ΨΨΨΨΨΨ
家も、母であるという木も、雪に覆われた丘も、遠ざかってゆく。
流の瞳はその風景を映しているが、流の心には何も映らない。
―――賢
「流ちゃん」
銀色の街を見下ろす時計台の中。数センチの距離で聞こえる声。
「この街を出よう」
少し驚き、流の口から白い息がこぼれる。
「出て、どうする?」
「わからない…でも。」
賢は目を伏せ、流を抱く腕に力を込める。
「流ちゃん、勉強したいのに、学校に行けない。薬を作っても、流ちゃんが作ったことはナイショで売られてる。……この街の外では、そんなことはないかもしれない。」
頬を寄せる賢の声はひどく悲しそうだった。
「流ちゃんには、好きなことやってほしい。」
流は賢を見上げた。賢の瞳には、優しい、真っ直ぐな光が宿っている。
流の大好きな、愛しくてたまらない光。
「流ちゃんがガマンしないでいい場所が、きっとあるはずだよ。」
「賢…しかし、お前はこの街が好きなんだろう?」
賢はかぶりを振る。
「僕は、この街より流ちゃんのほうがずぅっと好き。流ちゃんといれば、どこだって平気だよ。」
喉が詰まって、声が出ない。
「朝になったらウチに帰って、出る準備をしよう」
流は、ゆっくりと頷いた。視界が、涙でぼやけていた。
つい、夜明け前の、今日の出来事だった。
共にこの街から旅立つはずだったのに。
共に生きると誓ったのに。
賢は、もういない。
殺されたから。
この、天使に――――――――――――――――――
魔物の腕を掴んでいる、右腕の先から、ミシミシ、という不思議な音をロゼは聞いた。
同時に、その掴んでいる腕を急に熱く感じ、ロゼはどうしたのかと魔物をかえり見る。
「??!」
一瞬、何が起こったかわからなかった。
右腕に奔った、灼けるような痛み。
閃光に目が眩み、バランスを崩し落下する。
うまく、翼を動かすことができない。
激しい空気の流れの中、魔物の姿が見えた。
なんだ あれは
激しい憎悪の瞳で自分を見下ろす魔物の背には、つややかな青い色の羽毛で覆われた翼があった。
まるで乾期の空のようなその青を、美しいと感じ、
そしてロゼは気を失った
気づいたら、自分で空を飛んでいた。
骨のみだった翼は、肉と羽に覆われ、力強く風を切っている。
体中に、今までに無いくらいの力がみなぎるのを感じていた。
冷たい空気に、もう体が震えない。
紅い天使が地上に落下するのを見届けた後、流はさらに上空を見上げた。
ほのかに光を帯びた、ひときわ大きな雲が見える。
―――あそこか
流は、空に浮かぶ天の宮を目指し、翼を打った
ΨΨΨΨΨΨΨ
目指す場所に辿り着き、その表面に静かに降り立つ。
空に浮かぶ雲は小さな水の粒だと習っていたが、この雲の表面は、まるで真綿のように柔らかい。
これも、『神』とやらの為す技か――――
目の前には大きな石造りの門と、その向こうに白い石で出来た建造物が見える。それを取り巻く、豊かな緑の色も。
門の向こうから金の髪と白の翼の遣いが出てきて、流に歩み寄った。
漆黒の髪に青い翼を背負い、衣服を着た姿。
その天使は明らかに仲間とは異なる流の風貌に少し驚きつつも、中に招じ入れた。
神が『母』の帰還を告げたらしい。
天使たちは流を歓迎した。
華美な装飾は無いが、重厚で、歴史が刻まれた、古い、しかし磨きこまれた建造物。
柱と柱の間から見える庭園から優しい風がそよぐ。
浴場に通され、体を洗う。何名かの天使が手伝おうと進み出たが、強く断った。
天使には服を着る習慣が無いらしく、新しい服が渡されなかったので、先に来ていた服を持ってくるよう頼んだ。
体を見せようとはしない流を天使たちは訝しんだが、詮索もせず、服を持ってきてくれた。
それほどまでに『母』というものは重要なのかと流は思った。
少し休むようにと、綺麗な小部屋に通された。
しかし流は眠らず、寝台に腰掛け、じっと拳を握っていた。
拳の中には、鋼の輪―――賢がくれた指輪。
殺してやる。
その言葉だけを、ずっと繰り返していた。
なぜ賢が殺されなければならなかった?
