《16》

 

ドラリンは自分好みの可愛い姿になったグリーンを頭のてっぺんから爪先まで満足げに見渡す。

「いやぁ買ったはいいがサイズが合わなくて着られない服が役に立って本当に良かった」

もちろん嘘である。

この場にブルーがいたならば「この変態が。世界平和の為に今すぐガス管くわえて元栓開けて下さい」とリアルに恐ろしいツッコミをくれるのだろうが、グリーンはそんなことは思いもしない。
その代わりに彼はまじまじと自分の姿を見下ろし、俯いて小さく呟いた。

「ブラックも、この格好見たら喜ぶのかな…」

ドラリンはソファの上の書籍類をマガジンラックにまとめて放り込み、空いたスペースにグリーンを座らせ、化粧台から大きなドライヤーと柘植のブラシを持ち出した。

「なにか、あったんだね」

水気を含んだグリーンの柔らかい髪を『弱』設定のドライヤーとブラシで乾かしてゆく。
グリーンはその心地よい温風の中、ぽつりぽつりと語り始めた。

女装写真のこと。

架空のアイドルに仕立てあげられたこと。

親友を、怒りに任せて殴ってしまったこと…

「早く、謝りたくて、でも、ブラックどこかいっちゃって、探してるのに、見つからなくて…」

グリーンの瞳に、またも涙がジワリと浮かぶ。

「僕がこんな…チビで…女顔じゃなかったら…こんなことには…っ」

涙が白のレースにポタポタと滲みをつくってゆく。
ドラリンはグリーンに聞こえない大きさの溜め息を吐いた。

―――私ではこんなに明美くんを泣かせることはできないだろうに…全く連賀め ふてぇ野郎だ……

「気にするな、というのは酷かもしれんが」

水分があらかた飛んだので、ドライヤーをoffにし、ドラリンはグリーンの柔らかな髪を梳いてゆく。

「君の容姿はどうすることもできない、だろう?」

グリーンはコクリと頷く。

「ならば苦にしていても辛いだけだ。むしろ利用したほうが有為だし、気を楽に持てる」

グリーンは不思議そうな顔で背後の友人を顧みた。ドラリンはニッと笑ってみせる。

「少女に変装できるのは立派な能力だ。忍法『くノ一の術』だってあるだろう?」

グリーンは少し吹き出した。金髪の外国人の彼女が『忍法』なんてアンバランスなことを言うのが可笑しくて。

「忍法って…」

「友人に忍者がいるんだ。女子大に潜入操作するために変装したんだがな、メイクは完璧だったが身長が180cm近くあったために違和感バリバリだったそうだ」

「あははははっ」

ドラリンのウソのようで妙に現実的な話に、グリーンは声を上げて笑い出した。

「まぁアイツはプロだからな。正体ばれることなく任務はやりおおせたらしいが」

「?」

「普段異性と接触の無い女子大生の中で『おねぇさま』としてモテまくったそうだ」

「うわぁ…」

「『ひどく複雑な気分でござった』と後に忍者は遠い目をして語ったとさ」

めでたし、めでたし とドラリンが締めると、めでたくないですよ〜! とグリーンがすかさずつっこむ。2人はどちらからともなく笑った。

「ドラリンさん」

「ん?」

「ありがとうございました」

改めて頭を下げられ、ドラリンは「よせやい」とふざけたように返答した。

「あーそうそう。明美くんの鞄もずぶ濡れだったから、勝手に中のもの全部出して乾かしちゃったからな」

ドラリンの指差したリビングの隅では、使われている気配の無いコート掛けにグリーンの(食パンについているシールを集めて貰った)トートバッグが逆さに吊られ、その下の床では鞄の中身たちがバスタオルの上できれいに並んで乾くのを待っている。

「で、鞄から食べ物っぽいタッパーでてきたんだが」

「あ……」

ブラックに食べさせようとつくってきた茶碗蒸し。鞄に入れっぱなしのままで走りまわっていたことをグリーンは思い出した。
きっと、中身はフルフルプリンからグッチャグチャシェイクに変貌していることだろう。

捨てて下さい、とグリーンは言おうとしたが、

「うん。美味いな。さすがは明美くん。」

口に出す前に、ドラリンは勝手にタッパーのフタをあけ、モリモリと食べ進んでいた。

「ドラリンさんっ?!」

「これ食べたら一緒に連賀探しに行こうか。なに、礼なんて、冷蔵庫にあるものでもう2、3品つくってくれるだけで十分さ!」

グリーンは、この風変わりな所はあるが本当に、本当に優しい友人に感謝した。

「はい!」

グリーンはエプロンを借り、キッチンに立った。
ここ最近ずっと冷たく固まって身動きがとれなくなっていた心が、暖かく溶けてゆくのを感じながら。

 

「中野ブロードウェイにも新宿紀伊国屋分館にもいなかったか…」
一風呂浴び、タオルで髪を乾かしつつドラリンはバスルーム横の脱衣所で一人ごちた。
日が暮れても2時間ほど粘ったのだが結局、ブラックは見つからなかった。

「ケータイもメールも自宅電話もつながらない。GPSも反応無し……アイツ、この間つくってやった特殊防護ジャケット着てんだな。電波が全然入りゃしねぇ。
あとは防衛庁の衛星探査システム使うか…いやそれは公私混同になるしな…」

ちなみにちょうどこの頃、ブラックは妹の漫画原稿を手伝っており、締め切りに間に合うかどうかのデッドヒート中だが、そんなことはグリーンもドラリンも知る由もない。
見当違いの捜索の後、2人はドラリンのマンションに戻ってきた。グリーンは自宅に帰ると言ったが、このまま彼を一人帰すのが心配で、ドラリンが無理に泊まらせたのだ。

「明美くん、風呂先に失礼したぞ」

次はいるだろ? とリビングにいるグリーンに脱衣所から呼びかけるが返答が無い。
不思議に思いつつリビングへ向かうと、グリーンはソファの上で眠っていた。

「…そうだよな 朝からずっと、探してたんだよな」

丸く縮こまって眠るその寝顔がやつれて見えて、ドラリンは本日何度目かのブラックへの悪口を呟く。

「どこいったんだよ、あの馬鹿は……」

濡れた金色の髪をタオルでまとめてから、ドラリンはグリーンを起こさないようにそっと抱きかかえ寝室まで運んだ。
キングサイズのベッドに不釣り合いな小さい体を寝かせ、シルクのシーツをかけてやる。
と、電話が鳴り、ドラリンは慌てて寝室にある子機の通話をONにした。

「ああ、私だ。……そうか。では当初の予定通りに。……では、明日」

二言三言交わして切り、ベッドを見下ろす。
幸いにもグリーンは突然の着信音にも気づかず整った寝息をたてている。
ドラリンは安堵し、ベッドの端に腰掛け友人の寝顔を見下ろした。

「ごめんな。こんなことしかしてやれなくて…」

ドラリンの呟きが聞こえたのか、グリーンは少し瞼をふるわせた。

「…ん……」

唇の端から声が漏れる。
無防備な、寝顔。


………か

か わ い いィィィイ!!

ドラリンの思考回路はたちどころに熱暴走を起こした。

―ほっぺたツンツンしたい!髪の毛ワシャワシャしたい!うぎゃーもぉ かわいすぎ!超かわいい!!

そんなこんなで子犬やハムスターを愛でるかのようにグリーンの寝顔を風呂上がりの格好のまま髪も乾かさずアホのように延々と眺めていたドラリンは翌朝カゼをひきましたとさ。めでたしめでたし。

 

    

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