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その朝は、なぜかひどくくすぐったい気持ちだった。
朝の市場で久々に買い物をする。
流に冷たい視線を投げかけてくる者もいたが、流の隣には賢がいて、手を硬くつないでいてくれる。それだけで流は気にせずにいられる。
ただ、つないだ手を、今までよりも意識してしまう自分がいることが、少し可笑しかった。
賢も同じ気持ちらしく、不意に目が合うと照れたように笑いあった。
賢が食べる分のパンと野菜。それと、薄荷の根を買った。
薄荷は食物をとらなくても平気な流の数少ない好物で。
買った物を交代で持ち、二人は我が家の立つ丘へ帰ってきた。
「あれ?」
「どうした?」
流よりもはるかに優れた鼻を利かせ、賢は少し首をかしげた。
「知らないにおいがする。…古いクギみたいなにおい」
「それは血の臭いだ」
突然の声に二人は驚き周囲を見回した。
丘上の木の上に、人影を見つける。
寒さに葉を落とした枝に腰掛けるその姿は
「…天、使?」
端正な顔立ちに、しなやかに伸びた肢体。そしてそれを包み隠さない一糸纏わぬ姿。
しかし、流は違和感を覚えた。天使の髪は金色で、翼は汚れの無い白色をしている、とよく聞くが、
この天使は、髪も翼も、紅の色をしている。まるで、夕陽のような。
樹上の紅い天使は流をまっすぐに見下ろし、再び口を開いた。
「こっちへ来い。お前を、迎えに来た」
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