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それから、賢は毎日、丘の上の木の下の流の元へやってきた。
その度に読書は中断されたが、特に嫌な気持ちにはならなかった。
賢は、丘の向こうの森や、町の中などへ流を連れまわした。
彼は素敵な場所をたくさん知っていた。
白い花が一面に咲く野原、美味しい果実がたわわになる木。
魚や亀の棲む澄んだ池では服の裾をまくり、水遊びをした。
街の、排水溝の下は便利な近道となる下水道が広がっている。
猫がなぜかいつもたくさん集まる路地裏もあった。
そして、賢は最も好きな場所へ案内してくれた。
上半分が壊れてなくなった旧時計台の、瓦礫に埋もれ知る人のない梯子をのぼった先の動力室。
今は停止し歯車やボルトが散乱する、壁の一部が崩れたこの部屋が、この街で一番高いところで、自分の居場所だと、賢は教えてくれた。
崩れた壁から、赤い光が差し込んだ。
二人は、夕日に染まる町並みを見下ろした。
血液とはまったく違うようで、しかしどことなく似ているこの空の色を、流は深く心に焼き付けた。
二人は、毎日共に遊んだ。
素敵な場所を教えてもらった礼に、流は賢に文字を教えた。
賢は決して飲み込みも物覚えも良くなかったが、それでも自分の名をようやく書けるようになったときは、二人で手を取り合って喜んだ。
その日も、賢は流の元へやってきた。
いつものように、二人は遊びに出かける。今日は、街へ。
「今日は、どこへ?」
流の手を引きながら、賢は嬉しそうに応える。
「むかで道の、ながながビルの裏に住んでる犬が赤ちゃんを産んだんだ。見にいこう!」
『むかで道』も『ながながビル』も賢が勝手につけた地名だった。
彼のしゃべり方や思考には独特なものがあったが、流はすぐにそれに馴染んだ。
むしろ、彼の純粋さから成るそれを、流は好いていた。
『きのこ角』を曲がり、『むかで道』に入ったその時、
「馬鹿犬!」
突然の罵声と共に、石が飛んできた。
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