三・よみがえるもの カルマが目を覚ましたのは、夜が明ける少し前だった。 いつのまにかユリアは彼の腕を枕に眠っていて、しかたなくカルマは身動きが取れないままぼんやりとしていた。 レースのカーテンの向こう、藍色の空が次第に明るく、白くなってゆく。 この光景を、どこかで見たことがあるな、とカルマはふと思った。途端、頭を、金づちで力いっぱい殴られたような 衝撃が襲った。 「っあああああああ??!」 たまらず、悲鳴を上げる。その声に驚きユリアも目を覚ました。 「カルマ?!どうしたの??」 心配げに声を掛けられるが、カルマは止まない頭痛にそれどころではない。 痛みに、視界が端のほうから白くなってゆく。 やがてすべてが真っ白になり、何も聞こえなくなった。痛みも、消えた。 その瞬間、目の裏側に一つの光景がはじけた。 自分の腕と、紺の着物。腕は何かを抱えている。黒く長い髪。白い服。その白の上に落ちた、赤い色。そして…口から 血を吐いて息絶えた、最愛の、恋人の顔…… 「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」 ユリアはカルマの叫びに驚き、頭を抱え体を二つに折る彼の背中を抱いた 「どうしたの?!」 「炯…炯……」 ヨダレも鼻汁も何もかも流れ出、歯はカチカチと鳴っていた。 ――思い出した。 あの朝、彼女は自分の腕の中で息絶えた。己れはそれを受け入れられず、自分に忘却術をかけた。それを彼女が 失踪したと思い込み、探し回っていたのだ。4年間も! 寒気がした。気持ちが、悪い。この体は空洞で、冷たい空気だけが詰まっているような気がして、無意識のうちに 震えだした。 寒い。苦しい。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。 「カルマ!!」 自分の名を、呼ばれた気がした。両の頬が温かい。 顔を上げると、ユリアがいた。その両手でカルマの頬を包み、泣きそうな顔で見つめている。 「…俺のために泣くな」 「なに言ってるの」 彼女の暖かな手を振り払い、カルマは自分の両の手で顔をおおった。 「俺は、狂人だ。…彼女は死んでいたんだ。なのに、探し回っていた。生きていると信じ込んで。…会える筈など 無いのに!」 ――そうだ。己れはこの手で、彼女の亡骸を焼き、そして遺骨を、朝日の見える丘の、サルスベリの木の下に埋めたんだ。 震えが止まらない。寒くて寒くてたまらない。 「…カルマ」 鼓動が聞こえる。彼女の肌が触れている部分から、徐々に冷たい体が温まってゆく。カルマは汚い自分に抱きつく 彼女を振りほどこうとした。 「はなれろ」 「いや」 ユリアの細い腕に更に力がこもり、サラシを解いた柔らかな胸がカルマの胸に触れる。 「狂っていようと何だろうと、関係ない。私はあなたに救われたの。あなたに会えてよかったって、思ってるから」 水が、目から溢れ出した。体に溜まった膿が流れ出ていくようだ、とカルマは思った。 そして彼は大声で泣いた。恋人を想って。そしてこの優しい少女の未来を願って。 気がつくと、部屋にユリアの姿は無かった。泣き疲れて眠ってしまったらしい。陽は正午に近くなっていた。 大の男が少女の胸の中で泣いたとは。いまさらながら思い出し、恥ずかしくなる。 のろのろと部屋を出て水場で顔を洗っているところでトムに見つかり、声を掛けられた。 「カルマさん、やっと起きましたか。ユリアなら、とっくに出て行きましたよ」 その両手にビスケットやらキャンディやらがしっかり握られてるのを見て、そういえば今日が建国祭当日か、と思い出す。 「どこに行ったかわかるか?」 「いえ…手ぶらで出て行ったようでしたが」 そういえば、荷物はすべて部屋に置き放しになっていたことを思い出す。やることが見つかったといっていたが、一体何を… 考えていると、トムが袂を引っ張ってきた。やはりここは引っ張るためにある部分なのか。 「お祭、行きませんか?大通りなんて、すごく盛り上がってますよ!」 これからの身の振り方も考えなくてはいけないが、賑やかな場所に行って気分を変えるのも悪くはない。 