教育係はもう一度深い溜息をつき、立ち上がった。
部屋から出る前に、水杯をロゼに手渡す。

一人になったロゼは、中の液体を少し口に含んだ。

希釈されたレンゲの蜜だった。

最後に会ったときに、溜に飲むよう渡したものと同じ飲み物…

色々なものが一気に押し込まれた脳の中で、ひとつの言葉が叫びをあげていた。


―――溜


杯の中に、涙が落ちた。

あの後、溜はちゃんと飲んだのだろうか?
今はどうしているのだろうか?
辛い思いはしていないだろうか?
一緒にいる魔物とは、どのような者なのだろう?
なぜ魔物についていったのか?
なぜ仲間を殺したのだろう?
なぜ一人で思い悩んでいたのだろう?
なぜ悩みを自分に言わなかったのか?

――――――なぜ?





夢を、見ていた。

昔の、記憶だった。

穏やかなあの園で、ロゼは芝に体を預けて横になり、その横には溜が…

「あのね、ロゼ。言うね。」

いつもの、舌足らずの声。何を?とロゼは返す。

「『溜』の、意味。」

溜は初めて出遭った日と同じように、顔を赤くしている。

「『溜』は、止める、こと。

 みんなの涙を、『溜め』たくて…つけたの」

ロゼは微笑んだ。

「では、私も泣くのをやめる。もう、泣かないよ。」

―――泣かないよ。





ロゼは、目を開けた。

泣きながら眠ってしまったのか、頬に涙の乾いた跡が残っていた。

それを少し撫で、手のひらを握り、歯を食いしばった。


―――もう、泣かないよ。


溜に何があったのかはわからないが。


私は、もう泣かない。



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