《2》
シャワールームに『ロッキー・愛のテーマ』が鳴り響いた。
「……俺だけど。」
その携帯電話の着信音は程なく途切れ、代わりに声が一人分、低く小さく、水に濡れたタイルの上を這った。
「やっぱ駄目か。……うん。いい。大丈夫だよ。」
密やかな声は湯が出たままのシャワーの音にかき消され、きっと部屋の外にいる皆に聞かれることはないだろう。だから彼は、安心して話すことができていた。
「大丈夫だって。困るんだろ?いくよ。」
彼は濡れた髪を掻き揚げ少し笑った。
「まぁ急すぎだけどな。任せろって。…ああ。じゃ、うん。」
携帯電話を畳むと、シャワーを止め、手早くスポーツタオルで体を拭い、下着とカーゴパンツを同時に穿いてTシャツとタオルを肩に引っ掛け、
「飲みいこー!!」
皆のいる仕事場のドアを勢いよく開きつつイエローは明るい笑顔と大きな声でそう言った。
「飲み?」
3人(=ブラック以外)の聞き返しの声が綺麗に重なった。
「今日の作戦はひさびさに大成功だったじゃん?だから祝勝会っつーか、パーっとさ、やんない?」
ソファに飛び込むように座りタオルでガシガシと髪を乾かすイエローを、グリーンは眉根に皺を寄せて見下ろす。
「僕は…いいけど…」
言って視線を移動させる。その先には、
「宴会か?いいな!」とぶら下がり健康器で大車輪をしまくりつつ期待に満ちた声を出すレッドを、心底うざそうに見るブルー。
他の者がいくら賛同しようとブルーが承諾しなければ意味が無い。ブルーはそれだけの支配力というか恐怖政治というか女王様というか陰の権力者というかまぁそんな感じなのだ。
そして過去に忘年会やら新年会やらを幾度となく提案したがそのたびにあっさり反対されている。『酒を飲んだレッドがいつにも増して常識外な行動をとったときに誰が止めると思っているんだ』というのが主だった理由である。
イエローだって何回もダメになったの覚えてるくせに、なんでこんな無謀な提案するんだろ…とグリーンは心の中だけで溜め息をついた。
「いいですよ」
ブルーの返答にグリーンは、いやきっとイエローもブラックも、耳を疑った。
「ただ…居酒屋だと問題がありますね。一般人に迷惑をかける恐れが」
「えっ…えぇっと…じゃ、グリーンの家でやるってのは?」
「ちょ、イエロー!なんで僕の家で…!」
「いやここから近いらしーし 一番片付いてそーだし」
なんか知らないけどブルーの気が変わらないうちに決めたい思いはグリーンも同じ。彼は0.5秒で部屋の状態や冷蔵庫の中身を思い出し覚悟を決めた。
「…いいよ。うちで飲もう。」
イエローが「ィヤッフー!」と喜びの声をあげる横で、グリーンは本日何回目かの溜め息をついた。
「でも食料そんなにないしお酒は全くないから行く途中で買ってね。あと……」
言いかけ、皆の顔を見回してグリーンは言葉を止めてしまった。
レッドは本気で何するかわからないし(今はぶら下がり健康器の上で右腕だけで逆立ち腕立て伏せしている)、ブルーはレッドを止める為なら傷害沙汰もそれ以上の事も厭わないし、イエローは『カレー』を作るつもりで毒物を精製するし、ブラックは何があってもマイペースだし……
「みんな、ご近所さんに迷惑かけないでね…」
ようやく絞り出したグリーンの哀願に返事をしたのはレッドとイエローだけ。
「ラジャー☆了解!」
しかもなんかわかってなさそうで、グリーンはもう一度、溜息をつかざるをえなかった。