木になれだと?ふざけるな。
神が俺を生かしていただと?
俺の命を土台にして、新たな天使が生まれてくるのか?
賢を殺したあの天使のような?
殺す。
神も天使も皆、
この手で殺してやる!!
手を開く。
心を掌の中心に集中させると、そこに光が生まれた。
その光は、全てを焼き尽くせる光だと、流は解っていた。
目を閉じ、力を願う。
すると、手の中に武器が形作られた。
鈍く光る、黒い片刃の剣。
振ってみると、刀身は軽く、風を切った音を立てた。
何度も、それを振る。
日が傾き、暗くなっても、ずっと振り続けていた。
ΨΨΨΨΨΨΨΨ
どれくらい気を失っていたのか。
目を開けると、見慣れぬ天井が広がっていた。
ロゼは自分が寝台に寝かされていることに気づき、布団をのけ、身を起こそうと手を付いた…つもりだったがなぜか体を支えることが出来ず、再び布団へと体が落ちる。
そこで、初めて見た。
自分の、右の腕が無くなっているのを。
空から落ちる直前の、あの熱を思い出す。
千切られた。あの魔物に。
二の腕の半ばから途切れたそれには薬が塗られ、包帯がしっかりと巻かれてあった。
誰がこのようなことを、と考えるまもなく気配が近付き、ロゼは反射的に振り返った。
「起きたか。具合は、どうだい?」
漆黒の髪に、金の瞳。そして背の黒い皮翼と口の拘束具。
魔物に助けられたことを忌々しく思い、ロゼは背を向ける。
だがロゼを助けた玩具妖魔は話しかけるのをやめない。
「運が良かったね。君はあの木の下に倒れていた。木の枝と雪が、衝撃を和らげてくれたんだね。」
玩具妖魔は窓の外を指差す。
再び降り出した雪でけぶる風景の中に、あの、溜であった木が立っていた。
何の因果か、再びこの場所に来てしまったようだ。
「右腕を失って、運が良い、か。」
自嘲気味に呟く。
「その腕につけた薬はとびきり腕の良い薬剤師が作ったものさ。それに…腕一本では済まなかった者もいた」
魔物の言葉で、ようやく思い出す。あの木の下には、自分が先程殺した人狼の屍骸もあったということを。
「なぜ殺さない」
ロゼの掠れた声に魔物は首をかしげる。
「わかっているのだろう?私が、あの人狼を殺したことを。」
魔物は柔らかな笑みを浮かべた。
「確かに、あの人狼…賢は俺の家族だ。だが、君を殺したところで賢は戻ってこない。」
「家族…」
知識としては、知っていた。毎日、寝食を共にする関係。自分にとっての、天の宮に住まう仲間たちに近いもの、いやそれ以上の存在なのだろうと認識していた。
「親しい者を殺されたのだろう?なぜ、憎くない?!」
なぜお前は笑っていられる?
私はかつて、溜を失ったときに ひ ど く 泣いたというのに!
