!〈CAUTION〉!

このテキスト作品には、
性的行為描写やグロテスク表現が含まれます。
















天使【てんし】
神の創造物の一種であり、従僕。
天の宮でその一生のほとんどを過ごす。
神の代行として、「裁き」を行なう権限を持つ。
金色の髪と純白の翼をもつ。衣服を着ず、食事を摂らない。
生殖能力は無く、その出生方法はいまだ謎。
我々の天敵。


堕天使【だてんし】
大罪を犯し、神から見放された天使のこと。
黒い翼をもつ。
その多くは堕天したすぐ後に天使によって処分されるため、詳細は不明。


魔物【まもの】
神の創造物ではない生命体。我々のこと。
大多数が人間や天使と同等の知能を持つ。
非常に多様な種族がおり、その中でも破壊衝動の強いものを「悪魔」と呼ぶ。


玩具妖魔【ぱぺっと・もんすたー】
魔物の一種。
背に黒色の皮翼を、片方の手に人形様の疑似餌を持つ。
腹話術と疑似餌で獲物をおびき寄せ、食べる。人間の幼生体を特に好む。
口は捕食にのみ用い、普段は拘束具により封じている。口を開放すると凶暴性を増す。


〈月黄泉堂世界百科事典第5版より〉









『Birthday』






この話は、黒くうねった肩までの髪と猫に似た金の瞳が自分でも気に入っている、ごく普通の、ただ少し頭が良くそして愚かな魔物が主人公です。













彼が最初、その天使を見かけたのはただの偶然だった。

玩具妖魔である彼が天使どもの住まう「天の宮」を覗いたのは、ほんのヒマツブシ。
そこで、一人の天使に目が止まった。

肩に掛かるくらいの、真っ直ぐな金の髪。
白い翼に透けるような白い肌は他の天使と変わらなかったが、仕草が、明らかに違っていた。

仲間の中の、特定の一人を目で追っている。
「万物を等しく愛せよ」と説く神の従者が。

こいつは狂っているんだ。

そう認識した彼の目は、三日月のように細くなった。



「狂った」天使を見るために、彼は毎日天の宮を覗きに行った。
清らかな生物の、熱い欲望の潜む瞳を見るために。

ヒマツブシ――――と、彼は思っていた。





††




ある日。

彼はいつものように目当ての天使を観察していた。

大理石で出来た噴水のある緑豊かな庭園の中で、狂った天使は思いを寄せる仲間と2人きりだった。

しばらくして、相手が立ち去ろうとしたその時、狂った天使は刃を創り出し、
真正面からその天使を貫いた。

殺害。

大罪の、一つだった。

己で殺めた、愛する者の身体を、狂った天使はもの言わずかき抱いた。



その様子を、彼は瞬きせずに見ていた。

知らぬ間に、顔は笑っていた。

大罪を犯した天使は、堕とされる。

堕天使は強力な魔物を産むと、聴いたことがあった。



そうだ。

俺の子を産ませよう。

一層深い笑みを浮かべ、彼は血にまみれた天使の前に姿を現した。

「あーあ。うばっちゃった。」





†††




お前は狂っている、と、教えてやった。恋をしても、無駄だ、と。

目からこぼれた清らかな水を優しく拭ってやった。

すると、

引き金を引いたかのように、その天使は堕ちていった。





抜け落ちた白い羽根の中で悶える、黒い翼を背負った身体はとても美しく。
内部からの熱い衝動に、彼は口の拘束具を外した。
長い舌と共に、欲望が頭をもたげ、止まらなかった。



