《7》

 

―――〇月□日、伝言、1件目デス

『…お疲れ様です。ブルーです。話しそびれましたが、モデルの仕事の関係で本日から2週間、有給休暇をとらせていただきました。昨夜貴方に「お前フリーザにそっくりだな」と言われたからではありませんので全く持って気に病む必要はありませんからね? 急で申し訳ないですがそちらのことはよろしくお願いします。』

―――2件目デス

『もしもし〜?イエローだよっ いきなりで悪いけど今日から2週間アメリカ行くんだわ。あ、有給とったよ。別に昨日の夜、グリーンがゲタゲタ笑いながら俺のケツにミドルキックを何度も何度も執拗にくらわせてきたことが原因じゃないから! でも今日飛行機に10時間のるんだよね。ケツが3つに割れたらどうしてくれるチックショウとかグリーンは気にしなくていーからね☆ じゃ、いってきま〜す!』

グリーンは受話器を置くと仕事場のデスクに突っ伏して頭を抱え込んだ。今、彼の思考の5割は自分の酒乱癖への後悔、そしてもう5割では

「なんだろこの偶然……2人とも同じタイミングで出掛けるなんて……しかもレッドは夕べからいなくなったままだし……下手したら2週間ブラックと2人だけ?事件なんて起きたらどーすんのさ…………」

ということを口に出してぐるぐると考えていた。

人には得手不得手というものがある。今のメンバーをよくあるテレビゲームの勇者パーティーに例えるならば、僧侶と魔法使いしかいないようなものだ。万が一、荒くれどもと取っ組み合いの肉弾戦にでもなったらひとたまりもない。
グリーンはそういった事態が2週間起こらぬよう必死で祈った。

相棒グリーンの苦悩をよそに、ブラックは日課であるインターネットのニュースサイトの巡回をしていた。

―――〇〇県で交通事故、軽傷者1人
―――世界異種格闘技大会ついに3日後開催!
―――女優〇〇〇〇記者会見で衝撃告白

Yah〇o!もM〇Nも日経〇ビも大体同じ内容。今日も異常無し、と思っていた矢先、ブラックは1つの記事に目を留めた。
世界じゅうのトップ記事から些細なニュースまで取り上げる娯楽系ニュースサイト。その中の記事の一つがひどく気になった。

―――地球に巨大隕石群迫る!
大気圏で燃え尽きず地表に衝突するとNA〇Aは予測。津波、大規模な地割れ、異常気象による人類滅亡の恐れもあり!アメリカ政府ならびに国連はこの事実を隠蔽。この情報は当サイト記者が極秘で入手したものである

インターネットの情報は玉石混交。特にこのニュースサイトには信憑性の薄い記事が載ることもままある。それでも、何故だかブラックはこの突拍子もない記事が気になった。人類滅亡など信じられない。だが―――…

ブラックは相棒の意見を仰ごうと、デスクに突っ伏すグリーンの肩を軽く叩き、そして顔を上げた彼の肩を引き寄せて自分のデスクに座らせた。

「この記事?…」

グリーンの確認にブラックが頷くと、グリーンは真剣な面立ちで液晶ディスプレイを見つめ始めた。が、ふとした拍子にウィンドウを閉じてしまい、まだ記事を読んでいる途中だったのかグリーンはあたふたした。彼はあまりパソコンと仲良しではない。
なんとか軌道修正しようとマウスを動かすが、無情にも起動中のプログラムは次々に終了し、デスクトップ画面のみになってしまった。

「ご、ごめん…」

グリーンは顔がこわばったまま弱々しく謝った。

気にするな、とブラックは(心の中で)言い、グリーンからマウスを受け取ろうとした。が、グリーンの手はマウスを放さない。硬くマウスを握りしめ、わずかに震えている。
どうした?とブラックは口に出さずに呼びかけるがグリーンは何も言わない。手のみならず肩までもがフルフルと震え、その瞳はディスプレイを凝視している。

「これ…なに?」

ようやく、グリーンは絞り出すように声を出し、ゆっくりとディスプレイを指差した。その人差し指はまだ震えている。
グリーンの問いかけた「これ」とはパソコンのデスクトップの、壁紙のことだった。

ブラックが設定している壁紙は、レンゲの花畑の中に淡いピンクのふんわりしたワンピースを着た女の子が座っている写真。女の子は「メィミ」というハンドルネームのネットアイドルで、この写真は彼女のサイトで壁紙として配布されているのをダウンロードしたものだ。

メィミちゃんは清純派アイドルで、けして目を引くような派手な美しさは無いがその素朴な愛らしさは他のネットアイドルには無い魅力だ。ネットの世界に現れてまだ3ヶ月程度だがファンの数は日ごと増している。かくいう自分もメィミちゃんのファンで、ファンクラブの会員ナンバーはもちろん一桁だ。メィミちゃんの魅力は飾らないところにある。パステルカラーのふわっとしたワンピース姿が多いんだけどそれと同じくらいボーイッシュな衣装も多い。どちらもシンプルな着こなしで、それがメィミちゃんの透明感のある可愛らしさをひきたてている。

………というようなことをブラックは語りたかったが、普段まったく喋らない無精者は、語る代わりにインターネットブラウザを起動させネットアイドル・メィミのオフィシャルサイト『Meimi's Garden』を開き、さらにファンクラブの会員証を合皮の財布から出し誇らしげにグリーンの前に差し出した。

グリーンは会員証を見、それからマウスを動かして『Meimi's Garden』をしばらく閲覧し、そしてもう一度会員証を見るとやおら立ち上がり、

「ブラックのバカぁぁッ!!」

キーボードをひっつかみ、ブラックの顔面目掛け勢いよく振り下ろした。

バキグシャァというなんとも痛そうな音。
ブラックは声にならない悲鳴を上げた。

コツン、コツン、とキーボード本体から剥がれ落ちたキーが床を転がる。
ブラックは驚いたような怯えたような表情で、鼻血を拭うこともせず、茫然とグリーンを見下ろした。
怒った時には顔を紅潮させ涙目になってしまうのがグリーンの癖で、肩で息をする今のグリーンにもそのサインが出ている。

「今日は……もう帰らせてもらいます」

目に涙を溜めたまま呟くようにそう言うと、グリーンは真っ二つに折れ曲がったキーボードをデスクにそっと置いてから逃げ出すように部屋を出ていった。

 

    

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