CCCCC


仕事が終わっては噴水で水を浴び、髪や翼を洗ったが、赤い色は消えるどころか日に日に深みを増していった。

水に、腰までつかり、しばし呆然とする。
目から、涙が流れ落ちていた。

「あの」

突然の声に我に帰ると、噴水のすぐそばに、天使が一人、立っていた。

彼よりも何年か若いのだろう。体の割にはあどけない顔立ちをしている。

その天使は振り返った彼の顔を見ると、噴水の縁から身を乗り出し、その濡れた頬に優しく触れた。
そこで彼は自分が泣いていたことにようやく気づき、顔を水で洗った。

「ここ、水浴は…」

水滴を滴らせる彼にたどたどしく声がかけられる。

「あ…ああ。わかった。今後は浴場で洗う」

観賞用の水場の中で体を洗っていた非礼にここでようやく気づき、彼は気恥ずかしくなり急いで水から上がろうと髪を絞った。

いつものように赤く染まった水が流れ出る。
その赤い色を、傍にいた天使は驚いたような目で見つめた。

「不思議…」

その言葉が一瞬、何のことかはわからなかったが。
「この色は、魔物や人間の血だ。」

水から出、噴水の縁に腰を下ろす。天使も、同じようにした。

「髪も翼も紅い」

「たくさん殺したからな。…明日はもっと、紅くなるだろう。」

天使は、彼の髪を眺め続ける。青い、綺麗な瞳だった。

「お前は…庭園天使か?」

任で留守がちな彼は、天の宮にいる処刑天使以外の天使の顔を良く知らない。

天使には処刑天使のほかに、天の宮の『生命の木』をはじめとした美しい園の世話をする庭園天使と、神や天使たちの身の回りの世話をする寝所天使がいる。
その数は、それぞれ処刑天使とほぼ同数。

その天使は頷いた。
最近任を遣わされたばかりで、この周辺一帯の管理を受け持っている、と見た目の割りにつたない言葉でたどたどしく喋り、

「名は、溜。」

と続けられ、彼は危うく背中から噴水の中に落ちそうになった。

「なっ…?!」

天使には、名を持つ習慣など無かった。

体勢を立て直し、心配げに手をとるその『溜』の顔を見る。

「自分で…つけたのか?」

「はい。」
溜は、嬉しそうに答えた。

「なぜ、『溜』と?」

「それは…」

溜は言いかけ、恥ずかしそうにうつむいた。
その姿は、彼の目にほほえましく映った。

「では、私にも名をつけてくれないか?」

彼の突然の依頼に溜は驚いて顔を上げた。

「すぐにとは言わないけれど。」
言って立ち上がり、一度だけ翼を開いて水気を飛ばした。

「また、ここで会うときにでも」

「…はい!」

溜は、笑顔で応えた。

そして彼は、噴水の園をあとに、寝所へ向かった。



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