《5》
グリーンの部屋にテーブル(?)と酒が追加され、ようやく全ての料理が卓に並べられた。
ブルーとブラックが買ってきたシャンパンを開け(レッドの開けたシャンパンのコルクは真っ直ぐにブルーの鼻骨に命中し、またそこでひとしきり揉めたが)、全員にグラスが行き渡り、ようやく宴会は始まった。
「あ、何に乾杯しようか?」
グリーンはウーロン茶の入った湯呑みを宙に掲げたまま停止した。
「それでは私の前途を祈って乾杯してください」
さらりとジコチューなことを言うブルーにグリーンは苦笑いを浮かべる。
「え゛…ブルー、新規事業でもするの?」
「ええ。」
超唯我独尊美青年は女性ならば誰しも目が眩んでしまうような極上の笑みを浮かべた。
「実は私」
「コレうまいな」
「まじで?やった!実はコチラ、ごま油が隠し味で」
「今度の」
「ネギうまい。ネギ。」
「ネギ食え〜ビタミンCいっぱいだぞ〜ブラックも食えよ?あ、もう食ってるか。うまいか?」
「…貴方たち、わざとやっているでしょう?」
もしゃもしゃと食べて飲んでに夢中のレッド、イエロー、ブラックをブルーは殺意をはらんだ視線で睨みつけた。
「そ、そんなことないよね? みんな聞きたいよね?」
自分の家でこれ以上乱闘を起こしてほしくないグリーンは必死でブルーをなだめる。
そんなグリーンがひどく不憫に思え、3人はとりあえず箸とコップをテーブルに置き、話を聴く体勢を取った。
「実はですね…」
機嫌を直したブルーは再び嬉々として話しだす。
「今度のパリ・コレクションにモデルとして参加することになりました!」
「ええぇぇえ?!」
驚きの声を上げたのはグリーンのみ。
「それ…すごいんか?」
イエローはグリーンに小声で尋ねる。他の2人もきょとんとしている。
「えーと、うん。すごいよ。世界中のファッションモデルのトップクラスになったってことかな」
「そりゃすごい」
「やったなブルー!」
「……(拍手)」
ブルーは盛大に溜め息をついた。こんな馬鹿どもに理解されようとしたのが間違いだった、と言わんばかりの溜め息だった。
「だから今日は飲みOKだったのか」
「そういえばいつもより機嫌いいもんね」
「しかしブルーがトップモデルねー。雪どころか空から槍でも降ってくるんじゃん?いや、隕石くらい降りそう。」
イエローとグリーンの勝手なやりとりにブルーはムカついたが、それよりもあることが気になった。
「レッド、どうしたんですか?やけにおとなしいじゃないですか」
こういうとき普段なら一番にブルーに(悪意は無いが)絡んでくるレッドが、今日は、炒り豆腐を独占するブラックの横で黙々とエリンギ炒めを食べている。
「レッド?」
話しかけられても反応の無い彼の肩を軽く叩く。すると、今初めてブルーの存在に気付いたようにハッと顔を上げた。
「この私を無視するとはいい度胸ですね」
イエローとグリーンも会話を中断しレッドを見る。
「どうしたの?具合、悪い?」
「あっ!もぉエリンギほとんど無いし!で・ブラックは炒り豆腐独占しすぎ!」
まいったなーもぉ〜とイエローはまんざらではない様子でツマミを追加しようと立ち上がる。
一方、グリーンは心配そうにレッドの顔を覗き込んだ。
「なんか、悩み事?」
優しいグリーンの瞳をレッドも見返す。
「んん…?いや悩みっつうか…」
レッドらしからぬはっきりしない態度にブルーも眉根をよせる。
「変なものでも拾い喰いしたんですか?貴方らしくない…それこそ隕石でも降るんじゃないですか?」
ブルーの言い過ぎな態度にも反論しない。この非現実にブルーは不気味さすら覚えた。
そしてレッドはしばしうつむいて何かを考えこんでいるように見えたが、やおら立ち上がると、
「オレ、やることあるから。じゃあな」
とだけ言い残し、窓を開けると身軽にもそこから飛び出した。
「レッド!ここ2階!」
半ば叫びつつグリーンは窓に駆け寄った。ブラックも彼の横に並び、グリーンが窓枠から身を乗り出し過ぎて落ちそうになるのを止めた。