何度も何度も、その細い身体に種をうえつけた。

腕の中の堕天使は、次第に嗚咽をあげはじめ、
その、青い目から出る水は、彼の皮膚を灼くもので、正直なところ閉口した。

「うるさい」

乱暴に口を押さえつけると、水は余計ひどくなった。
シュウウ、と嫌な匂いのする煙が、水に触れ爛れた肌から立ちのぼる。

ならば と、今度は優しく触れてみる。
すると、水は収まっていった。

なるほど。

今度は、魔物同士でやるように、唇で触れてみた。
すると、びくり、としなやかな体は跳ね上がり、白い肌は朱を帯びた。

「へぇ。お前も、気持ち良くなるのか」

堕ちたとはいえ 神の遣いが。
すこし、愉快な気持ちになった。

否定の意味で必死に振られる首を押さえつけ、もう一度その口に深く接吻を落とす。

「先刻殺したお仲間に、お前は本当はこういうコトをしたかったんだよ。」

愛撫をくわえてやると、堕天使はその身を任せるように抗いをやわらげた。

「好きだった奴とヤッている、とでも想像していればいい」

真っ赤になった耳に触れるようにして囁いた。
囁いたあとで、なぜか心に鉛のようなものを感じた。

それを振り払うかのように、もう一度、

彼は堕天使の中に自分の種子を蒔いた。





††††




「このままでは君は死ぬよ。」

ぐったりと芝の上に横たわる堕天使に、彼は告げた。

「君は神に見放された。堕天使は天使に始末されるのだろう?」

堕天使が聴いているかどうかはわからなかったが、彼は言葉を続ける。

「僕と一緒に来るなら、僕は君を守ってあげる」


大嘘だった。



彼には、天使と戦えるような力は無かった。

ヒキョウな、選択肢。

「どうする?」

朱の引いた白い手をとる、と、堕天使はその手を弱々しく握り返してきた。

彼は笑んだ。

我ながら、汚らしい笑みだと思った。


「その代わりに、君は僕の子どもを産むんだよ。」


何度も抱き汚した身体を引き寄せ、口づけをした。


自分の手から、この生き物が離れないよう。





†††††




数多の種類の魔物が集まって暮らしている街があった。

彼も、そこに自分だけの居場所を持っていた。

街路を行く間に、数人の友人に声をかけられた。

「ゲルギウルト、何、連れているんだ?」

堕天使の黒翼と白い肌は布を纏わせても目立っていた。
彼はとぼけた笑みでそれをやり過ごした。



街のはずれの、集合住宅の一室。
鍵を外し招じ入れると、雑然とした薄暗い室内の、ソファに座らせた。

服を、着せる必要がある。
自分の服で間に合うだろうか、と考えていると、堕天使が、ずっと閉ざしていた口を開いた。

「ゲル…ギ…」

それは、どうやら自分を呼んでいるらしかった。
途切れつつも音を繋ぐその声は、とても澄んでいた。

「ゲルギウルト。僕の名だよ。意味は、『穢れ』」

名なんてどうでも良いけど、と彼は続けようとしたが、

「けがれ…」

そう呟いた堕天使の表情が、少し和らいで見えて。

気に入ったのかと訊くと堕天使は頷いた。 なので、彼は自分を『ケガレ』と呼ばせることにした。


「君は、なんて呼べば?」

堕天使は少し考え、

「リュウ。」

空に細い指で『溜』と書いた。

天使に固有の名は無く、それは自分で自分につけた名だという。

その、名前にこだわる気持ちはわからなかったが、その名は、不思議と忘れる気はしなかった。





††††††




溜は、服は着たが、食事をしようとはしなかった。

天使は食べなくても生きていけるが、
堕天した溜はみるみる痩せていった。

それでも、命を奪いたくない、と食事を拒み続けた。

天使も、乳と蜜ならば口に出来る、と聴いたが、乳や蜜は天の宮にしか無い。
天の宮へ行って、それらを持って生きて帰る自信など、ケガレには無かった。

「これはもう死んでいるのだから、君が殺したことにはならない。」

何度そう言っても、溜は首を横に振り続けた。

殴りつけたい衝動を抑え、代わりに彼は、自分の人差し指を噛み切った。
血の噴き出るそれを、溜の口にねじ込む。

鉄のような味に驚き、溜は吐き出そうとしたが、ケガレはそれを許さなかった。

「僕の血にだって、少しは栄養がある。どうしても食べたくないのなら、せめて、これを飲んでくれ」

溜の見開かれた目をケガレは見据えた。
やがて、ためらいながらも、溜はケガレの指を吸った。

「美味くは、無いだろうけど。」

ケガレの言葉に、溜は首を振り、笑んだ。
唇の隙間から覗く歯は、血に濡れていた。

溜の見せた初めての笑顔は、そのようにおぞましく、綺麗なものだった。

それから、溜は少しづつだが、物を食べるようになっていった。









†††††††




「よかった」

一時はへし折れてしまいそうな程に薄くやつれていた溜の体は、再びほどよい柔らかさを帯び始めていた。

「?」

定位置の、ソファの上のケガレの隣に座って首を傾げる溜に、返答の代わりに柔らかく笑いかけた。


不思議な、気持ちだった。

最初はただ、自分の子を産ませるために交わっていただけだったのに。

今では、溜の感触が、声が、笑みが、気持ち良くてたまらない。


自分は、狂ってしまったのだろうか

そう思った。

自分の手の、人形で遊んでいた溜は、ふ、とケガレの顔を見上げると、
彼の口の拘束具を外し、唇を重ねてきた。







はじめての、溜からのキスだった。

ケガレは非常に驚いた顔をしたのだろう。
唇を離し、溜はふわりと笑み、ケガレの身体に抱きついた。


かまわない。

ケガレは思った。

溜とこうしていられるなら、狂っていてもかまわない、と。

そしてケガレは、知り尽くした溜の身体を抱いた。





††††††††




その日は、朝から空が眩しすぎた。

魔物であるケガレはもちろん、堕天した溜も、強すぎる日光は苦手になっていた。

クラクラする頭を抱え、窓のブラインドを半分まで下ろすケガレに、声がかけられた。

「ケガレ」

溜が自ら声をかけるのは、非常に珍しいことだった。

「やぁ、溜。おはよう。」

「子ども、できたみたい」

一瞬、何を言っているのか、飲み込めなかったが、

「本当…に?」

白い頬を桜色に染め、溜は頷いた。

「ケガレの、子」

その様子はとても愛らしく。
強い喜びがケガレの胸を打った。

「僕の子じゃ、ないよ。」

「…え?」

溜の戸惑いの表情も、また愛おしくて。
ケガレは溜を力いっぱい抱きしめ、耳元で囁いた。

「僕と、溜の子。」





しばらくの間、2人はそうしていたが、溜は、ふと顔を曇らせた。

「あのね、ケガレ…」

言いよどんだ、その時だった。



ズン……


突如、地響きが起こった。

ケガレは急いでブラインドを上げ、窓から身を乗り出して周囲を見渡した。

時計台が、壊されていた。

この街で一番高くて古い、この街の誰もが好きだった時計台の、上半分が無くなっていた。

切り取られたその残骸が、時計台を取り囲む大広場やその周辺の建物の上に散らばり、また突き刺さっている。

そして、

煙と塵の沸き立つ空に、眩しすぎる太陽を背負う影があった。

そのシルエットは、溜のかつての姿に似ていた。
しなやかな肢体を隠しもしない、白い翼と長い金の髪。

その、天からの遣いは、よくとおる真っ直ぐな声で、足元の街に向かってこう言った。

「この町に潜む罪人よ、今すぐ出てきなさい。」



――――――処刑天使!





