「よく、わかんないけど、流ちゃんをどこかへつれてくのは、許さない」

普段の快活な表情は消え、憎しみとも取れる視線で天使を睨みつける。

「許されまいと、私の知ったことではない。そこをどけ」

「いやだ」


次の瞬間


賢の左肩から赤いものが飛び散った。



「賢!!」

流はよろめく賢の体を支える。

一瞬のうちに、天使に肩口を切り裂かれていた。その手に突然現れた、大きな鎌で。

「流ちゃん…逃げて。」

賢の目は、光を失っていない。

弱い自分が勝ちうる方法はこれしかない。

流の腕から体を起こし、離れるよう促す。
自分の最終手段に巻き込み、傷つけてしまわないように。


先の一撃で半ばまで切れた首の拘束具を、一気に引きちぎる。


途端、熱いものが賢の体内を駆け巡り、表へ飛び出した。

銀の丘に木霊する咆哮。

賢は大きな狼へと姿を変えていた。

その鋭い牙と鉤の爪で天使に跳びかかる。


そして


賢の首は胴と別れた。











薄青の空に赤い飛沫が弧を描いた。

その赤の軌跡と共に、狼の首は白い雪の上を転がり、止まる。

「りゅう…ちゃん……」

首を切断されても、事切れるまでに数秒間かかる。
狼の口から漏れたかすかな音は、そう聞こえた。
体も、首も、人に似た形に戻ってゆき―――動かなくなった。

ロゼは大鎌を一振りして露を払うと、返り血で濡れてしまった髪を掻き揚げた。

「行くぞ」

雪の上に崩れるようにへたり込んだ醜い魔物の腕を掴む。
魔物は抗うこともなく、力を失ったようにぐったりとしていた。
ロゼはその細く重い体を片腕にぶら下げ、飛び立った。



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