††††††


溜は、服は着たが、食事をしようとはしなかった。

天使は食べなくても生きていけるが、
堕天した溜はみるみる痩せていった。

それでも、命を奪いたくない、と食事を拒み続けた。

天使も、乳と蜜ならば口に出来る、と聴いたが、乳や蜜は天の宮にしか無い。
天の宮へ行って、それらを持って生きて帰る自信など、ケガレには無かった。

「これはもう死んでいるのだから、君が殺したことにはならない。」

何度そう言っても、溜は首を横に振り続けた。

殴りつけたい衝動を抑え、代わりに彼は、自分の人差し指を噛み切った。
血の噴き出るそれを、溜の口にねじ込む。

鉄のような味に驚き、溜は吐き出そうとしたが、ケガレはそれを許さなかった。

「僕の血にだって、少しは栄養がある。どうしても食べたくないのなら、せめて、これを飲んでくれ」

溜の見開かれた目をケガレは見据えた。
やがて、ためらいながらも、溜はケガレの指を吸った。

「美味くは、無いだろうけど。」

ケガレの言葉に、溜は首を振り、笑んだ。
唇の隙間から覗く歯は、血に濡れていた。

溜の見せた初めての笑顔は、そのようにおぞましく、綺麗なものだった。

それから、溜は少しづつだが、物を食べるようになっていった。

†††††††


「よかった」

一時はへし折れてしまいそうな程に薄くやつれていた溜の体は、再びほどよい柔らかさを帯び始めていた。

「?」

定位置の、ソファの上のケガレの隣に座って首を傾げる溜に、返答の代わりに柔らかく笑いかけた。


不思議な、気持ちだった。

最初はただ、自分の子を産ませるために交わっていただけだったのに。

今では、溜の感触が、声が、笑みが、気持ち良くてたまらない。


自分は、狂ってしまったのだろうか

そう思った。

自分の手の、人形で遊んでいた溜は、ふ、とケガレの顔を見上げると、
彼の口の拘束具を外し、唇を重ねてきた。







はじめての、溜からのキスだった。

ケガレは非常に驚いた顔をしたのだろう。
唇を離し、溜はふわりと笑み、ケガレの身体に抱きついた。


かまわない。

ケガレは思った。

溜とこうしていられるなら、狂っていてもかまわない、と。

そしてケガレは、知り尽くした溜の身体を抱いた。



前へ[*]    [#]次へ

作品Top    Text Top