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流が呼ばれたのは、月が煌々と昇り、夜が更けた頃だった。
裸身を強制しないが、せめて清いものを着るように、と白の薄い紗で出来た簡素な装束を渡された。
それに着替えると、流は建物の奥へ奥へと案内された。
神殿の最も奥。一段高くなった場所に、深紫のカーテンがかかっており、こちらと向こう側に部屋が分けられている。
その布を隔てた向こうへ入るようにと、案内役の天使は言った。
解っていた。
この布の向こうに『神』が居て、自分は神と交わらされるのだと。
無意識に、口の端が上がった。
熱線や武器の使い方は、もう大体解っていた。後は実際に…殺すだけ。
殺意を悟られぬよう、落ち着き払ってカーテンをくぐった。
「!」
カーテンの向こう側は、光に満ちていた。
細かい光の粒子が、流の体にも纏いつく。
ここが、創造者『神』の寝所。
しかし、神の姿が見えない。
「神よ、姿を現さないのか?俺と、交わるのではないのか?」
姿が無ければ殺せない。
問いかけつつ、武器をいつでも出せるよう、右手に精神を集中させる。
『すでにお前の前にいる』
突然、強い声が響いた。頭の中に直接流れ込むようだった。
『よく来たな『母』の子よ。混血のお前が『木』に成れるかはわからないが、私はお前が交わりに来たことに感謝しよう』
声と共に、部屋中に満たされた光が集束し、流の体を包んだ。
息苦しくは無かった。体の中に何か強いものが入り込む感覚。
刹那、痺れを感じ、その後にやってきたのは…果てしない、恐怖感。
「うああああああああああああああああああっっ!!」
身をよじり、光の粒を払いのけると、布を半ば引き裂くようにして部屋を飛び出した。
天使たちは驚き、流に駆け寄ったが、流はそれを振り払い、ひたすら走る。
神はあの光そのものだったんだ。
確かにあの時、体内に何かが入り込んできた。
俺は神と交わってしまった
建物を出、暗い庭園に飛び込んだ。走って、走って。
天の上の庭園にも雪は積もっていて。溶けかけた雪に足を滑らせ、そのまま地面に倒れこむ。
起き上がる力も無いまま、流はすすり泣いた。
『どうしたの?』
突然の声に、流は体を強張らせた。神と同じ、頭の中に直接響く声に。
『こわがらなくてもいいわ。わたしは、ここ。』
顔を上げ、声の導く方を見ると、そこには見たことのあるような木が立っていた。
そう、それは、ケガレが大切にしている、自宅の横に植わっている木と同じ種。
流は何とか立ち上がると、その美しい樹木に歩み寄った。
「お前は、生命の木…だよな?」
『ええ。あなた、天使ではないのね。』
葉のざわめきではない、優しい声。
「堕天使と魔物の混血…悪魔だ。」
なんとか力を振り絞り、手のひらの上に光を生む。
腕を突き出し、その滑らかな幹に向けて力を解放した
…つもりだった。
光は発動する直前に消え、嘔吐感が流を襲った。
地面に膝を付き、体を震わせ激しく咳き込む。
『大丈夫?』
心配げな声。自分はお前を殺そうとしたのに。
怒りと情けなさが同時にこみ上げる。
なぜ、殺せない?
『私を、殺そうとした?』
咳が治まった頃、生命の木は静かに問うた。
流はそれに頷く。
『なぜ?』
「お前の生んだ天使が、俺の一番大事な者を殺したから」
しかし、殺せなかった。体が、殺すことを拒絶していた。
暫らくしてから木が再び声を出した。
『ごめんなさい…わたし、殺されてしまえば、良かったのに』
流は泣いた。
泣きながら、木の幹を何度も叩いた。木は、何も言わずに葉を揺らしていた。
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