《20》
全力疾走でライブハウスを出て、2ブロック先の裏路地に入ったところで3人は足を止め、変身前の姿に戻った。
「こっ…このへんまでくれば……あ〜〜つっかれたぁぁぁ〜…」
イエローは手を膝について大きく息を吐いた。
「つか、グリーンすげぇ!あんなヤバい時にあんな度胸出せるなんてさ!」
イエローの感嘆の言葉に、横で呼吸を整えているブラックも賛同するように頷いた。
「あ、あれはもお、夢中で…」
照れくさそうに賛辞を打ち消すグリーンの膝が急に折れ、地面にへたり込んでしまいそうになるのをブラックが間一髪で抱きとめた。
「…今になって、腰、抜けちゃった……」
困ったようにグリーンは笑み、そして表情を引き締めた。
「でも、あの言葉は本心なんだ。隕石群のニュースは僕もブラックも見たよ。それが本当なのか調べないといけないし、本当なら、なんとかしなくちゃ。誰も、死なせたくないもの」
それは優しくて勇敢な、彼らしい決意の言葉だったけれど。
グリーンの声と体が僅かに震えているのを感じ取ったブラックは、グリーンの膝の裏に右腕を差し入れ、左腕で背中を支えるようにして抱きかかえた。
「ちょ、ブラック…!」
「おぉ、『姫だっこ』だ!すげー似合う!」
「イエローまでそんなこと…!」
「いやだってファッションもさ、白のかわいらし〜ワンピだし?あれソレ誰に着せられたん?あの誘拐犯?もぅ一発シメとくべきだった?」
「あ、いやこれは……イメチェン?」
「イメチェン?!」
さすがに友人(ロリショタ系偏執狂)に着せられたとは言いにくい。
特にイエロー、とブルーは以前からドラリンを「痴女」呼ばわりしていて、さりげなく仲が悪い。この衣装が彼女のしつらえたものだとバレれば、自分を間に挟んでの正面衝突は避けられないだろう。
「い、イエローだって、なんか…髪、そんなに明るい色だっけ?」
「いやこれも…イメチェン?」
日本に帰る前に大会会場のシャワールームで黒く染めた髪を脱色し直したら、色を抜きすぎて金髪に近くなってしまったのだが。彼らが知らないのなら隠しておきたい。格闘技の世界大会に出る際に双子の兄と同じ髪型に変えて、そして世界最強になったことなど。
「それよかさ!グリーン、見た感じ手ぶらだけど、財布とかケータイとか盗られたまんま?だったら俺取り返してくるよ!」
「え?いいよ自分で…」
行くから、と言おうとしたが、グリーンの足は震えてばかりで動かない。
「ブラックはココじゃ超有名人らしーからさ、一人でパパッて行ってくんよ!だいじょーぶ!どーせあのライブハウスの控え室にあるっぽいし、俺みたいな髪型のヤツはこの街じゃヤンキーとみなされるらしーからさ、誰もよって来ないよ!」
じゃ、ここで待っててネ〜☆ と言い残し、イエローは向かいの路地に消えた。すれ違い様に、「しっかりキメろよ」と言わんばかりにブラックの背中を軽く二度叩いて。
「……。」
しばらくの間、残された2人はイエローの行った先を眺め、そして互いの目線がかち合った。
ブラックはグリーンをいわゆる「お姫様だっこ」したまま壁に背を預け、そして力が抜けたようにズルズルとしゃがみ込んだ。
「あっ… 重い、よね? ごめんすぐどくから」
慌てて立ち上がろうとするグリーンを、ブラックは長い両腕で自分の胸元に繋ぎとめた。
グリーンは少しだけ抗った後、大人しく体重を親友に預ける。
「ずっと、探してたんだよ。」
ブラックは、何も言わずに頷いた。
「ブラックも、僕を探してたの?」
もう一度、頷く。
「………あの時…いきなり殴って、ごめん」
ずっと、この言葉を伝えたくて、ずっと探していた。
ブラックはその切れ長の目でグリーンをじっと見つめ、そしてジャケットの内側からスタンガンと、数枚の紙片を取り出した。
それは、『メィミファンクラブ』の会員証と、プリンター出力したメィミの写真。
ブラックはスタンガンの火花でそれらに火をつけると、アスファルトの路面に放り捨てた。
紙たちはみるみるうちに炎につつまれ黒く焦げてゆく。
「メィミの写真、見てる時より、グリーンに会えた時の方が、嬉しかった。」
ブラックの声は低くて小さくて掠れていて、聞き取りにくい。グリーンはいつも耳をすましてそれを聴いていた。
「ごめん」
低くて小さくて掠れた声。
「…うん」
2人は小さな紙きれたちが白い灰になってゆくのを静かに眺めた。