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流はその後もしばしば、生きるものの命を何とはなしに奪った。

その日、流は野鳥の首を片手で掴み、絞め殺した。

抗いが消え、そのつぶらな眼球が白く濁ると、流はようやく手の力を緩めた。

やはり、何も感じないまま。



その時だった。

「あ――――――!」

突然の声に顔を上げると、そこには自分と同じ年頃の少年が立っていた。

ゆるいウェーブのかかった腰のあたりまで伸ばし放題の薄茶の髪、
長い鋼の鎖の付いた皮の首輪以外には何もつけていない剥き出しの裸体。

その子どもは、流の目から見てもひどく変わったいでたちをしていた。

その、身体を恥ずかしげもなく晒す姿は一瞬天使を彷彿とさせたが、その柔らかそうな体毛に覆われた耳と尻尾から、人狼であるとすぐに分かった。

「おいしそぉ」

人狼の子供は、流の殺した山鳥にその黒い大きな目を釘付けにしたまま、よだれを少したらした。

「喰いたければ、喰え」

無造作に、彼の前に屍骸を突き出す、と、彼はパァ、と表情を明るくし、
「いいの?」と聞くと同時にそれを受け取るやいなやかぶりついた。

その、美味しそうに食べる様子を、流はしげしげと見守った。

流は食物を摂らないので、食事の光景を見たのはこれが初めてだった。
(ケガレは流に自分が食事をしている姿を絶対に見せないようにしていた。 彼の主食は人間の子どもだったからだ。)

彼の歯はとても丈夫なようで、足の骨まで残さず食べつくすと、満足そうに息をつき、
そして流に向き直って

「ありがとお。ごちそうさま。」

と、頭を下げた。

「いや……美味かったか」

「うん、すごぅく!」

その顔は、とても幸せそうで、生きる者のあるべき姿に思えた。
と同時に、
流は自分がひどく不自然な存在に思え、珍しく口もとが歪んだ。

「ねー、」

人狼の子どもは、いつの間にやら流の隣にちょこん、と座っていた。

「名前、なんてゆーの?」

その、舌足らずの問いかけに、流は驚いた。

「お前…俺を知らないのか?」

この、異様な翼を見ても。

「?うん。」

当然のように答えるこの子供の目は、非常に澄んでいた。

流は少し迷ってから、

「流、だ。」

ケガレ以外には呼ばれたことの無かった名を、初めて、人に名乗った。

妙に、顔が熱かった。

「僕はね、ケン! 賢い、て書くんだって。よろしくね、リュウちゃん!」

そして見せた賢の目いっぱいの笑顔に、流は味わったことのない浮遊感を感じた。



初めて見た、他人の笑った顔。
それは、流の心に温かく染み渡った。



「賢?あぁ、あの子か。」

帰宅したケガレに、今日のことを告げた。
いつに無く楽しそうに喋る流の様子を、ケガレは喜ばしく思った。

「あの子も、君と同じ年頃だったね。学校には、行っていないらしい」

「なぜだ?」

流の問いに、ケガレは少し悲しげな表情を見せた。

「あの子は、親に好かれていないから」



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