そうだな、とカルマは応えようとした、そのときだった。 ズシン…と地響きがし、続いて無数の悲鳴。 カルマとトムは顔を見合わせ、急いで表通りに出た。 日がかげったのは、雲のせいではなかった。あまりにも大きな、壊れた城の尖塔よりも背の高い なにか が、その巨体で 街を見下ろしていた。 カルマは一瞬、自分がまだ夢の中に入るのかと思い……腕をつねるときちんと痛みがはしり、ここはやはり現実だと 受け入れざるを得なくなる。 青白い色のそれは直立した人間にも見えた。それは街の中央、ちょうど城があった場所にそびえ、生き物のように 動いていた。いや、アレは生きているに違いない、とカルマは直感的に思った。 「おい、あれは…」 トムをかえりみると、彼は地面にへたり込み、ふるえていた。 「でた……なんで…また……」 顔は蒼白で、目は恐怖に見開かれたままあの巨人を凝視している。 「また、街は燃えるの…?僕、こんどこそ…しぬ の…?」 「しっかりしろ!!」 襟首を掴んで揺さぶられ、トムは少し正気を取り戻した。 「あ…カルマさん。はやく…早く逃げなきゃ!」 「アレに覚えがあるのか?」 トムは震えつつうなずき、カルマの腕にしがみついた。 「お城を、街を燃やしたんです。あの日、突然現れたアレが!」 カルマは彼を立たせるとその頭を優しく撫でた。 「家族を連れて、広場に逃げるんだ。行く途中、周囲に危険を知らせるのを忘れるなよ」 トムはようやく落ち着き、つばを飲み込むと、強くうなずく。 「カルマさんは?」 「ユリアを探す」 腰に刀を差しているのを確認し、わらじの紐をきつく締める。 気をつけてくださいね、というトムの不安げな声に口の端を上げて少し笑ってみせ、そしてカルマは走り出した。 情報屋に聞いてはいたが、『巨人』のことなどにわかには信じがたかった。 だが話は本当で、その巨大なイキモノは2年と7ヶ月前と同じく、この国を壊そうとしている。 コレは現実なんだ、そしてユリアを探さねばならない、とカルマは何度も自分に言い聞かせた。 街は混乱を極めていた。 建国際にわいていたはずの大通りは逃げ惑う人々でごった返し、倒され踏みつけられた祭の飾りや看板がそこかしこ に無残に散らばっていた。 皆巨人とは反対方向の都市の端、城門へ向かっている。その流れの中を、カルマはかろうじて進んでいた。 「くっ、そぉ…」 大通りへ出たのは間違いだったと後悔し、近くにあった細い路地に飛び込んで息を整えた、そのときだった 。 キュオン、という高い音と、続いて爆発音。悲鳴がいっそう酷くなった。 おどろき巨人を見上げると、そのだらりと下がった長い両の腕の先に、青い光りが灯っている。それは次第に大きく なり、そして先ほどの高い音とともに光の帯となって周囲の建造物を薙いだ。その光に触れた建物は爆発し、炎を 噴いた。 火は急速に燃え広がる上に、巨人は次々と光で建物を灼いてゆく。 この国が跡形もなく壊されてしまう前にユリアを見つけ出せるか、カルマは少し不安になった。 しかしこんなところで立ち止まっていても仕方が無い。 「ユリア―――――――!!」 叫びつつ、街の中心へ走る。一番恐れているのは、崩壊の激しい街の中心部に彼女が取り残されているかもしれない ということだった。とうに街の端に避難しているのなら、それで良い。 (た す け て…) 何度その名を呼んだだろうか。ユリアの声が聞こえた気がして、カルマは立ち止まり辺りを見回した。 「ユリア?どこだ?!」 (たすけて だれか) 先程よりもはっきりと聞こえた。方角も、わかる。カルマは街の中心、巨人めがけて走り出した。 「ユリア!そっちにいるのか?!」 (たすけて…) 走るうちに、道はどんどん悪くなってゆく。特に祭の飾りにはすぐに火が燃え移り、そこかしこを火の海にして いた。すでに、あたりに動くものはいない。 (わたしは ここ) ユリアの声は次第に大きくはっきりと聞こえてきた。倒れた石柱を飛び越え、燃え盛る街路樹の下を潜り抜け、 カルマは走る。 「待ってろ、今行く!」 わらじはいつのまにか灰になってちぎれ落ちたらしい。着物もそこかしこが焼け焦げている。 