「ならば」
寝台から身を起こしたロゼを、金の瞳が鋭く射抜いた。
「なぜお前は賢を殺した?」
憎む者、悲しむ者が生まれるとわかっていながら、なぜ。
空から落とされるときに見た、あの憎しみにあふれた瞳を思い出す。
あの瞳は溜を奪われた自分の瞳そのものだ。
ロゼは言葉を失った。
「あ…」
固く、シーツを握りしめる。
「俺が君を助けたのはただのエゴだ。死ぬより、辛いだろう?」
玩具妖魔は背を向け、立ち去った。
「あああああああああああっ!!」
ロゼの叫びだけが、室内に、雪の丘に、響いていた。
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
流が呼ばれたのは、月が煌々と昇り、夜が更けた頃だった。
裸身を強制しないが、せめて清いものを着るように、と白の薄い紗で出来た簡素な装束を渡された。
それに着替えると、流は建物の奥へ奥へと案内された。
神殿の最も奥。一段高くなった場所に、深紫のカーテンがかかっており、こちらと向こう側に部屋が分けられている。その布を隔てた向こうへ入るようにと、案内役の天使は言った。
解っていた。
この布の向こうに『神』が居て、自分は神と交わらされるのだと。
無意識に、口の端が上がった。
熱線や武器の使い方は、もう大体解っていた。後は実際に…殺すだけ。
殺意を悟られぬよう、落ち着き払ってカーテンをくぐった。
「!」
カーテンの向こう側は、光に満ちていた。
細かい光の粒子が、流の体にも纏いつく。
ここが、創造者『神』の寝所。
しかし、神の姿が見えない。
「神よ、姿を現さないのか?俺と、交わるのではないのか?」
姿が無ければ殺せない。
問いかけつつ、武器をいつでも出せるよう、右手に精神を集中させる。
『すでにお前の前にいる』
突然、強い声が響いた。頭の中に直接流れ込むようだった。
『よく来たな『母』の子よ。混血のお前が『木』に成れるかはわからないが、私はお前が交わりに来たことに感謝しよう』
声と共に、部屋中に満たされた光が集束し、流の体を包んだ。
息苦しくは無かった。体の中に何か強いものが入り込む感覚。
刹那、痺れを感じ、その後にやってきたのは…果てしない、恐怖感。
「うああああああああああああああああああっっ!!」
身をよじり、光の粒を払いのけると、布を半ば引き裂くようにして部屋を飛び出した。
天使たちは驚き、流に駆け寄ったが、流はそれを振り払い、ひたすら走る。
神はあの光そのものだったんだ。
確かにあの時、体内に何かが入り込んできた。
俺は神と交わってしまった
建物を出、暗い庭園に飛び込んだ。走って、走って。
天の上の庭園にも雪は積もっていて。溶けかけた雪に足を滑らせ、そのまま地面に倒れこむ。
起き上がる力も無いまま、流はすすり泣いた。
『どうしたの?』
突然の声に、流は体を強張らせた。神と同じ、頭の中に直接響く声に。
『こわがらなくてもいいわ。わたしは、ここ。』
顔を上げ、声の導く方を見ると、そこには見たことのあるような木が立っていた。
そう、それは、ケガレが大切にしている、自宅の横に植わっている木と同じ種。
流は何とか立ち上がると、その美しい樹木に歩み寄った。
「お前は、生命の木…だよな?」
『ええ。あなた、天使ではないのね。』
葉のざわめきではない、優しい声。
「堕天使と魔物の混血…悪魔だ。」
なんとか力を振り絞り、手のひらの上に光を生む。
腕を突き出し、その滑らかな幹に向けて力を解放した
…つもりだった。
光は発動する直前に消え、嘔吐感が流を襲った。
地面に膝を付き、体を震わせ激しく咳き込む。
『大丈夫?』
心配げな声。自分はお前を殺そうとしたのに。
怒りと情けなさが同時にこみ上げる。
なぜ、殺せない?