「どこ、いったんだろ…」
動物的な身体能力を持つレッドのこと。当然窓の真下で気絶しているわけもなく、どこへ急いだのかすでに姿すら見えない。
「アレのことですから心配いらないでしょう」
別にいなくても困りませんし、と酷い言葉を付け加えつつ、ブルーはレッドがいなくなったあとのスペースにやれやれ、と足を崩して座り、すっかり気の抜けたシャンパンを口に含んだ。
「そうそう。明日にはフツーに帰ってくるんじゃん?前、うっかり北朝鮮行っちゃったときもアイツ何ごともなかったよーに帰ってきたし」
言いつつキッチンから戻ってきたイエローはおにぎりを3つ4つのせた皿を持っており、そのうちの一つをグリーンに投げてよこした。
グリーンはその表面が海苔で真っ黒な、拳ほどもあるまん丸のおにぎりを少し手の中で転がしてからほおばった。口の中に唐辛子の辛みと野菜の旨み、トロッとしたチーズとホカホカのご飯が広がる。
「俺特製キムチチーズおむすび☆ どうよ?」
「…おいしい」
温かい食べ物には心まで温める力があるに違いない。グリーンはようやく落ち着きを取り戻し、そう思った。
ブラックは自宅から持ってきたCDを慣れた手つきでグリーンの部屋の隅にあるコンポに入れ、再生した。
聞き覚えのある旋律に皆、耳を傾ける。
「これ…映画の曲だったよね」
「アニメーションだというところがブラックらしいですけどね」
「でもいい曲じゃん。あ〜なつかしー。コレ映画館で見たとき俺小5だったっけなぁ」
「「え゛?!」」
曲に聞き入りつつ酒とつまみをチビリチビリといい気分でやっていた面々はイエローのもらした言葉で一気に覚醒した。
「僕その時高校生だったよ?!」
「ということは…イエロー、貴方、19才なんですか?!」
驚き詰め寄る3人にイエローは少しひるむ。
「や、まだ18。今度の夏で19才になるけど」
言ってなかったっけ?とイエローは頭を掻く。
「ということはブラックより10も年下なんですか?!信じられない……態度からして私と同期かと……」
「それよりもイエロー何飲んでんの?! ダメだよ未成年なんだから!!」
グリーンはイエローの手の中の焼酎レモン割りをすばやく奪い取り、いきおいで一気にそれを飲み干してしまった。
「「あ゛」」
今度はイエロー、ブルー、ブラックが声を揃えた。それはほとんど悲鳴だった。
グリーンは、酷い酒乱だ。絡み上戸などという可愛いものではない。的を得た言葉の暴力は致死レベルだし、リアルな方の暴力もめっぽう強い。
酔拳のような複雑な動きで容赦なく殴ったり蹴ったりしてくるし、ボディーブローのようにずっしりくる悪口もとい精神攻撃も仕掛けてくる。そして傷ついて再起不能なまで傷つき、うなだれる人間を見るのが大好きなのだ、彼は。
そしてグリーン自身も己の酒癖の凶悪さを自覚していた。だから、普段は絶対に酒類を口にしないようにしている。今回は、本当に事故だったのだ。
「…なんだなんだァしけた顔しやがって●●野郎どもがよォ」
酒乱状態に陥った彼を、普段のグリーンと同一人物だと考える方が難しい。
だからイエローは『彼』をこう命名していた。
「裏美……」
なんとかグリーン・鳥ノ井明美の裏人格『裏美』と。
酒乱の上に極度にアルコールに弱いグリーンは、やはりすでに酔っ払って、もといダークサイド『裏美』に堕ちていた。
ニヤリ、と歪んだ笑みを浮かべるその人物からは普段の温厚な彼の面影が欠片も見えない。
ブルー、イエロー、ブラックは戦慄を覚えた。
この悪魔に太刀打ち出来るのは、この世に唯一人だということを、3人は過去の惨事から学習している。
逆を言えば、自分達では裏美に手も足も出ないということだ。
彼らはこれから起こるであろう悲劇を想像し、心の中で悲痛な叫びを上げた。
―――いなくても困らないなんて言ってゴメン!レッド、早く帰って来てくれ…!!
裏美と対等に渡り合い、罵詈雑言にもびくともしない強い心の持ち主・レッドの帰還を祈るも。
3人の願いは、届くはずも無かった。