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「このままでは君は死ぬよ。」

ぐったりと芝の上に横たわる堕天使に、彼は告げた。

「君は神に見放された。堕天使は天使に始末されるのだろう?」

堕天使が聴いているかどうかはわからなかったが、彼は言葉を続ける。

「僕と一緒に来るなら、僕は君を守ってあげる」


大嘘だった。



彼には、天使と戦えるような力は無かった。

ヒキョウな、選択肢。

「どうする?」

朱の引いた白い手をとる、と、堕天使はその手を弱々しく握り返してきた。

彼は笑んだ。

我ながら、汚らしい笑みだと思った。


「その代わりに、君は僕の子どもを産むんだよ。」


何度も抱き汚した身体を引き寄せ、口づけをした。


自分の手から、この生き物が離れないよう。

†††††


数多の種類の魔物が集まって暮らしている街があった。

彼も、そこに自分だけの居場所を持っていた。

街路を行く間に、数人の友人に声をかけられた。

「ゲルギウルト、何、連れているんだ?」

堕天使の黒翼と白い肌は布を纏わせても目立っていた。
彼はとぼけた笑みでそれをやり過ごした。



街のはずれの、集合住宅の一室。
鍵を外し招じ入れると、雑然とした薄暗い室内の、ソファに座らせた。

服を、着せる必要がある。
自分の服で間に合うだろうか、と考えていると、堕天使が、ずっと閉ざしていた口を開いた。

「ゲル…ギ…」

それは、どうやら自分を呼んでいるらしかった。
途切れつつも音を繋ぐその声は、とても澄んでいた。

「ゲルギウルト。僕の名だよ。意味は、『穢れ』」

名なんてどうでも良いけど、と彼は続けようとしたが、

「けがれ…」

そう呟いた堕天使の表情が、少し和らいで見えて。

気に入ったのかと訊くと堕天使は頷いた。 なので、彼は自分を『ケガレ』と呼ばせることにした。


「君は、なんて呼べば?」

堕天使は少し考え、

「リュウ。」

空に細い指で『溜』と書いた。

天使に固有の名は無く、それは自分で自分につけた名だという。

その、名前にこだわる気持ちはわからなかったが、その名は、不思議と忘れる気はしなかった。



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