『私を、殺そうとした?』
咳が治まった頃、生命の木は静かに問うた。
流はそれに頷く。
『なぜ?』
「お前の生んだ天使が、俺の一番大事な者を殺したから」
しかし、殺せなかった。体が、殺すことを拒絶していた。
暫らくしてから木が再び声を出した。
『ごめんなさい…わたし、殺されてしまえば、良かったのに』
流は泣いた。
泣きながら、木の幹を何度も叩いた。木は、何も言わずに葉を揺らしていた。
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
吹雪の止んだ、白い丘の上で、ロゼは独り、残された左腕で雪を掘り返していた。
暫らくすると、新雪の下から、人狼の屍骸が出てくる。
少し安堵の息をつき、雪の中から引きずり出した。
頭部も、体も、雪の中に埋められていたおかげで断面は凍りつき、腐敗もしていない。
「何をしている?」
語調はさして鋭くは無いが、ロゼはその声に少しびくりとして振り向いた。
「埋めた場所を訊いてきたから、まさかとは思ったけど…賢の死体でなにをするつもりなんだい?」
このケガレという魔物の雰囲気に圧倒されそうになり、ロゼは何とか彼を睨み返すようにして答えた。
「…この人狼を、蘇生させる」
ケガレは金の目を大きく見開いた。
「本気か」
ロゼは彼をまっすぐに見、強く頷く。
「君は今までにどれほどの生物を殺してきた?賢一人を生き返らせただけでその罪を全て償えると、考えているのか?」
「いや」
ロゼは立ち上がり、ケガレと同じ目の高さになる。
「ただのエゴだ」
しばらくの間、二人は睨みあった。が、やがてケガレが口元を緩めた。
「片腕では大変だろう?俺も手伝おう」
雪を掘り続け凍傷になりかけたロゼの左手をとり、両手で包む。
ロゼはその魔物の手をひどく暖かく感じた。
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
天の宮で迎えた太陽は、地上よりも近く、眩しく感じた。
流はまず樅の木の林を見つけ、その枝を数本づつ刈り取り、生垣の上に置いて乾かした。
それから松の木を探し、拾った八手の葉の上にたっぷりと松脂を溜めた。
それらを持って再び生命の木の前に立つ。
「少し、痛いかもしれないが我慢してくれ」
『何をするの?』
木の問いかけには応えず、流は剣を創り出すと、その木肌にあてた。
そして、一息に削りだす。
寒さに弱り、腐り萎れた部分を。
『あなた…』
「枯れかけている、と聞いていた。そして俺が呼ばれ、あなたの後継として神と交わった。でも俺にはまだやりたいことがある。だから、どうにかしてあなたを治す」
根のほうがより酷く腐っていた。
下草を掻き分け、掘り出し、巣食った虫たちを一つ一つ取り除いてゆく。
悪くなった部分を大方削ると、中身の見えた部分に松脂を塗る。
最後に防寒の為に乾いた樅の枝を蔓草で巻きつけた頃には、陽は西の空の果てへ沈もうとしていた。
これで、出来ることは全てやった。
いや
まだ残っていた
その幹に両手をかざし、心を集中させる。
傷つけるのではなく、この者を癒したいという想いを込めて。
柔らかな光が生まれ、木を照らした。
光は増幅を続け、その明るさに天使たちがやってきて、そして驚いた。
「新たな母様!何をしていらっしゃるのですか?!」
体も服も土やら草の汁やらで汚れ、顔は疲れ果て青白くなっている流を見て。
流は振り向きもせずに応える。
「俺は母ではない。お前たちも手伝え。母を、治すんだ」
天使たちは顔を見合わせた。
やがて戸惑いつつも樹木と、流を取り囲み、同じように優しい光をその手のひらから出す。
生命の木が嬉しげに葉を揺らした。
『ありがとう』
その声は流にだけ聞こえたようで。
『あなたからは天使たちよりも強力な力を感じる』
流の口から少しだけ笑みが漏れた。
「強力?俺は無力だ。俺の翼は飛べもしない骨の翼だった。今は…なぜだか、飛べるようになったけれど」
『あなたの力が強力すぎたから、無意識に自分で封じていたのよ』
「…それが、賢を殺された怒りで開放された、か。遅すぎだ。もっと早く開放していれば、賢は…」
左手の、指輪を眺める。視界が、霞んだ。