カルマは荒く息をつきつつ目の前の―――巨人を見上げた。 間近で見た巨人の表面は細くほのかに光る触手が無数に寄り集まってできていて、その青白い紐の一本一本が絶えず 脈打っている。それが、この巨大なものが生命体であることを生々しくあらわしていた。 「ここに、いるんだな?」 ユリアの声は、巨人の中から聞こえてきた。今も、彼女の助けを呼ぶ声が頭に響いている。 これからどんな不思議なことが起こっても己れはきっと驚かないだろうな、と彼はふと考え、そして刀を抜くと巨人 のその肌に突き立てた。 触手は傷つけられることを恐れてかゾワ、と刀を避け、結果としてカルマが容易に入れるほどの穴が巨人の表面に 開いた。その中にすぐさま飛び込む。中もまた、白い脈打つ紐が集まって出来ていた。 巨人の体内はひどく冷たかった。その中を、脚や腕に絡んでくる触手を手でなんとか掻き分け進む。動かされるのを 頑なに断るものは刀でどいてもらった。故郷でよく食べたうどんの、塊の中に入るようだと荒く息をつきながら思って 懐かしむどころか二度と食べたくなくなり、カルマは自分の想像力を恨んだ。 しだいに氷のような巨人の体内に、わずかに暖かく、明るくなる方向を見つけ出し、そちらへ進んでゆく。おそらく そちらが巨人の中心部だろう、と思ったのだ。 そしてどれほど進んだだろうか。その幾条かの生きる紐を押しのけると、蜜柑色の髪がこぼれ出てきた。 「ユリア?!」 急ぎその周囲のつたも掻き分ける。その白い中から、胎児のように丸くなったユリアが出てきた。彼女が、巨人の 核だったのだ。 「お前も、トムの義眼と同じだったんだな…」 巨人の青白い色は、トムがユリアを探したときの義眼の色と同じだった。 彼女は眠っているように目を閉じ、彼女の白い肌から更に白い無数の触手が伸びている。 「ユリア」 優しく彼女の頬を叩く、と、少しだけその瞳は開かれた。 (カルマ…来てしまったの) 口は動いていない。しかし、その声はカルマに聞こえてくる。 「助けろと言ったのはお前だ」 (わたし 化け物だったのね) 「もうしゃべらなくていい」 ユリアはわずかに首を振る。泣き出しそうな顔だった。 (この国には王だけに伝わる恐ろしい兵器があるって。それを壊しにきたの。お父様が亡くなる直前に私に見せた 小箱が、きっとそれだと思って。お城、壊れてたけど、地下室は焼け残ってて、そこでやっと見つけたの。でも、 それはスイッチでしかなかった) 「しゃべるな」 (小箱の中には、よくわからないけど機械が詰まっていて、開けた途端に動き出した。そして私の体から、中から 何かがあふれ出すように、……変わって、止まらなくて) 小箱の機械とは、おそらく生体培養で造ったものを磁石のそれよりも強く変質させる効果を与える装置だったのだ ろう。そしておそらく、ユリアは…… (思い出したの。お父様が亡くなったときも、こうして街を壊してしまったこと。…培養液の中で、お父様に育て られたこと。わたしは、壊すためにつくられた、仕組み) ず…ん、と何かが崩れる音が外から聞こえた。あの高熱の光は、ユリアの意思とは無関係に放射されるのか。 (ああ…また、壊してしまった) ユリアは苦しげに声を上げる。ひどく泣きたそうな顔をしているが、今の彼女は涙を流せない造りのようだった。 (でも、カルマ。あなたが来てくれて…よかった) 「なぜだ」 聞く前から、嫌な予感しかしなかった。彼女はきっとこう言うだろう。 (私を、殺して) 「断る」 予想通りの要求に、カルマはあっさりと首を振った。ユリアは少し笑ったように見えた。 (そう言うと思った。でも、お願い。国の皆のためにはこうするしか) 「ふざけるな!」 刀を振り下ろす。ユリアにつながっていた触手の一部が切れ、だらりと落ちた。そしてユリアも、痛みに顔をゆがめる。 「死ぬのも忘れるのも簡単だがな、」 触手は次々と切られ、ユリアは小さく悲鳴を上げた。意思を持つそれらは何とか刀を避けようとする、がカルマはそれ を逃さず切ってゆく。 「それじゃあ俺みたいになっちまうんだよ!!」 