《6》

 

ネオンに輝く繁華街。その享楽で満たされた夜の町を、目を鋭く光らせ、一直線に駆け抜ける者がいた。なになに戦隊なんとかレンジャーのレッドこと北島善太だ。

彼は大通りの裏手に面する雑居ビルの前で足を止めた。4階建てのビルの1階はタイ料理店。料理店とはいっても、この町で働く者が食べにくる大衆食堂で、派手な装飾が無い分薄暗く見える。
そしてビルの2階から上は、この街を取り仕切るタイマフィアの本拠地で、そして善太の毎日の寝床でもあった。
食堂の横手の鉄骨で出来た吹き抜けの非常階段を登り、善太は最上階を目指す。2階を過ぎたところで下位の組員と鉢合わせる格好になった。

「ゼンさん、お疲れ様です!」

10代後半の若い組員は敬礼し、階段の手すりを越えて落ちてしまいそうなほど端に寄り、道を譲る。善太は礼を軽く言い、その横をすり抜けてから組員を顧みた。

「店長、いるか?」

勿論、善太も組員もタイの言葉を喋っている。だが善太は語学が堪能なわけではない。それどころか「語学」の概念すら知らないだろう。彼は相手の言葉を聞き分け、相手に最も伝わる言葉を話しているだけで、幼い頃から世界のあちこちを旅してきた経験がその特殊な能力を可能にしていた。

組員は善太にものを尋ねられたのが相当嬉しいのだろう。顔を真っ赤にし、再び姿勢を正す。

「は、はい!事務所にいるです!」

「そぉか。」

「あ、あの、ヘグ兄貴が賽ころ賭博の続きやるって言ってましたよ」

善太の返事は、無い。
彼は再び階段を登りはじめていた。その足音がカン、カン、と響く中、若い組員はしばらくの間呆然と手すりに寄りかかり、かつて自分達を窮地から救ってくれた尊敬すべき戦士の後姿を眺めていた。

組員たちの、そして善太の寝泊まりする2、3階の詰め所の横を登り、最上階である4階に辿り着く。善太が勢いよくドアを開けると組員数名と一番奥の机に向かっている30代の男――「店長」が、驚いた顔で善太を見た。

「どうした?ゼン」

店長は他の組員たちに席を外すよう手で合図した。「店長」とはこの町の、そしてこの国のタイマフィアのリーダーの呼称だ。善太のいつになく剣呑な様子をとうに感じ取っている。
一つしかない出入り口を目指す組員とは入れ違いに、善太は力のこもった足取りで店長の前に立った。

「今日の2時頃。駅前で銀行強盗騒ぎがあった。知ってるな?」

「あぁ。」

俺が取り仕切る街だ。知らないわけが無いだろう?と店長は軽い口調で付け加えた。そうしないと、善太の気迫に呑まれてしまいそうだった。

「強盗は、シロウトのガキで、鉄砲を持っていた」

店長は煙草に火を点けた。ジッポを持つ手が震えている。

「鉄砲の型はあんたたちの商品と同じだった。いつからシロウトに武器を売るようになった?」

まるで獣だ。店長はそう思った。低く唸り今にも飛びかかってきそうな虎。
このゼンという男には2年前、他の裏組織との抗争中に助けられた。自分の頭に振り下ろされたチタンの警棒をゼンは腕一本で受け止め、それを真っ二つにへし折った。その時も今のような顔をしていただろうか、と店長は頭の片隅でちらと考えた。

「この国のガキは鉄砲をオモチャとしか思っていない。知ってるだろ?」

少しの沈黙の後、店長は口を開いた。

「ボスの命令だ」

今度は善太が沈黙する。

「銃の重みも知らない奴らに売るべきではないこと位わかっているさ。だがボスの命令だ。逆らえねぇ」

煙草の煙を肺まで思いっきり吸い、吐き出した。店長は腹を括る時はいつもそうしてきた。儀式のようなものだ。
善太が燃えるような目で彼を睨みつける。だが店長の心はもう揺るがない。

「ボスに会ってくる」

しばらく睨み合った後、善太は短く言い踵を返した。その彼の腕を店長は掴んで止め、もう一方の手でまだ長さのある煙草を灰皿に押し付けた。

「ゼン、あんたは我々の恩人だ。ボスも、俺も俺の部下も何度となくあんたに助けられたよ。この街を統一できたのもあんたのお陰だ。だが俺はファミリーの一員だ。あんたがボスとやり合う気なら、ここであんたを止めなきゃならない」

「オレの首はボスのものだ。あんたはボスの手柄を横取りするのか?」

善太が店長の腕を振り払うのと店長が善太の腕を放すのは全く同時だった。

善太は出口に向かう。

「今夜3時。鳩場港からウチの船が出る。間に合うといいがな」

店長は新しい煙草に火を点けていた。

善太は背中を向けたまま、戸を開いた。
そして出口をくぐり抜ける直前、彼は振り向いた。いつもの、邪気の全く無い明るい笑顔で。

「今まで、ありがとうな。楽しかった」

そして北島善太はこの街を出ていった。

 

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レッドさんの言葉が普段よりかっこいいのは、
彼が喋っている言語がタイ語ではなくタイマフィア語だからです。
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