「強い力など、持っていても仕方が無い。すべて、あなたに、あげるよ」
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
白い雪の大地に、赤い色がこぼれる。
ロゼは己の血で、蘇生の魔方陣を描いていた。
描き終えると魔方陣の中心にケガレが賢の体を安置する。
きちんと、離れ離れになった首と体を縫合させた上で。
ロゼの祝詞が始まった。
蘇生という大掛かりな奇跡を起こすには、想うだけではなく神への言葉を口に出して捧げる必要がある。
次第に、魔方陣が光を帯び始める。
熱線とは異なる、柔らかな光。
その光は賢の体だけでなく、ロゼやケガレの体の傷まで癒してゆく。
「凄いな…この光。君の右腕も、治らないかい?」
「無理だ。欠損部分が多すぎる」
右腕を失ってしまったことは、非常に痛い。しかし、ロゼはそれを仕方の無いものとして受け入れ始めていた。
やがて、賢の体が完全に修復された。
「あとは、魂を入れるだけだ」
それには、リスクがあった。
代わりに命をひとつ捧げなければならないこと。
ロゼは魔方陣の中に足を踏み入れようとした
が、
「??!」
その直前にケガレに体当たりされ、陣の外へ倒れこむ。
その隙に、ケガレが魔方陣に跳び込んだ。
「何をしているんだ!早く出ろ!!」
「誰かが代わりに死ななければならないのだろう?」
ケガレは笑んでいた。
「君が死んだら、誰がこの奇跡を最後まで行える?」
ロゼは、言葉を詰まらせた。
ケガレは気持ちよさそうに空を見上げる。
その足は、すでに灰に変わりつつあった。
そして思い出したように大振りのナイフを取り出すと、自分の右腕を切り落とした。
「ケガレ?!」
それを、ロゼに投げてよこす。
「もしかしたら、つながるかもしれない。試してくれよ。君の新しい腕になるか」
腰の辺りまで、ケガレの体は灰と化している。
ロゼは、どうしても足を動かすことが出来ないでいた。
「なん…で、そこまで…するんだよ」
震えた声しか出ない。
「俺は汚い奴だ」
ケガレは笑っていた。
「昔、堕天した天使を寝取った。子どもも、生ませた。そのためには、君の仲間すら殺した」
ロゼは冷水を浴びせられたような心地がした。
ケガレが、まさか…
「後悔はしていない。けど、どこかで、罪をあがなう機会を探していた。神ではなく、自分自身で裁く機会を」
胸、首、顎と、崩落は続いてゆく。
ケガレは、本当に嬉しそうに笑っていた。
そして、全てが真っ白な灰となり、散った
ロゼは、ケガレが投げてよこした右腕に手を伸ばした。
震える指で包帯と膏薬をはぎとり、その魔物が最後に残したそれを自分の欠落した部分と接ぎ合わせる。
魔方陣の優しい光を浴び、彼は動けずにいた。
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
「本当に、ありがとうございました!!」
そう言って自分の前で一斉に膝をつく天使たちを、流は困ったように見下ろした。
あれから夜通し皆で生命の木を照らし続け、樹木が新たな芽を覗かせたのは世が明けた頃。
完治とはいえないが、生命の木は死を回避し、そして天使たちもまた滅びを免れた。
「俺は俺のためにやっただけだ。感謝される義理など無い」
「それでも」
天使たちは微笑む。
「貴方は確かに私たちを救ってくださったのです」
何十もの頭が下げられ、流はあわてて面を上げるよう言った。
顔が紅潮しているのが自分でも分かる。
それが恥ずかしくて、流は踵を返し、その場から走り去ろうとした。
その背に、驚いたように掛けられる声たち。
「どこへ行かれるのですか?!」
その声たちには応えず、流はひたすら走った。
天使たちの声と共に、木々の、楽しそうに笑う声が聞こえていた。
門へ辿り着き肩で息をつきながら振り返ると、先ほどよりも多くの、おそらく天の宮にいる全ての天使が集まっていた。
驚く流に、天使の一人が進み出る
「帰られるのですね?」
悲しげな顔。
「ああ。ここに俺は必要ない。」
「…神からのお言葉です。『生命の木を救ったことを感謝する。天にとどまらぬことを残念には思うが、いつもそなたを見ている。助けを欲するときには必ず応えよう』」
「…そうか」
