¢¢¢¢¢¢¢¢¢


気づくと、すでに日が暮れていた。

赤色も褪せた薄闇の中で目をこすった。
少し、眠っていたのかもしれない。

「流ちゃん」

自分を呼ぶ声。

大好きな声に顔を上げると、賢が立っていた。
月光のせいか顔は青白く、体じゅうにに巻かれた包帯が痛々しい。

今すぐにでも駆け寄って、その体を支えたい衝動に駆られたが、あの日の決意を思い出し、体をようやく押しとどめた。

「助けてくれて、ありがとぉ」

賢がいつもと変わらぬ愛らしい笑顔でこちらへ歩み寄るのを、鋭い声を出して止めた。

「来るな!」

賢は素直に立ち止まり、困ったような顔をした。

「恐ろしかったと正直に言え」

「そんな…」

「俺はあいつらを本気で殺そうと思っていた!」

流の剣幕に、賢はびくりとした。
流は乗り出していた半身を再び木の幹に預け、賢から目をそらす。



「あのね…」

賢はたどたどしく言葉を探した。

「こわくなかった はウソ。
でも…流ちゃんが助けに来てくれて、僕…嬉しかったぁ……」

ほやぁ、と笑った賢に、流はどうしたらいいのかわからなくなった。
できることなら、今すぐ抱きしめたい。

けど…
けど……!



流はボタンが引きちぎれるほど乱暴に、自分の服を脱いだ。


あまりにも突然のことに、賢は声も出せなかった。

ボトムも下着も脱ぎ捨て、流の全身が月光に照らされ夕闇に白く浮かび上がる。

「見ろ」

晒すことを禁じられていた裸体。
賢は言葉に素直に従い、その身体を眺めた。

胸はわずかなふくらみを帯び、下半身には雌雄両性の外陰器。

賢にも、その身体はあってはならないものだと本能的にわかったらしい。
彼は表情を凍りつかせていた。


「俺は両性具有。…本当に、悪魔なんだ!」


流の声が、丘中に響き渡った。

残響のなか、二人は無言だった。
互いの顔を見つめあいながら。





「だからなんなの?」

しばらくして、賢がポツリとつぶやいた。

「流ちゃんが悪魔だと、何で一緒にいちゃいけないの?」

「それはっ…」

「僕は流ちゃんが悪魔でもいい!流ちゃんと一緒にいたいんだっ!!」


頭の中が、真っ白になった。

賢が、抱きついてきた。

流はその、薬品のにおいのする体を、優しく抱き返していた。





「街の者に嫌われるぞ」

「いいもん」

たった数センチしか離れていない、まっすぐな黒い瞳。

「俺はお前を殺すかもしれない」

賢は首をフルフルと振る。
柔らかな髪が頬を掠めくすぐったい。

「流ちゃんは絶対殺さない。」

絆創膏だらけの賢の手が、流の頬に触れた。
ジュウ、と何かの焼けるにおいがした。

「!?」

「ナミダ。」

賢の指をぬらした透明な液体が、彼の肌を灼いていた。
それは、流の目から溢れ出ていた。

「あ……」

滴り落ちるそれを自分の手で受ける。
流の手の上では、水は冷たいままだった。

「むかし、聞いたんだ。」

賢は少し顔をしかめて笑った。

「涙はね、キヨラカな生き物にしか出せないんだって
魔物は、涙に弱いけど、でも、」

言葉を切り、もう一度強く、賢は流に抱きついた。

「魔物も、心がきれいなら、涙を流すんだって」

「賢…」


「流ちゃん、大好き。」


涙が、止まらなかった。

涙は賢の身体に火傷をつくったが、それでも賢は流を抱きしめ、笑んでいた。

二人の頭上で、梢が嬉しげにザワワと揺れた。



そして、丘の上の家に、家族が一人、ふえた。

To be full moon...





ここまで読んでくださりありがとうございました。

次のお話『Crescendo』は過去にさかのぼり、溜が天使であった頃の様子が描かれます。

続けて楽しんでいただけると幸いです。


前へ[*]    [#]『Crescendo』

作品Top    Text Top