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射撃場に、銃声が続けざまに響く。
音の主は、疾だった。

何度撃っても的に当たらない。
走ること以外は、彼はからきし駄目だということが、隊に入って一週間で周囲も本人も思い知っていたが、特に今は、輪をかけて駄目になっていた。

それは、20分前のこと。



普段の訓練が終了した後に、疾は部屋へは戻らずそのまま射撃の自主練習をすることを鷺に告げた。
ここ最近、疾は特別な用でもない限り毎日のように、一番苦手な射撃を練習していたが、練習に行くことを告げるたびに鷺は顔を曇らせた。
その日も、また。

「俺が練習に行くのが嫌か?」

ついに疾はたまりかねて訊いた。
鷺は一瞬体をこわばらせたように見え、 そして、疾から目をそらしたまま呟いた。

「……上手くならなくていい、と思ってる。」

その言葉に、疾の頭の血が逆流した。

「じゃあ俺が下手なままでいいのか?!いつも周りに馬鹿にされたままで!!お前はいいよな、射撃でも何でも訓練じゃ一番だからな!!出来ない奴の気持ちなんてわかるはずも無いよな!!!」

鷺は疾の剣幕に普段から血の気の無い顔をよりいっそう青白くさせ、そして疾の胸倉をグイと掴んだ。

「君は」

鷺が見上げる視線の、その金色に似た瞳は今まで見たことも無い、憤怒の色に染まっている。

「何のために訓練するのか解ってるのか???!」

そして鷺は疾を解放すると大声を出した反動で咳き込み、壁に手をつきつつ二人の部屋へ戻っていった。
疾はその後姿を呆然と見送っていた。





「何のため…」

射撃場。
引き金を引きながら口に出してみたが、わからなかった。

軍に入った理由は、食べていくため。
毎日物が喰え、服を着、眠ることが出来るなら、満足なはずだった。

しかし、最近は欲が出てきた。
「脚だけの奴」と (主に9番に) 馬鹿にされるのが悔しくて、もっと上手くなりたいと思った。
射撃も、武器の扱いも、格闘にも戦略にも、戦うことに関しては人一倍飛びぬけて巧い鷺が、羨ましかったのも本音。
あんなに怒鳴ることは無かったと思う一方、鷺のあの顔と言葉が忘れられない。

考えても、考えても、思考は形を成さずモヤモヤとして、疾は当たらない弾を撃ち続けた。


「おい。弾、出てないぜ」

突然の他者の声に我に帰り振り向くと、そこには糸目の―9番が立っていた。
いつのまにか全発撃っていたようで、空砲を繰り返していたことにようやく気付き、疾は銃を台に置いた。

「腕も無ければタマも無い。おまけにルームメイトと喧嘩した。絶望的だな。」

練習用の銃に弾を装填しながら、9番はいつものからかったような調子で話す。
しかし疾にはそれに腹を立てる余力は無かった。

「聞こえてたのか」

「あれだけデカイ声出せばな」

9番は的の真ん中に弾を全弾命中させる。その落ち着いた態度は、大人のものだ。
疾は自分が彼に比べて、いや、誰よりも幼く思え、酷く惨めな気分になった。

「…俺、アンタより弱いな」

「まぁ当然だな」

9番は今度は笑わずに言った。その言葉は疾の腹にズシリと響いた。

「安心しろよ。俺よりも12番の方が強い。」

疾は立ち去ろうとした足を止めた。

「前も、同じコト言ったな。鷺…12番はそんなに強いのか?」

いままで落ち込んでいた疾に突然詰め寄られ、9番は少しあとずさった。

「当たり前だろ?あいつは生体兵器なんだから」



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セイタイヘイキ。

軍の科学者たちが造り上げた、生まれながらに戦闘に長け、体組織からあらゆる兵器の類を創り出し、戦うことの為のみに生きる人工生命体。

そう、9番は教えてくれた。

信じられなかった。

鷺は訓練の成績は確かにトップだが、いつも穏やかで優しく笑っているし、第一、武器を創り出す所なんて見たことが無い。
その正否をいち早く確かめたくて、疾は自室へ急いだ。



「鷺!?」

ドアを開けると、鷺が床に倒れ伏していた。
あわてて抱き起こす、と、彼の下の床に銀色の液体が広がっている。
同じ色の液体が鷺の口元にも大量に付着しており、それはどうやら鷺が吐いたものだということがわかった。