流は少しだけ口の端を上げた。
神にすがる日など、永劫に来ないだろう。
「あの、なにか、礼は、出来ないでしょうか?」
無い、と言いかけて、重要なことを思い出した。
「…では、俺の家まで送り届けてくれないか?」
背の翼は真っ白な、骨の翼に戻っていたから。
「はい!」
自ら進み出た二人の天使に両脇を抱えてもらい、流は天の宮をあとにした。
家に帰ろう。
帰ったらまず、賢の墓を作って、
荷をまとめて、
ケガレに別れを告げて、
新しい場所を探そう。
二人で決めた旅立ちを、
一人だけでも、しよう。
雪の積もった丘の上。
生命の木の下で、賢は一人手を合わせている。
賢の前には小さな墓標。
全て灰になって消えてしまったケガレの、形だけの墓だった。
「おい」
頭上から声が掛けられる。
賢は木の枝に腰掛けたロゼを見上げた。
「帰ってきたようだ」
ロゼの右の人差し指の示す方向を見やる、と、空に何かが飛んでいるのが見え、次第に近づいてくるのがわかった。
それは3つの人影。
その真中の、両脇の天の遣いに支えられている姿は―――
「流ちゃん!!」
賢はちぎれんばかりに大きく腕を振り、地上に降り立った彼らに走り寄った。
流はひどく驚いた顔をし、それから賢を力いっぱい抱きしめた。これが現実であることを何度も確認するかのように。
流を運んできた天使は、あとからやってきたロゼの姿に気付き、彼の前に膝を付いた。
「生きていらっしゃいましたか」
「良くぞご無事で。さぁ、戻りましょう」
ロゼは二人を立ち上がらせ、そして言った。
「私は戻らない」
ΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨΨ
流と賢が旅立つ日が来た。
二人はケガレの墓に手を合わせ、それから生命の木―――流の母を仰いだ。
流が戻ってすぐに、ロゼはどこかへ姿を消した。
天の宮に戻らず、ゆっくりと世界を見る、と言っていた。
大丈夫か、と言った流に賢が声を掛ける
「大丈夫だよ、ケガレさんがついているんだから」
そして、今度は二人が旅立つ。
自分たちを育てた家と、木に、一度だけ礼をし、それから振り返ることもなく。
ふたり、肩を並べて―――
ある地で、魔物が天使を生んだ。
多くの人間や魔物たちが生き神をひと目見ようと集まったが、
夫とその子どもである人狼が二人を守り、
決して見世物にされることはなかったという。
終幕
『Crescendo』←
あとがき
いや〜〜〜〜〜〜〜!!
長い!長すぎる!!
あまりにも長すぎて、途中で2ページに区切っちゃったしね!
ほんと、この長さにもめげず、完読してくださった方、猛烈感謝。
むしろ漢謝。
こ〜んな長い話を、ちゃんと終わらせられたのって、初めてなんだけど、感想とか絵とかいただけたおかげだね!
もうほんとありがとう。だから…また欲しいな〜と思ったり。してます。
ギブミーこめんつ。
これで最後だし。
今まで働いてくれたキャラについて語っちまおうか、と。
そういうのが苦手な方は、読むのはここまでにしておいて、ね。
はい。まず、【溜】。
…一番のヒロインだね。あなたは。
つかね、
もてすぎですから。
でも初恋→失恋→殺害だからね。決して良い役回りとは。
善い人だよね。
ロゼって、とっつきにくそうなのに友達になれちゃうし。
ケガレに関しては…もう何も言え無いよ。
なんか、天野月子さんの『箱庭』って曲が、似合うな〜とか思ったり。
次。【ケガレ】。
コノヤロウ。
とんだ悪行三昧だ。
この悪め。
悪。
悪。
…とか言っても「うん。悪だよ」とか言われるんだろーなー。
ほんと、この人好きじゃなかったんだけど、『Birthday』読んだ人の反応が皆、「ケガレ、良い人〜!」だったから、なんで?!!て思った。
いまは、好き。になった…よ。
直なヤツばかりのこの話で、この人が唯一曲がってるな〜と、思いました。
バンプオブチキンさんの『embrace』って曲が似合うな、と。
今、タイトルの意味調べたら「抱擁」だってさ。合いすぎ!!エロス!!!
つか、最初、この人、死ぬ予定無かったのに…
腕も勝手にあげちゃうし。
何美味しいところ持っていって皆の心にしこりを残してるんですか?!
