《13》

 

輪花が兄の部屋を訪れたのは3日前の夜半だった。
連賀はなにやら元気のない様子だったがそんなことに構っている余裕は輪花にはない。
なにしろ連載漫画の締め切りがギリギリで、普段のアシスタントに来てもらうだけでは間に合いそうになく、実の兄に手伝いを頼みに来たのだから。

連賀が来てくれた(というより引きずってきた)おかげで、今朝方に無事仕事は終わった。
すべては輪花の絵柄そっくりに絵を描くことのできる連賀の功労だろう。

「ホントありがと、兄ィ!」

散らかったデスクに突っ伏す兄に、輪花は感謝の言葉と共に兄の好物の牛乳プリンを差し入れた。

しかし連賀は大好物を目の前にしても動かない。

「兄ィ?」

骨ばった肩を軽く揺するが無言。

「どうしたん?兄ィ…」

兄が喋らないのはいつものことだがこれは異常過ぎると輪花は思い、肩に手をかけ連賀の上体を引き起こした。

「!」

連賀は、泣いていた。

声も無くはらりはらりと涙を零す美形の泣き顔を前に輪花のアシスタントたちや輪花はキャーとなるわけで。

「連賀さん、どうされたんですか?」

「兄ィ、なにかあったん?ウチに話せること?」

皆、親身な言葉をかけつつも連賀の顔面凝視。脳内シャッター切りまくりである。

連賀は自分が泣いていることにようやく気付き、手の甲で無造作に涙を拭った。
そして俯いたまま少しずつ語った。(輪花にしか解読できないくらいムチャクチャな方言で)

親友とケンカした――というか向こうが突然怒り出して自分を殴り、姿を消してそれっきり。メールも電話も何も無いということを。

語り終わり俯き背を丸める兄の手を輪花はむんずと掴んだ。

「みんな、悪いけど今日は解散!」

立ち上がり、アシスタントたちを送り出してから、輪花は兄をひきずるようにして彼の家に向かった―――

 

 

「――で、明美くんの携帯にも自宅にも何度も電話したけどやっぱりつながらないし。明美くんの家、真上なんだね。 行ったけど誰もいなかったし」

「…居留守かも?」

「中も見たわよ。兄ィが合い鍵持ってたから。ていうか兄ィ、合い鍵持ってるってどれだけ仲良しなのよ?!ケンカした、ってナニが原因なのよ?!もう考えただけで萌えるじゃない!!」

「…はー…」

熱暴走する輪花を前に、イエローはシリアスに心配していた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
自分が留守にしている間に事件が起きて、グリーンとブラックの2人だけで戦わざるを得なくてその混乱の中…とか。
どこぞの痴女に誘拐されたとか。
外国のスパイに拉致されたとか。
イエローはリアルに最悪なケースをいくつも想定し覚悟していたのに。
なに?痴情のもつれ?

「痴話喧嘩つったら『実家に帰らせていただきます!』だろ?長野の実家に帰ったんじゃねーの?
あ〜明美は実は妖精なんだよきっと。妖精の国に帰ったんだよ。今頃リンゴのおうちでキノコのイスに座ってパンケーキに花の蜜かけて食べてるよ。夜はチューリップのベッドで寝てるんだよ」

言いつつイエローは立ち上がり…

「明美もあんな見た目だけど大人のオトコなんだからさ〜心配しなくてもいいんじゃね?つーかさ〜」

機械類を掻き分け、イエローは閉ざされた押し入れの前に立ち、

「心配ならまずお前が起きろや!!!」

ズパァン!と良い音を立てて、押し入れの戸を開け放つ。

しかしそこにブラックの姿は見えない。

「ブ…連賀?おい、いるんだろ?」

一発、活でも入れてやろうかと布団が敷かれている上段によじ登り―――

「う、うわああァァァァ!!!」

押し入れの隅。
イエローが目にしたのは、わだかまる闇と共に、在る、人の影。
長い真っ黒な髪は顔を覆い尽くして痩せた肩に滑り落ち、剥き出しの上半身は青白く、骨格が浮き立っている。

イエローはその姿に本能的に恐怖を感じ、悲鳴を上げてしまった。

薄闇の中うずくまる それ はイエローの存在に気付いたかのように首をもたげた。髪の隙間から覗く虚ろな目。

イエローは目一杯後ずさったつもりだったがすぐに壁にぶつかった。
それは這うようにゆっくりとこちらに近づき―――

もう一度、イエローは恐怖の叫び声をあげそうになった、が、

それ はイエローの横を素通りし、押し入れから出ていった。

イエローは長く息を吐いた。

「寝起きの兄ィて、相変わらずバイオハザードのゾンビみたいやなぁ〜」と、輪花がケタケタと笑う声が聞こえてくる。
イエローは押し入れから飛び降りると、風呂場に駆け込み、眠気覚ましのシャワーを浴びるブラックに跳び蹴りを食らわせた。

「ビックリさせんじゃねェェェェ!!」

一応、手加減はした。

 

    

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