そして―――ユリアからのびる最後の一本が切られる、と、周囲の脈打つ触手は動きを止め、そして急速に干からび 始めた。 カルマは痛みに気を失ったユリアを抱きかかえた。 巨人が、崩壊する…! しなびた紐たちはまとまりを失い、バラリバラリとほどけていった。次第に外が、青い空が見え、そして二人は その中に放り出された。 悲鳴を上げる暇すらなかった。 周囲ではばらばらになった巨人の体が空中で灰のように散ってゆく。風圧と高度に目を閉じてしまいそうになるのを 必死でこらえながら、カルマはユリアをしっかりと抱いたまま、地に崩れた大量の触手の残骸に向かって落下した。 ぼす、という感触。二人分の着地の反動で白い粉となった紐が宙を舞った。 「生き…てるぞ…」 白い残骸の上に横たわり、視界に入るのは青い空と崩れた建物と光に反射し散る巨人の破片。 そして―――蜜柑色の髪。腕の中、彼女は暖かく、息をしている。 「ざまぁみろ!生きてるぞ!!」 高らかに叫び、腹の底から大声で笑った。今になって震える体から怖れを追い出そうと、カルマは狂ったように笑った。 「楽しそうだねぇ」 不意に視界に人影が入り、カルマは笑うのを止め、身を起こした。 二人を、数十人はいるだろうか。その手に包丁やら鋤やらを握りしめたこの街の住人たちが取り囲んでいた。 「その腕の中の……女を渡してもらおうか」 あるものは怒りの表情で、またあるものは疲弊しきった顔でユリアを見下ろしている。彼らの瞳には暗い影しか見えない。 「殺す気だろ」 「当たり前だ!!」 一人が鋭く叫んだ。 「3年前も……今日だって、何人の人間が死んだと思ってるんだ!」 その怒号が引き金となり、呪詛のような言葉が次々と二人に降り注ぐ。 「俺の娘は崩れた建物の下敷きになって死んだ」 「来週が結婚式だったんだ。でも、彼女はもういない」 「お袋はあの日、俺の代わりに死んだ!」 「俺の家族を……お前が殺したんだ!」 「私の坊やを返して!!」 それは大切な者を不条理に奪われた人間の、悲痛な叫びだった。 そして彼らは各々の武器を握りしめ、二人に殺到した。カルマはユリアを抱きかかえたまま襲いくる刃物を刀で受け流す。 「その化け物に味方するのか!」 「お前たちのお姫様だろ?!」 跳び上がって前後の人間にすばやく蹴りを入れ、着地と同時に刀を振って何人かの腕を浅く斬りつけた。その カルマの動きに数人はひるみ、そしてカルマ自身もここまで上手く戦える自分に驚いていた、が、すかさず後方から 檄が飛ぶ。 「しっかりしろ!3年前は城つきの騎士どもが相手だったが、今はたった一人だろ?!」 「今度こそはしっかりと倒すんだ!!」 「殺せ!!」 ナイフを持った青年が、包丁を握りしめた女性が、そして沢山の被害者がユリアを庇うように抱いたカルマに切り かかる。カルマはかろうじてその切っ先をくぐり抜けたが、背中に衝撃と激痛を受け、一瞬膝が崩れる。 「糞が…っ」 背骨を少し外れたところに出刃包丁が刺さっていた。 何とかその場にふみとどまるカルマの肩や腕に次々と斬撃が襲い掛かる。カルマは痛みをこらえてユリアの体を いっそう強く抱き、その息苦しさに彼女は目を覚ました。 「な…に……?」 ぼやけた目のままの彼女を見下ろし、カルマは激痛に息を漏らしながらも口の端をあげた。 「なんでもねぇよ」 右肩にナイフが突き立てられカルマはたまらず膝をつき、そしてユリアはすべてを理解した。 「やめて!!」 彼女のあげた声に、自分の足で立ち上がった一糸纏わぬこの娘に怒りに我を忘れた人々の動きが止まった。 彼らは数歩引いて遠巻きにユリアを取り囲み、しかし武器はしっかりと握っている。ユリアはこのあまりにも悲しい 人々を、自分が不幸にしてしまった国民を見渡し、そして足元に落ちたカルマの刀を拾い上げた。 「何をする気だ」 立ち上がれぬままカルマは呻いた。その彼と、そして周囲の武器を持った人々すべてにユリアは悲しげに笑いかけ、 「やめろ!」 その胸に刃を突き立てた。怒っていた人々は一瞬ざわめき、そして静かになり――― 「やめて!!」 まだ変声していない幼い声が響いた。 トムが、人ごみを掻き分けユリアに駆け寄り、彼女の胸に食い込む刃を掴んで止める。 