いつかマウントポジションで殴りたいキャラNO.1です。
でも殴った後に「でもそんなお前も大好きじゃけぇ!!」て抱きしめよう。
なんだこの三文芝居。
次。
【ショッカー(仮)】
『Birthday』に出てきて、ケガレに殺されちまった処刑天使さんです。
ロゼの教育係でもあったのね。
で、天使って、名前が無いんだけど、名前が無いと呼ぶのめんどくさい。
だからショッカー(仮)。
挿絵描いてくれたshow you to 3の描いたケガレがどことなく仮面ライダーで、その敵役だから「ショッカー」だろう、と☆
このヒトが、典型的な天使なんだろうな。
思考とか、あり方とかが。
盲信。…でも、そーいうふうにできている存在。
いやほんと、嫌な役〜な描きかたして、しかも殺されることも決まっていた方でしたが。
良い所もたくさんあったんですよ。この方。描いてないだけで。(合掌)
テーマソングは、やっぱり、『レッツゴー!ライダーキック』かな★
というわけで弟子いこう。
【ロゼ】
ショッカー(仮)が天使の典型だとしたら、ロゼと溜は特殊な天使。
で、溜が遺伝子レベルで特殊なのに対して、
ロゼは環境によって特殊になっていったタイプ。
ロゼが溜に対して抱いていた感情は、恋愛感情ではないと自分はおもっとるんですが。
だって天使は恋しないし。溜はこの場合例外ね。
唯一にして最高の親友、だったんだろうな〜。
真面目な方ですよ。思いつめるタイプの。
あれ?流と似てない?かぶった??
…曲をつけるとすれば、Coccoさんの『羽根。』かな、と。
このヒトはどこへ行くんだろうねぇ…続き?考えてませんよ。
なんか流浪人ぽくなったから、旅しながら人間とか魔物とか助けたり助けなかったりする微妙ヒーローみたいになるんじゃん?少年誌的な。
ごめん。やっぱテキトーだったわ。
はい、ドンドコいこう。
【賢】
名前、「賢」だけど賢くないわ〜
一時期うっかり彼の台詞を全て平仮名にしてました。
どこまで馬鹿にすれば気がすむのやら。
でも、馬鹿というか何というか…すごく純粋で綺麗な生き様だと思いますわ。
深く考えないから悩まないし。
思考回路の90%は流のこと考えてますね。
生活のリズムは「食べる」「寝る」「遊ぶ」「流ちゃん」だからね。
ザッツ・シンプル☆
なんだかいつもやられてばっかの役で「お前ヒロイン??!」なんだけど、拘束具外したら、本当は強いんだよ…相手が悪かったんだよ…きっと…
……生き返る予定は無かったんすよ。
でも、生き返った。
なんか、他のキャラが満場一致で生き返らせようとして。
愛されてるね〜賢ちゃん☆
新堂敦士さんの『祈望』がすごく似合うと思うですよ。
坂本真綾さんの『ポケットを空にして』も合うかも。
こっちは、流と賢、二人の曲で。
で、最後は【流】。
いちおう、主役なんですか?
最初、溜の名前を決めるときに「溜」か「流」で迷って、結局「溜」にしたんだけど、「流」も使いたいから子どもとして出しちゃえ〜って。
……うわぁ…ひど…
でも同じ音の名前って、まぎらわしいから!!
つか同じ音の名前を自分の子どもにつけるなよ、ケガレ!
恥ずいから!!!
……ま、つけたのは私なんですがね。
両性具有なんだけど、なんだかオンナノコ寄りになっちゃったような。
一人称が「俺」だから、意識しないと完璧男になっちゃうんだよ…
それに、恋のお相手が男の子だし。
オットコマエ!な女の子、ですかね?
似合う曲は、鬼束ちひろさんの『LITTLE BEAT RIFLE』。
神との子どもと、賢との子どもを産むことでしょう。
白い天使ちゃんと黒い人狼ちゃんかな〜…幸せ家族計画。
多分、続きは書かないと思います。
続きの話を書くってことは、この人たちにまた波乱が訪れるってコトだから。
まぁ、あれだ。
あんたはホント頑張ったよ。
もう、ゆっくり休んでくれて構わないからね。
…な心境ですわ。
これは他のキャラ皆にも言えることだけど。
すごくすごく、お疲れ様でした。
そして。ここまで読んでくださった方も、
とっても、お疲れ様でした&どうもありがとうございました!
2004.9.12 生王子 拝