ΨΨΨΨΨΨΨΨ


どれくらい気を失っていたのか。

目を開けると、見慣れぬ天井が広がっていた。

ロゼは自分が寝台に寝かされていることに気づき、布団をのけ、身を起こそうと手を付いた…つもりだったがなぜか体を支えることが出来ず、再び布団へと体が落ちる。

そこで、初めて見た。


自分の、右の腕が無くなっているのを。


空から落ちる直前の、あの熱を思い出す。
千切られた。あの魔物に。

二の腕の半ばから途切れたそれには薬が塗られ、包帯がしっかりと巻かれてあった。
誰がこのようなことを、と考えるまもなく気配が近付き、ロゼは反射的に振り返った。

「起きたか。具合は、どうだい?」

漆黒の髪に、金の瞳。そして背の黒い皮翼と口の拘束具。

魔物に助けられたことを忌々しく思い、ロゼは背を向ける。
だがロゼを助けた玩具妖魔は話しかけるのをやめない。

「運が良かったね。君はあの木の下に倒れていた。木の枝と雪が、衝撃を和らげてくれたんだね。」

玩具妖魔は窓の外を指差す。
再び降り出した雪でけぶる風景の中に、あの、溜であった木が立っていた。
何の因果か、再びこの場所に来てしまったようだ。

「右腕を失って、運が良い、か。」

自嘲気味に呟く。

「その腕につけた薬はとびきり腕の良い薬剤師が作ったものさ。それに…腕一本では済まなかった者もいた」

魔物の言葉で、ようやく思い出す。あの木の下には、自分が先程殺した人狼の屍骸もあったということを。

「なぜ殺さない」

ロゼの掠れた声に魔物は首をかしげる。

「わかっているのだろう?私が、あの人狼を殺したことを。」

魔物は柔らかな笑みを浮かべた。

「確かに、あの人狼…賢は俺の家族だ。だが、君を殺したところで賢は戻ってこない。」

「家族…」

知識としては、知っていた。毎日、寝食を共にする関係。自分にとっての、天の宮に住まう仲間たちに近いもの、いやそれ以上の存在なのだろうと認識していた。

「親しい者を殺されたのだろう?なぜ、憎くない?!」

なぜお前は笑っていられる?

私はかつて、溜を失ったときに ひ ど く 泣いたというのに!

「ならば」

寝台から身を起こしたロゼを、金の瞳が鋭く射抜いた。


「なぜお前は賢を殺した?」


憎む者、悲しむ者が生まれるとわかっていながら、なぜ。

空から落とされるときに見た、あの憎しみにあふれた瞳を思い出す。
あの瞳は溜を奪われた自分の瞳そのものだ。

ロゼは言葉を失った。

「あ…」

固く、シーツを握りしめる。

「俺が君を助けたのはただのエゴだ。死ぬより、辛いだろう?」

玩具妖魔は背を向け、立ち去った。

「あああああああああああっ!!」

ロゼの叫びだけが、室内に、雪の丘に、響いていた。



前へ[*]    [#]次へ

作品Top    Text Top