CCC
「人間が時に私を崇め、時に私を罵るのはなぜでしょう」
彼は年上の処刑天使に尋ねた。
数十名存在する処刑天使の中で、この天使は彼の教育係も命じられていた。
「彼らは神の御創りになったもののなかで、最も頭の良く、気まぐれな存在だから」
「では、魔物が私たちを憎むのはなぜですか?」
「魔物は神の創造物ではないから。あれらは善い心を持ってはいない。」
「ならば」
言いかけて、彼は言葉を切った。
―――ならば魔物など根絶やしにしてしまえば良いのでは?
抱いてしまった恐ろしい考えを、彼は喉の奥にしまいこんだ。
彼はひたむきに任をこなした。
もとより、仕事を放棄する天使などいるわけが無いが、彼の仕事振りは見事なものだった。
処刑天使の使命は神に代わって秩序を乱した者に裁きを与えること。
神を敬わない人間、不義を犯した人間、神を脅かすほどの力をつけた魔物…
その日は、人間を殺しすぎた血吸い魔物の一族を根絶した。
よほどのことが無い限り、天は魔物たちに関わろうとしない。
人間たちと同じく裁いていたら、終わりの無い戦いになってしまうであろう。
それを身をもって思い知らされた彼は、いつになく疲弊していた。
天の宮に戻った彼は、庭園の噴水の縁に腰掛けた。
人気の無い常春の庭園は、穏やかな風と香りに包まれている。
安息日も無く働いていた彼の、久々の休みだった。
飛沫の立つ水面に目をやると、魔物や人間の体液を頭からかぶった自分の顔が映った。
翼も、水気を吸っていて重たい。
武器の構造上、屠る際に血を浴びてしまうのは仕方の無いことだった。
両刃の剣ならこのようなことは無いだろうに。
彼は縁を跳び越え、水をたたえた大理石の噴水の中に飛び込んだ。
頭まで潜り、水中で少し息を止めてから水面に顔を出す。
長く伸びた髪を絞ると、薄い紅色の水が滴った。
何度も流水で髪をすすいだが、赤い色は流れ出続けた。
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「私たち処刑天使の任は、神の命ずるものの中でも最も大変なものなのかもしれない」
彼の教育係の処刑天使はこう言った。
「しかし、それだからこそ私たちの為すことには意義がある。」
彼は教育係の言葉を疑ったことは無かった。
それは、天使には当たり前のことだが。
「私たちは神の言葉を伝えるために在るのだよ。」
神の言葉が聞こえない者に慈悲を。
神の言葉を信じないものには教育を。
神の言葉に逆らうものには制裁を。
そして彼は、毎日反逆者を狩る。
狩られるものたちの哀願や怨言や悲鳴はまったく耳に入らなかった、が、
いつしか、自分がこう呼ばれていることに気づいた。
「薄紅の殺戮者」と。
彼は再び、庭園の噴水にその姿を映した。
彼の純白の翼と、白金色の髪は薄い赤の色に染まっていた。
―――「薄紅の殺戮者」は天使の姿をした悪魔だ。
―――今まで殺した者の血が奴を赤く染め上げた
―――あの赤い姿を見たら最後だと諦めな。
目から滴った水が、水面に落ち、像を歪ませた。
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