†††††††††




ケガレは溜の腕を掴み、有無を言わせぬまま裏口から外に出た。

そのまま、裏路地を通って街を出、小高い丘をこえた向こうにある、深く暗い森を目指す。

しかし、丘を登る中腹あたりで、二人の前に時計台を壊した追っ手が立ちはだかった。

「神は、貴方に目をかけていらっしゃった」

処刑天使は、自らの手の中から、両刃の剣を創りだした。

「しかし、魔物の子を身篭ってしまった貴方を、赦しておく訳には行かない」

何の感情も浮かべぬ顔で、剣先を溜に向ける。


「やめろ」

恐怖に震える溜を庇うように、ケガレは両者の間に入った。

天使は、片眉を上げる。

「お前も、裁くようにとの命を受けている。」

「裁く?殺す、と言えば良いだろう?」

ケガレはわざと、皮肉った笑みを浮かべた。

天使は、ケガレに向かって剣を構え直す。

「僕の命などくれてやるさ。
ただ、溜と子どもは殺させやしない。」

言うなり、天使の脇腹をめがけて脚を蹴り上げる、が、 その動きは途中で見えないものに弾かれてしまった。

「おごった真似はよせ。低俗生物のお前に、何ができる?」

剣を、一閃させた。

ケガレは、それをあえて避けなかった。

よければ、溜が斬られてしまうから。



肩口から胸まで切り下ろされたところで、剣は止まった。

いや、止めた。

ケガレは、刃を、両手で掴み放さなかった。

「無駄なことを…」

天使は剣を引き抜こうとしたが、それはびくともしなかった。

ケガレは、己の身体を貫く刃を、抜けぬよう、全身の肉で締め付けていた。

激痛を堪えながら、彼は叫んだ。

「溜、逃げるんだ!!!」

その声に、今まで立ちすくんでいた溜は我に帰り、ケガレを一度振り返ったが、丘の頂上を目指して走り出した。

「待て!」

追おうとする処刑天使の片腕を、ケガレは力いっぱい掴んだ。

「邪魔だ!!」

殴られ、地面に転がる。が、なおもその足首を掴む。

天使は、このしつこい瀕死の低俗生物に歯軋りをし、片手を溜に向けて突き出した。

消耗が激しいからやりたくなかったが、と一人ごち、手のひらから光の塊を生み出す。



キュン、という高い音がした。

白く強い熱線が手のひらから伸び、溜を襲った。

止める間もなかった。

「溜――――――!!!!」





††††††††††




閃光に眩んだ目が再び景色を映しだすと、そこには、右肩から先と、顔の半分が無くなった溜が呆然とこちらを見て立っていた。

「ケ…ガ……レ」

「溜!」

跳ねるように立ち上がり、駆け寄る。
膝から崩れ落ちる溜を、すんでのところで抱き止めた。

その時は、気付かなかった。

溜の身体から、血液が流れ出ていないことに。

「もう…だめみたい」

「なに言ってるんだよ!」

溜はゆっくりと首を振った。

「さっき…言えなかった…ことが、ある」

パキ…パキ…という、小さな、しかしはっきりとした音が耳に入ってきた。

「子どもを、産むために…木に、ならなきゃ…いけない」

「…え…?」

言葉の意味が、飲み込めなかった。

説明の代わりに、溜の身体の、欠けて中身が見えた部分から、若緑色の、植物の芽のようなものが幾つも吹き出した。

「もう…抱き合ったり、キスしたり、出来ない…ね」

芽は大きく伸び始め、また、欠落していない部分は、木の幹のように硬くなり始めた。

「元気な子を、産むよ。ケガレ、育てて……おねが…い…」

最後の方は、掠れてほとんど聞こえなかった。

安らかに笑みをたたえた溜の顔は、次第に木の皮に変化し、わからなくなった。
髪は葉を青々と繁らせた枝に、脚は地面に広がる根になり、


溜は、木になった。





†††††††††††




白樺にも、百日紅にも似たその木の前で、ケガレはがくりと膝をついた。