刀身を掴んだ小さな手からはたちまち血が吹き出した。 「トム…?」 目を見開くユリアをトムはキッと睨みあげた。 「ユリアが死んでも僕は全然嬉しくない。こんなんじゃ僕の目を潰した償いにならない!」 沢山の人間がいるにもかかわらず、瓦礫が散らばった大通りは静かだった。皆、トムの言葉を聞いていた。 「僕、うすうす気付いてたんだ。ユリアがあのオーリープ皇女だってこと。ユリアが、残された僕らのことを知って いって、苦しいけど前に進もうとしてるの見てて、僕、嬉しかったよ。なのに、なんで死のうとするんだよ?!」 トムは怒っていた。傷を負い倒れた人々よりも、武器を手に取った人々よりも、ずっと、深く。 「ユリアが死んだら、僕、右目を見るたびに君を死なせたことを思い出す。きっと皆もそうだよ。君はみんなの心に 嫌な思い出を残したいの?!」 トムは荒く息をつき、その左の目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。 「トム……私…」 言葉を探すユリアの体を覆うように、ばさりと綿の簡素なワンピースが掛けられた。 「トムは酷な事を言うねぇ。生きて罪を償え、なんて。」 いつの間にか、彼女の背後にクレーが立っていた。前に会ったときと同じように穏やかに笑んでいるが、その瞳は 鋭い光を帯びている。 「死は一瞬だけど、生きれば永遠の苦しみだ。」 そして彼は顔を上げ、周囲のもの、いや街じゅうに聞こえるように大きく声を張り上げた。 「ユリアーデ姫には生きて苦しむことで破壊と虐殺の罪を償ってもらう!そして私たちはけしてこのことを忘れては ならない。二度と同じ過ちを、先代のような治世を繰り返さないために!」 夕暮れの赤い空気の中、ユリアとカルマは城門をくぐった。彼らの出国を見送るのは、トムとクレーと、後数人の街人。 包帯で体中ぐるぐる巻きのカルマは振り返らずにさっさと歩き、その後をユリアが背後に控えめに手を振りつつ追う。 「傷、痛い?」 「痛い」 申し訳なさそうにうつむくユリアに、カルマはふっと口の端を緩めた。 「生きて苦しんで、償うんだろ?そのうちの一つだ」 「そう……だね」 なんとか自分に納得させようとうなずく彼女の頭にカルマは優しく手を置く。 「俺も、同じだ。今まで忘れていた分を、背負って生きる」 ユリアはカルマの顔を見上げた。 「絶対に、忘れようとするなよ」 ―――たとえ、どんなに辛くとも。 「カルマみたいに、なるから?」 ユリアも、唇をあげて、笑おうとする。カルマはその蜜柑色の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に混ぜた。 「そうだ」 ―――背負って生きるからこそ、前に進めるのだから。 おわり
もどる あとがき ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。 これ、ブログでふた月くらい描き続けたハナシで、そのあとも沢山の指摘をいただき、ようやく この完全版を描ききることが出来ました。 じつはこのハナシはプロジェクト(わるふざけ)の一環でして。 ある友人のつくったキャラクターを、私がオハナシという形で動かして、それを友人がどう受け止めるか?という。 人様が生んだキャラクターでハナシを描くなんて初めての経験で、かなり難しかったなぁ… まず、女の子が主要人物なのが難しかった★ キャラの性格も、普段自分がつくるものとは全く違っていて、やはり自分とは異なる脳の産物なんだなぁ…と。 最初のうち、カルマを全然好きになれなかったしね。「KIMOI!」て連呼してた。 あ、今は大好きだよ! 「KIMOI」って褒め言葉だよ!! そんな感じで、普段とは全く違う風味の話を描いて、かなり、勉強になったなぁ。 (「ファンタジーなんて滅多にかかへんもん」て言ったら「うそつけ」と言われた) こういう機会をくれた友人に、感謝! そして読んでくださったすべての方に、大感謝! ご意見ご感想いただけると…すごい、喜びます。よ。(あくまでもさりげなくアッピール) 2005.9.13 なま拝