《17》

 

翌朝、グリーンは目を覚ますと、見上げる天井が普段と違うことに一瞬驚いてから、昨日のことを思い出し息を吐いた。
そしてサイドボードの上の電波時計が正午を告げているのを見、もっと驚いた。

「やばっ」

慌ててベッドから跳ね起き、寝室を出る。
リビングにはドラリンの影は無く、代わりに書き置きがダイニングテーブルの上にあった。

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おはよう明美くん!
私はちょっと出掛けるけれど好きなだけいていいからな。
ドアはオートロックだから鍵の心配はしないでいい。入る時は管理人に言えば大丈夫だから。
じゃ、いってきま〜す☆
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「すっっっごい、迷惑かけちゃったよ…」

そして、これ以上世話になるわけにはいかない。
グリーンは一晩経ってきれいに乾いた鞄の中に中身を詰め込み、急いでドラリンの家を出た。
彼女からの手紙の余白に「お世話になりました。ありがとうございます」と書き添えてから。

今更出勤する気にはなれず、かといって自宅に戻る気にもなんとなくなれず、グリーンは駅の切符売り場で立ち往生した。

「そういえば…バキ葉原はまだ探してなかったっけ」

今、ブラックを探し出せないと負けた気分になる気がして。
グリーンはバキ秋葉原までの切符を購入した―――

―――グリーンがそのことに気付いたのは、電車を降り、バキ葉原の改札を出て、しばらくしてからだった。

「服…着っぱなしだった……」

白い、フェミニンなワンピースを。

いままでそれに気づかなかったのが不思議というかそれ程に心の余裕がなかったというか。
もう一度電車に乗ってドラリンの家へ行くか?グリーンは努めて冷静な目で駅前に停車した車のウィンドウに映った己を見、それから自分の足元を見下ろした。

…スニーカーだけど、コンバースのレディースものだし(自虐)…うん、ちょっとカジュアルってことでいける!

その間10秒。グリーンはそのままの姿でバキ葉原を歩くことにした。

「くノ一の術…実践?」

半ばヤケクソなのかもしれないが、ドラリンのアドバイスのように気持ちを切り換えれば、何かが変わるかもしれないと思ったのだ。

気持ちを新たにし、女の子っぽい歩き方を心がけつつ、足を運ぶ。
と、
すれ違いざまに大きな鞄を背負った男がぶつかってきた。グリーンは一瞬、痺れを感じ、次の瞬間に意識は暗転していた。

 

 

「ブラック、スタンガン予備持ってる〜?俺のヤツ、飛行機乗ったから、いつものカバンからだしちゃったんだよね。
あ、どぉも〜 あー…やっぱ予備のだから電力弱いな。ま・いっか!今回一般人相手だから半殺しで止めないかんしね〜」

ブラックのジャケットは あ る 権力者に作ってもらった特別製で、防弾・防刃はもちろんのこと、あらゆる電波を通さない。そして内側には拳銃をはじめとして催涙弾やスタンガンなどを収納できるムーバブル武器庫なのだ。

グリーンに遅れること4時間。
バキ葉原に到着したイエローとブラックは雑居ビルの並ぶ路地裏で、あまりにも物騒すぎる装備を整えていた。
とはいっても今回の敵(?)はおそらく凶悪犯ではない。
ブラックは愛用の拳銃から実弾を抜き取り、特殊ゴム弾を装填した。そしていつでも発砲できるようホルスターをTシャツの上に装着し、その上から再びジャケットを着込む。

イエローはブラックの普段は使わない予備スタンガンを無造作に尻ポケットに突っ込み、入れ違いに出掛けに走り書きしたメモを取り出した。

「やっぱそのオフ会?に侵入すんのが手っ取り早いよな。
ブラック、会場どこかわかる〜? 俺あんましココ来たことないんだよね」

イエローから渡されたメモに少し目を走らせ、ブラックは歩き出した。その迷いのない足取りからバキ葉原は彼の庭であることが伺える。

ブラックの後について歩いていると、道行く人の5割強がブラックに会釈し、1割強が有名人を見たようなリアクションをすることにイエローは気づいた。
不思議に思っていると、

「cronoさんじゃないですか!どうも、お疲れ様です」

表通りに戻ったところで、大きなリュックサック(なんかポスターがはみ出してる)を背負った男が、2人…というよりはブラックに話し掛けてきた。ブラックは会釈をしてそれに応える。

「芽戯堂にレアモノ入ってましたよ。行きました?そういえば、昨夜のスレですけれど…」

そのまま洪水のようににしゃべりかけてくる彼にイエローは首を傾げ、

「知り合い?」

問われたブラックは軽く頷き、代わりに男が答えた。

「あっ、申し遅れました。わたくし、ハンドルネーム『雷弥』といいましてcronoさんとは仲良くさせていただいてる者です〜」

「crono、さん?」

イエローがキョトンとした顔をすると、雷弥と名乗った男は一気にまくし立てた。

「ご存知ない?!ユーザー数1億を超えるネットワークゲームの開発者にして運営者、それがあなたの隣りにいるcronoさん・別名『ネットの創造主crono』!知る人ぞ知る(オタク界の)有名人ですよ!!」

「あー…そーなんスか」

「ところで貴殿はどちらで?この町では見かけないような」

「あー… この人の、同僚ッス」

「あっ、もしかしてその茶髪は…cronoさんのブログ、あ、こっちも1日に一万アクセスの超人気ブログなんですけどね、に、よくでてくる『カレー大好きヤンキー』ですか?! わぁ感激だな、本人に会えるなんて!」

雷弥はイエローに一方的に握手を求めると、満足したのかこれまた一方的に立ち去っていった。

イエローは雷弥に握手を介して生命力を奪われたように茫然と立ち尽くしていたが、おもむろに隣りに立つブラックの肩をガッと掴んだ。

「その…ブログ?すごい気になるな☆ あとでアドレス教えてくんない?
あとさ〜茶髪イコール不良?ヤンキー?みたいな発想て古いと思うんだわ。まぁ俺 中卒だけどさぁ」

イエローは、笑顔だったが。

ブラックは初めて体験する類の恐怖にガクガク震えたのだった。

 

    

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