銀色の液体が一体何なのか、考えている暇は無かった。
鷺はほとんど息をしていない。
疾は鷺を抱え、医務室へ走った。



医務室に飛び込んだ疾を年老いた軍医が驚きながら迎え入れた。
軍医の指示するまま、疾は鷺を寝台に寝かせる。

即座に軍医は鷺の着物を脱がせ、うつ伏せにするよう疾に指示し、処置の準備を始めた。

力をなくした鷺の体をひっくり返すと、日に焼けていない真っ白な背中があらわになった。
が、疾が目を見張った理由はそれではない。
鷺の背中の、左右の肩甲骨のちょうど真ん中に、金属で縁取られた、穴のようなものが開いている。
それが何なのか、と思う間もなく軍医がその穴に手早くプラグを差し込んだ。
プラグから延びるチューブは、見たことも無い機器につながっている。

「おい、これなんなんだ?!」

疾の質問に答える間もなく、パシュン、という音と共に、先程見た銀色の液体が鷺の体から半透明のチューブを通って機械の中に吸い込まれていった。

「悪いモンが溜まっちまってるから、吸い上げてんのさ」

呆然とする疾の横で、軍医が手早く薬を調合しながら答える。

「これ……これ、血なのか?」

声が、震える。

「体液さ。生体兵器にとっちゃあ血みたいなモンかね」

軍医の言葉が、目の前の光景が、決定打だった。


鷺は、人間ではない。



放心する疾の前で、処置は行われてゆく。
余分な体液を全て抜き取ると、チューブをはずし、今度は電子演算機に接続されたコードと赤い液体の入ったビンから伸びるチューブを同時に差込み、そして軍医は演算機のキーをすさまじい速さで叩き始めた。
鷺の蒼白い体が赤みを帯び、その表面に汗が滲みはじめる。

「呆けてないで、そこの手拭いで汗をとってやりな」

疾は我に帰り、寝台の横の籠に積まれた綿布を手に取った。
拭っても、拭っても、汗は噴き出続ける。

「難儀だよ。こいつも」

その横で、軍医はキーを叩きながら独り言のような言葉を口にした。

「こんなになっちまったのは…たしか、こいつが3回目の戦局から帰還した後だったかね。なにか、あったんだろうね、戦場で。」

疾は顔を上げず、だが軍医の話に聞き入っていた。

「開発した生体兵器の中でも、こいつは…B-11は、本当に出来が良くて…優秀だったんだ。だが、戦えなくなった。訓練は出来ても、実戦になると、こうなっちまう。体が、拒んでいるんだろうね。
今はもう…体が弱りきっててな。何もしなくても、機能が狂い続ける。直しても、直しても、追っつかないくらいにね。」

疾の手は、いつの間にか止まっていた。

「でも、軍を、戦いを、やめるわけにはいかない。B-11の、生体兵器の存在理由はそれだけだからね。
お偉いさんも、許しちゃくれないだろうさ。開発費が相当かかってるからね。」

軍医の手も、少し、止まる。

「だけど…もうすぐ開放されるだろうね」

疾は顔を上げた。
軍医は、わずかに震えていた。

「それって…」

それ以上、言葉が出なかった。軍医も、俯いたまま何も言わなかった。



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治療が一通り終わり、疾は鷺を背負って自室に戻り、彼の寝台に寝かせた。
医療として、出来る限りのことはした。後は彼の回復力次第だ、と軍医は言った。

部屋に付随する小さなシャワールームで鷺の血で汚れた服と体を洗い、上着を羽織る。

窓から見える空は、既に夜更けの色をしていた。
夕食を食いはぐれたが、空腹は感じない。大分遅い時間だか眠くも無い。

眠る鷺の顔を覗き込み、その頬に触れる、と、ヒヤリと不自然なほどに冷たい。
軍医の言葉を思い出し、心臓が跳ね上がった。

―――体温が異様に低下したら、危険信号だ。

2段になっている寝台の、上段の自分の寝台から毛布を引きずり出し、かけてやる。

―――すぐに体を温めるんだ。いいな?

しかし、鷺の体は小刻みに震えだし、どんどん冷えていくようだった。
どうしたらいいのか、疾は必死で考えた。

このままだと、鷺は死んでしまうかもしれない。
浮浪児だった頃の、仲間たちのように。


仲間…そう、寒い夜、仲間がいたから、凍えずにすんでいた!