気が付くと、目から水が溢れていた。
かつて、溜が流していたように。

魔物の自分でも、流せるのか。そう、ぼんやり思っていた。



「知らなかったのか」

抑揚の無い声に、振り向く。軋む音を聞いた気がした。
彼のすぐ後ろに、処刑天使が立っていた。

「この方は、我々の母となるべきお方だった。」

天使は、何の感情も出さず、ただ風に揺れる溜の葉を見ていた。

「…母?」

水はまだ、頬を濡らしている。

「我々は、この木…『生命の木』の実から生まれる。神と交わり、木に変化できる天使は、稀にしか生まれない」

そうか、だから。

ケガレも、その枝を、空を、仰いだ。

――――だから溜は異なっていたんだ――――


「素質あるゆえに、あの方は一人だけを愛し、堕ちた。そしてあろうことか… お前のような汚らわしい生物と交わった」

天使は、昏い瞳でこちらを見た。
剣に貫かれたままの、その姿を。

「お前は安心して死ね。コイビトも子も、すぐに後を追わせてやる。」

朦朧とした頭から、一気に血が引いた感覚を覚えた。

「堕ちた天使と魔物が交わると、世にもおぞましい悪魔が生まれるというからな」

天使は、先程と同じように、木となった溜に向けて手をかざした。



させない!!


バチィィン、と、音がした。

ケガレの、口の拘束具がちぎれ飛んだ音だった。





††††††††††††




天使の喉笛に、ケガレは深々と歯を立てていた。

「…なっ……」

ヒュウ、ヒュウ、と風の抜けるような音と共に、天使は驚きの声を漏らした。

ゴキリ…と首の骨が砕けた音も。

憎しみに、天使の端正な顔が歪む。

「貴…様……呪…わ…れろ……」

血が塊になって、処刑天使の口から出た。

「神は…常…に貴様……を、見て…い……」

呪詛は、途中で終った。
天使の目は、もう光を失っていた。

そのまま喉を喰いちぎる。

どさり、と天使の体が地に落ちた。

口内の肉片を吐き出し、身体に突き刺さったままだった剣を抜いた。

途端に、おびただしい量の血液が溢れ出した。
しかし、ケガレは、死ぬ気がしなかった。

「呪われろ…だと?」

彼は呟いた。血にまみれた口で。

「神は、見ている?」

ハハハ、と、掠れた、しかし高らかな笑い声を上げる。

「お前に、何が出来る?俺はお前を畏れなどしない!!」

声は、丘じゅうに響き渡り、『生命の木』はしなやかな枝をざわつかせた。





†††††††††††††




そして。

ケガレは、この丘に新しい家を建てた。

毎日『木』を守り、10月10日後。
木に生った大きな実から、魔物の子が出てきた。

その赤子はどの魔物の姿とも異なっていたが、
ケガレと、溜に、とてもよく似ていた。







俺はお前を畏れなどしない

立派に育てるさ。僕達の、可愛い…悪魔を!







了。












→『Two Half moon』












あとがき。


長かったな〜。

全部読んだ人、いるのかな〜?いたら、拍手。


この話、前に描いた短い漫画の続きみたいなもんなんですが。

この話は公然と出してはいけない、と思い立ち、裏にこっそりアップして。

自分の中では前代未聞のエロさとアマさだったよ!

いちゃつんくんじゃねぇ!お前らはつがいか?!

…あ、つがいだったね。


グロさは、まぁ、こんなもん?

天使が、敵な扱いなのですが。天使は正義の象徴なのに。

「善」とか、「正」とか、秩序を押し付けてくる存在。

時には力づくで。

そういうのを天使に対して感じているからです。個人的に。

だから共感されにくいかも。

綺麗なものも素敵だけど、醜いものも同じ位素敵だよ。

そういう気持ちです。


改めて、読んでくれて感謝。