が、なによりも恐ろしかったのだ。

「…そうか」

ドラリンは言うなり、しばらく無言でいた。
沈黙が二人の間に横たわる。
こんなに緊張した面持ちの上官は、ひょっとしたら初めてかも知れない。
睦実は喉の渇きを覚え、唾液を嚥下した。

「分かった。…睦実。落ち着いて、聞いてほしい」

改まったドラリンの口調に、睦実は少々身構える。

「お前は今、自分が男だと思っているだろうが、実は、そうじゃない」

その言葉は、あまりに唐突で。
すぐには、意味を解することはできなかった。

「…え? だ、って…あの、その、オレ、ちゃんと、あります…よ?」

「ああ。確かにな。だが、お前の体の中には、もう一つの性別が眠っているんだ」

「もう一つの、性別が…? 眠っている?」

「そうだ。お前の中には“女”としての機能が眠っている。
お前は、両性を内包した存在。ただ、今、どちらの生殖能力も未熟だ。
二十歳になるまで…体が完全に作られるまでに、どちらかを除去しなければ一生、どちらの性別としても不完全なままになってしまう」

ドラリンの淡々とした告白は、睦実の心を滅茶苦茶に引っ掻き回した。

「だから…よく考えて、結論を出せ。これからの人生、今までと変わらず男として生きるか」

上司の言葉は、耳に入ってはいるけれど。
どうしても、理解しきれない。

「女に、生まれ変わるか」

ドラリンは言うなり、睦実の肩に手を置き、部下を司令室に残し、出て行った。

 

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