疾は服を脱ぎ捨てて裸になると、寝台に入り、鷺にぴったりと体をくっつけた。

それでも鷺の体は冷たく、疾は鷺の着物も脱がせ、さらにきつく抱きしめる。
まるで氷のように冷たいその身体に、疾は身震いしたが、けして体を離さなかった。

「死ぬなよ…」

知らずと、疾は呟いていた。

「俺の友達…みんな、死んでいったんだ。お前も、同じように、死んだら…俺…」

心臓の音が、聞こえる。
疾のものか、鷺のものか、わからないけれど確かな音が。

「生体兵器だろうと、俺、お前のこと…大好きだよ。 だから…だからさ…」

視界が、滲んでいた。


鷺は、ずっと戦っていた。

自分は、何も知らなかった。

鷺は、優しく笑ってくれた。

鷺は、何も無い自分に名前をくれた。


失いたく、ない。


その時、
疾の腕の中で、鷺がわずかに動いた。

「鷺?!」

肩を抱き、手を握る。
その手が、弱々しく、しかし確かに握り返されたのを、疾は感じ取った。

「鷺…」

鷺が、うっすら目を開け、疾を見て微笑んだ。

「ありがとう…」

ひどく小さく掠れた声だったが、疾の耳には確かに確かに届いていた。



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鷺の容体が回復した2日後、ついに、『閃華』に出動要請が下った。

整列して隊長の話を聞く間、疾は隣で震える鷺の手を硬く握っていた。



同日の日没後、『閃華』は飛行型戦闘機に乗り込み、出動した。



「なぁ、鷺。」

夜の闇の中、操縦席の中で、疾は後ろの副操縦席に座る鷺に話しかけた。

「無理に…戦うなよ。」

彼らの戦闘機は編隊の一番後ろ。
もとよりこのすさまじい風を切る音の中で、会話を聞き取られる心配も無い。

「俺さ…戦うってことが、どういうことか、わかってなかった。
お前が…言ってた、訓練の、理由も。」

暗い空に、星が滲んでいた。


「俺は、お前を守るために戦う」


後ろに座る鷺が、どんな顔をしているか、わからない。しかし、疾は言葉を続ける。

「戦うってことは、誰かを、死なせるってことだ。 でも、俺は、お前を守るためなら何人でも死なせる。
お前が殺さなきゃならないなら、代わりに俺が殺す。」

それが、疾の出した結論だった。


「疾…」

しばらくして、鷺が声を出した。
闇の中に、黒々とした大地、敵の領地が見えてきていた。

「疾、シートベルト、外して」

突然の、予想だにしなかった言葉に、疾は反応できなかった。
背後で、金具の外れる音と、鷺が立ち上がる気配がした、かと思うと、視界に何かがよぎり、疾を座席に固定するベルトが切り裂かれた。

「鷺っ?!」

突然の浮遊感に驚きつつ振り返ると、同時に、暴風が彼を襲った。
見えたのは、両の腕が大きな刃の形になっている鷺。
彼が、その鋭利な刃で機体をバラバラに切り裂いたのだ。

星も見えない闇夜に放り出され、悲鳴を出す間もなく疾は地面に向かって落ちていった、が、何かに強く腕を掴まれ、落下はすぐに止まった。

空中で疾を支えたのは鷺の腕。
鷺の背からは、飛行戦闘機と同じ、ジェットの噴出口と鋼の翼が生えていた。

鷺は疾をしっかりと抱きかかえると、噴出口から炎を吐いて上空に一度舞い上がり、そしてゆっくりと 建物の影の狭い路地に降り立った。

「鷺…今の…」

疾が言い終わる前に、鷺の体は力を失い、傾いた。
あわてて、疾はその細い体を抱きとめる。背の翼は、いつの間にか無くなっており、軍服の背中の部分に裂けた跡が残っているのみだった。

「ちから…久しぶりに使ったけど…ちょっと……限界かも」

鷺の呟きに、コレが生体兵器特有の能力なのだと、疾はようやく気付く。そして、鷺には本来この能力を使える体力は残っていなかったことにも。

「なんで、こんなこと…」

疾の質問に答えるかのように、空が一瞬、白く光った。
それに続き、爆発音も。
爆発したのは、先程まで二人が乗っていた戦闘機、の残骸。

そして、同じようないくつもの爆発音が、聞こえてきた。
遠くの空が、何度も光る。

「僕らは、特攻隊だったんだ」

鷺が、腕の中で呟いた。



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「機内に積まれていたのは武器じゃなくて時限式の爆弾。僕らが敵の中枢部の上空に到達する頃に爆発するようセットされていた」

高い建物が立ち並ぶ中、遠くに見えるひときわ高い建造物が炎に包まれ、闇にくっきりと黒いシルエットを浮かび上がらせている。

「隊長も、隊の皆も、きっと最初から解っていた。『閃華』の隊員は軍にとって使えない人ばかりだったから。僕も…悪いけど、君も」

疾の脳裏に、隊長や9番をはじめ、隊員の顔が浮かぶ。
皆、訓練のあとは明るく笑っていた。その理由が、コレだというのか?

