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日の出と共に天の宮を飛び立ったロゼは、程なくして目的地へたどり着いた。
迷うこともなければ、神に伺う必要も無い。
かつての友だったそれは、姿を変えても気配はまったく変わっていなかった。
小高い丘の上に独り佇む『生命の木』。
「溜……」
その葉を落としてしまった枝に降り立ち、木肌に頬を寄せる。
ひんやりとした、しかしどこか暖かな感触。
再開の喜びよりも、絶望のほうが大きかったように思われる。
いままでぼんやりと脳で記憶していた、親友が物言わぬ木になってしまったという事実を、この目で、肌で、確かめてしまったのだから。
言いようの無い激しい感情が、ロゼの中を渦巻いた。が、涙は出なかった。
泣かないと、前に誓ったから。
「こっちへ来い。お前を、迎えに来た」
連れ帰るべき者は、一目で判った。
その、生みの親と同じ、美しい青い瞳。
しかしそれ以外の部分はひどく醜い。
貧相な体躯。闇の色の頭髪。そして…見たことも無いような、骨格のみの翼。
あの愛らしかった溜がこのように醜悪な魔物を生んだとは。
嫌悪感が、募る。
連れの人狼がその生き物を自分から庇うように一歩前に出る。
無意味なことを、とロゼは思った。
「お前に拒む権利は無い。我々はいつでもお前を処分することができた。」
「なん…だと……?」
魔物が、溜と同じ色の瞳でこちらを睨み上げてきた。
「お前は神に生かされてきた。そして今、その役目を果たすときが来た。」
その紅い天使は雪に覆われた地面に降り立ち、ムシロの巻かれた木の幹を撫でた。
「お前も、この木になるんだ。」
流は耳を疑った。意味が、飲み込めない。
天使は薄く笑った。
「まさか、知らなかったとでも?お前がこの木から生まれたことを。」
天使の眼には狂気染みた色が渦巻いている。流は背筋に寒さを覚えた。
「この木は、お前の母である堕天使が、魔物に孕まされ、変化した結果だ。
子を宿し、この『生命の木』になれる天使は滅多にいない。
だがお前はその素質を確かに受け継いでいる、と神は仰った」
―――ナニヲイッテイルンダ
「天使は『生命の木』によって生み出される。
天の宮の『生命の木』は今、枯れかけている。
お前は神と交わり、新しい『生命の木』となるんだ。」
―――イミガワカラナイ
呆然と立ち尽くす流の腕を、紅い天使が掴んだ。
「信じられなかったか?それでもいい。これから、身をもって知るだろう」
グイと引いた、その手を、賢が払いのけた。
天使は少し赤くなった手の甲と、賢の顔を忌々しげに見る。
賢は即座に二人の間に入り、流を自分の影に隠した。
「よく、わかんないけど、流ちゃんをどこかへつれてくのは、許さない」
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