《4》

 

グリーンの部屋を出てすぐ脇の屋外の階段を降りるとそこが、ブラックの家だった。

「へー、ブラックの家って、グリーンの家のちょうど真下なんスかー」

言いつつ、これなら多少騒いでも階下に迷惑かけずに済むな、とイエローは心の中で悪い笑みを浮かべた。
そしてグリーン家と同じデザインのドアが開き、イエローの目の前に広がった空間は……

「??!」

全てが機械でできている世界があったとしたら、その世界のジャングルは、きっとこういう姿をしているに違いない。そう、イエローは思わずにいられなかった。
壁を覆い尽くし天井ギリギリまで建てた金属製のラックに、イエローには用途がさっぱりわからない機材がぎゅうぎゅうに詰まっているのは背の高い木々に見え、またあちこちから垂れ下がるケーブル類は木に絡みつくツタ植物に見える。

ブラックは先に部屋に入ると、イエローを手招いた。その姿はまさにジャングルの王者、いや、黒ヒョウ。頭上にもモノが張り出しているため、長身のブラックは腰を屈めているのだ。

ブラックに続き頭上に気をつけつつジャングルを進むと急に視界がひらけ、小綺麗なキッチンが現れた。
グリーンが頻繁にこの部屋に食事を作りにやってくると前に聞いていたので、台所だけは機材の浸食を免れているのだろうとイエローは想像した。

なぜなら奥の間には再びジャングルが広がっているからだ。

イエローは言いようのない恐怖感に襲われていた。
この家は機械類が雑然と積まれているが、決して汚れているわけではない。床はきれいに掃かれているしゴミや雑誌も溜まっていない。だからこそ、逆に生活感が無くて怖いのだ。
ラックの一区画にはCDやDVDがぎゅうずめに入れられているが、本などの紙類や衣服やカーテンなど布類が見当たらないのもまた、生活感を感じさせない一因となっているのだろう。窓自体も機材に埋もれてしまい、結果室内が薄暗くなっている。

「ブラックさぁ…どこで寝てるん?」

嫌みでなく純粋な疑問として、イエローは尋ねた。台所のシンクの下以外に身長189cmの男一人分が寝られるスペースなど見当たらない。

ブラックは無言で奥の間の中心にあるパソコンデスクの椅子と、もう1ヶ所、機械の棚の奥を指差した。
それからブラックは台所の床下収納を開け、なにやらゴソゴソとやり始めたが、イエローはそれを手伝わず、ブラックが指し示した一角へ分け入る。彼の気分は、秘境のジャングルへ分け入る冒険家の気持ちそのものだった。

その周辺のみラックが50cmほど前にせり出し、裏に人が一人通れる位の隙間ができている。ケーブルに気をつけながら体をすべりこませると、グリーン家のものと同じデザインの押し入れの戸が現れた。
横に引いてそれを開けると、そこはせまいながらも充実したベッドルーム…いわゆるドラえもんの寝所だった。

上段には布団と電気スタンド、そして吊り棚式の本棚。下段には衣料と大量の本とわずかな生活用品が詰まっている。
お世辞にも片付いているといえない状態だが、イエローはなぜだか安心感を覚えた。ようやく、人が生活するにふさわしい空間に触れられた。そう、思った。

「さぁてと…」

そして安定すると余計なことまでしたくなるのがヒトの性というもの。

「エロ本探しますか!」

グリーンの家じゃ見つけられなかったもんな〜と言いつつ勝手に他人の寝床を探る姿は「愛嬌」の一言では済ませられないものがある。

「お?こりゃあ……はっっけん!」

捜索開始から2分。衣装ケースの隙間に無精に突っ込まれたいかにもそれらしき雑誌を発見した、が、その表紙を見た瞬間、イエローは目当てのモノを発掘したエエ顔のまま固まった。

なぜならその雑誌の表紙には

『兄貴たちの熱い夜』

とか

『太い二の腕に癒され特集』

とかいう文字が乱舞していたからだ。

―――いやービックリですよぉ。てっきりアニメ絵のえっちな本が出てくるかと思ってたんすよ。え〜と、コレってその、薔薇族系ってやつ?つつつつまりブラックはあれですかー?ブルーの言った通りなんですかー?殿方がお好みなんですかー?(混乱のため武田鉄矢口調になっています)

様々な感情が脳内をオーバーヒート気味に駆け巡る中、突然肩をたたかれ、

「うふぉぉぉぉォぉぉ?!」

イエローはとっさに本を元の場所にねじ込み、押し入れの戸を素早く閉めた。

内臓がひっくりかえったような心地で振り返ると、背後の機材の隙間からブラックの長い腕が伸び、出てくるよう手招いていた。
イエローの心臓はまさに早鐘状態。非常に気まずいまま台所に戻ると、すでに宴会への差し入れの用意は整っていた。

床に焼酎やリキュールの瓶が5本ほど並び、その横に空のビールケース1つと、そしてなぜか60cm四方位のベニヤ板がビールケースに立てかけられている。

「あ、あぁ。ブラックの家にも酒けっこうあったんだな」

ブラックは、頷く。

「あああのさ、テーブル、は?」

ブラックはビールケースを逆さにして床に伏せ、その上にベニヤ板を置いてみせた。これだけで立派なテーブルだよ、と言わんばかりに。

「ああ、そっかそっか。じゃ、俺持っていくよ、ウン」

慌ててビールケースに酒瓶を入れていくが、手がふるえて瓶と瓶がぶつかり合いカチカチと音を立てる。
そんなイエローをブラックはじっと見つめた。

無口な分、彼の目は雄弁に語る。
「具合でも悪いのか」と心配そうに問いかける切れ長の眼を見ていると、イエローの波打った鼓動が次第に緩やかになってゆく気がした。

「あの、さ。ブラック」

思考回路がゆっくりと修復されてゆく。

「ブルーの言ったコト、気にするなよ」

イエローは丁寧に丁寧に言葉を選んだ。

「そーいうのは本人の自由だと思うしさ。…俺は別に、嫌いになったりとか、しないし。」

ようやく落ち着いた心で、本心で考えた言葉だった。

「俺ら、仲間じゃん?」

イエローはニッといつもの前歯が強調される笑みを見せた。
ブラックも、なぜイエローが突然そんなことを言い出すのかわからなかったが、常に仏頂面の彼にしては珍しく微笑んだ。

イエローが、盛大に勘違いをしているなどとは知る由もなく。

イエロー、その男色系雑誌はブラックの妹(ホモ漫画家)が勝手に置いていったものだから!
表面的には理解あること言いながら深層心理では貞操の危機とか心配しなくていいから!!

 

    

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