疾は鷺を地面に座らせると、燃え盛る建造物―おそらく敵軍の本部―へ向かって走り出そうとした。
その足首を、鷺が掴んで止める。

「放せ!」

「行ってどうする?!」

鷺はよろめきながらも立ち上がる。
その間に疾は行こうとしたが、またも服を掴まれ止められる。

「敵の、中心だよ。囲まれて、殺されるだけだ! どのみち……もう皆、死んでいるんだ」

鷺は顔を伏せ、疾は何も言えずに立ち尽くした。
その時だった。

「そこで何をしている?!」

突然の声に振り向くと、路地の入口に人影が数人立っていた。

「おい、こいつらの服…敵兵だ!」

その声をきっかけに、兵士たちは二人に向かって銃撃した。
疾はとっさに鷺を抱え、走った。逃げる二人を、敵兵は追ってくる。

路地を抜けると、広い通りに出た。
そこにも敵兵はおり、二人と鉢合わせる格好となった。

「なっ?!」

うろたえる敵兵に、疾は腰の短銃を抜き、発砲した。
射撃は苦手だったが、運良く弾は相手の左肩とわき腹に当たり、兵士は膝を付いた。

その間に、疾はさらに走る。

背後から敵兵たちが二人めがけて発砲し、疾は肩や背や脚に何発も弾を食らった。
しかし、走るスピードは落とさない。

疾に抱えられている鷺が身を乗り出し、腕を大きな砲身に変形させ、疾の肩越しに何かを連続して発射した。
途端、大きな爆音と共に石畳がめくれ上がり破片と爆風が舞った。
その粉塵にまぎれ、疾は手近な建物の中に飛び込んだ。



建物の中は暗く、人がいないことを悟り疾は安堵した。敵兵も、どうやらまいたようだった。
壁にもたれ、そのまま座り込み、荒くなった息を整える。
鷺が疾に抱きかかえられたまま、不安げな、弱々しい声を出す。

「疾…怪我……」

「平気だよ。それより鷺、お前こそチカラつかって…」

鷺は首を振り、微笑む。
その笑みを、疾は10年間くらい見ていなかったような気がした。

「ごめん…俺、お前を守るって言ったのに…結局戦わせて……逃げるしか取り柄なくて…全然駄目で…」

先程撃たれた傷が、今になって痛み出した。
血が、流れ出ているのがわかる。

鷺は身を起こすと、疾に向き直って座った。

「疾は逃げたんじゃない。僕のために走ってくれたんだろ? 前に読んだ物語の、親友のために走った主人公みたいに」

そして疾の体に、両手をかざした。
その手のひらが、暖かな色に光りだす。

「僕…君の…親友だと思っていいかな?」

疾は体の痛みが和らいでいくのを感じた。そして、これが鷺の最後の力だということも。

「親友だよ、俺たちは! …だから…もう、やめろよ!」

咽がつまって、うまく声にならない。

「チカラ…つかうなよ…俺なんかのために……!!」


疾が鷺の両の手首を掴むのと、鷺が力を失い疾の上に倒れこんだのは同時だった。

「鷺っ…!」

名を呼んでも、返事は無い。


嘘だろ?

親友、なんだろ?


掻き抱いた鷺の体は重く硬い。
以前のように抱きしめても、温もりは…戻らない。


疾は声を出さずに叫び、哭いた。





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特攻部隊『閃華』が玉砕してわずか1ヵ月後、その国は敗戦を認めた。

瓦礫の町では、あるものは泣いて悔しがり、あるものは手を上げて喜び、
またあるものは呆然と立ち尽くした。


そして人々が見上げた真っ青な空に、白い大きな鳥が一羽、舞うように飛んでいた。
















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あとがき


この話は、戦争ものではありません。
もし戦争ものだとしたら、色々な方や物に申し訳ないからです。

では何かというと、この話は、一人の少年の戦いの話です。

この後 彼がどうなったのかは、皆様にお任せします。



ともあれ、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
よろしければ、感想などいただけると、もっと喜びます。


2004.12.22 生王子