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流は日がな一日本を読んですごした。
図書館にとどまると疎まれるので、抱えきれる限りの本を借り、丘の上の自宅の近くに一本だけ生えている木の下で読む。
そこが、流の定位置だった。
ある日のこと。
いつものように木の下で本を読んでいた流のすぐ近くを、歳若い猫が通りかかった。
流は字面から顔を上げ、猫を見ると、おもむろに読みかけの分厚い本で猫の頭を殴りつけた。
カラー図版の多い天文学の本は猫の頭蓋を一撃で割り砕き、その生物だったモノの内容物が飛び散った。
流は生命が消えてゆく様子を何の感情も含まない目で見下ろしていた。
この幼い子供にとって、今の行為は、木の葉っぱをむしるのと同じくらいに意味もない行動だった。
そして再び腰を下ろすと読書を再開した。
食事を終え、帰宅したケガレは驚いた。
流の傍らの猫の死骸と、血液やら脳髄やらが付着した本を平然と読む我が子に。
「何が…あったんだい?」
彼の問いに、流は首をかしげた。
「この猫を、食べようと?もしくは、この猫が襲い掛かってきた?」
ケガレは優しく問いかけた。
そうであって欲しいという願いを込めて。
流は全くの無表情で首を振った。
「流――――」
ケガレは、流の両肩に手を置き、この幼い我が子を見据えた。
「それならば、この猫を殺してはいけなかったんだよ。楽しみで、命を奪ってはいけない。」
流は親の顔を不思議そうに見、そしてようやく口を開いた。
「楽しくはなかった。これを動かなくしても、別に何も、変わらなかった。」
ケガレは眩暈を感じ、流の体をすがるように抱きしめた。
―――前々から、虫を殺す姿はよく見ていたが――――
流は、彼の腕の中で少し苦しそうに声を出した。
「借りた本が汚れてしまった。きれいにする方法を教えてほしい。」
―――ああ。
意識が昏くなってゆくのを感じつつ、ケガレは声を絞り出した。
「流、これだけは覚えておくれ。殺した命がひとつ、増えると、殺される可能性も一つ、増えるんだよ。」
流はわかったのかわからなかったのか、とにかく素直に頷いた。
ケガレは傍らの、大きく美しい木の梢を仰いだ。
それから、二人は猫の死体を葬り、本に付いた血やら何やらをきれいに落とした。
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