《12》

 

こぢんまりとした2階建て集合住宅の1階角部屋。

ドアの前で彼は少し立ち止まり、数時間前にシャワーを浴びるついでにブリーチしなおして、金色に近くなってしまった髪の毛をつまみ、息を吐いた。

インターホンを押すとすぐに玄関へ走り寄る足音が聞こえ、次いでドアが開けられた。

「待ってたわよ、帯刀くん」

「どぉも〜」

帯刀右近……イエローは片手を上げ、ブラックの妹・土田輪花にヘラリと笑いかけた。

「遅かったじゃない」

「これでも最高速度で来たんすよ」

言いつつ、イエローは玄関をくぐり、ブラック宅に足を踏み入れた。
イエローにとって2回目のブラック宅は相変わらずメカニカルなジャングルだった。少し違うのは、床のあちこちに書籍や雑誌の類が散らばっていることと、キッチンの床にテーブル(ビールケースの上にベニヤ板を置いただけの超高級品)が置かれ、その上には本に加え紙と筆記用具が散乱していることだった。
前回来たときには唯一片づいていた台所ゾーンがそんな惨状なので、部屋全体がいよいよもって残念なものに見える。

「ごめんなさいね〜散らかってて。帯刀君待ってる間こっちで仕事してたから」

「仕事…て、漫画スか?」

「そう。お陰様で大好評連載中」

輪花は漫画家だ。女性向けの男色漫画というジャンルで、しかも自分の兄とその仕事仲間5人…つまりは なんとかレンジャーの面々をモデルにした漫画が、相当な人気を博しているらしい。
その事実を知った当初の5人は相当ヘコんだり憤ったりしたものだが、輪花がモデル料として何度か焼き肉を奢ってくれたので、もうどうでもいいか、と黙認するようになった。

床に散らばる本を輪花が片付けるのをイエローも手伝っている、と、以前ブラックの寝床で発見した男色系エロ本がいくつも目に入った。

―――あぁ、前に見ちゃったヤツも輪花さんの持ち込んだ漫画の資料だったんか…ごめんブラック。お前その手のシュミのヒトじゃなかったんだね……

一人納得し、心の中で同僚に謝るイエロー。つくづく勝手な男である。

「次回、帯刀くんがモデルのキャラの着替えシーンあるんだけどさ、下着はトランクスでいい?それともボクサータイプ?」

「ああああ〜のさ、連賀…サンは?」

明らかに質問をかわされ輪花はイエローを軽く睨む。
でも分かって欲しい、とイエローは思った。男相手でもその質問はセクハラだ。それに部屋の主であり自分を呼び出した張本人のブラックこと土田連賀の姿が見えないのも気になっている。

「…いや俺はトランクス派ッスけどね」

ちくちく突き刺さってくる視線に根負けしたイエローのこぼすような返答に、輪花は表情一変。見惚れるほどの笑顔になる。
顔の造りはいいのに、性格面で台無しだな、とイエローはため息を吐きたいのを我慢した。

「兄ィなら寝てるわ」

言いつつ輪花は機械類の奥の奥にある押し入れを指した。以前見つけたドラえもん式寝室はジョークで作ったのではなく本当に使用されていることが証明された。

「もう18時間寝っぱなし。丸3日寝てなかったし、ショックもあったみたいで…」

「それなんスけど、電話で言ってたアレ、本当なんですか?……明美が行方不明だって」

輪花は目を伏せ頷いた。

イエローの手から揃えていた雑誌の束が滑り落ち彼の足元に散乱する。

決勝戦の後、控え室で鳴り響いた電話。
それは今目の前にいる輪花からのもので、グリーンこと鳥ノ井明美が失踪したことを伝えるものだった。
手がかりも何も無く、土田兄妹だけではどうすることも出来ないので力を貸して欲しいと言われ、イエローもそう言われずともすぐに駆けつけただろう。
無理に目的地を変更させた実家の特別艇の中でも、グリーンの身を案じ、その一方でこのことが現実でない可能性を祈った。
しかし、今はっきりとグリーンの失踪が現実であることを突きつけられた。

「他の奴らは?北島とか倉石は来てないんスか?!」

「兄ィの携帯のアドレスには帯刀君の番号しかなかったのよ。ごめんなさい」

ブルー(倉石)はプライベートを邪魔されたくないとかで携帯番号はおろか住所すら教えるのを拒否したし、レッド(北島)はそもそも携帯電話を持っていなかったことをイエローはようやく思い出した。

「あ、いや輪花さんは悪くないデスから!いやそれよりも行方不明って、その…なんで?いつ?どこで?」

「落ち着いて。気持ちは…わかるけど。私と兄ィの知ってることは全部話すから」

輪花はイエローに向き直り、なだめるように彼の両肩に手を置いた。
途端にイエローの膝がガクンと崩れ、フローリングと雑誌の上にへたりこんでしまった。
そこでようやく、イエローは自分が不安で、混乱して、ずっと体を強ばらせていたことに気付いた。

 

    

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