《24》

 

イエロー、グリーン、ブラック、そしてブルーが迎えのヘリに乗り込み、そして話は数日前にさかのぼる。

なんとかレッド・北島善太は細い路地を歩いていた。
道に面するのは非合法の露店、昼日中にもかかわらず客引きをする娼婦、貧しい人々の住まい。
ここは日本ではない。タイ国の都心部、の裏側だ。

この街に善太が初めて訪れたのは10年程前のことだった。
幼い頃から冒険家の父に連れられて世界中を旅していて、立ち寄った場所のひとつであり、親友と初恋の人に出逢った場所でもあった。

「変わったな…」

善太は眉をひそめ呟いた。
15才の時に日本へ帰国し、数年後ここに戻って来たときも、同じ呟きをした気がする。
その時は、この街、いやこの国の裏側を動かす組織のトップが死に、残された者達が権力を奪い合っていた。善太は、死んだ元トップの息子である親友に加勢した。

そして―――善太の親友はタイマフィアのボスとなった。

「お兄さん、クスリ買わない?」

若い男が、道の端にあぐらをかいたまま善太を呼び止めた。

「気持ちイイし強くなれるよ」

男はまだ少年の気配の残る顔をしているが、商品に自身も依存しているのだろう、頬がこけ、眼がせわしなく動き定まらない。

善太は男の前にしゃがみ込み目線を合わせた。

「売るようになったのは最近か?」

「え、はい」

「普段、誰に売っている?」

「欲しいって言われりゃ誰にだって売るよ」

「お前の上司は誰だ?」

善太と問答を交わすうちに、男の顔色は次第に青白くなっていった。
善太の中で怒りが膨らんでいくのを本能的に感じ、恐怖しているのだ。

「お前の、上司は、誰だ?」

怯えて声が出なくなった男に、善太はゆっくりと質問を繰り返した。

「俺ですが、何か?」

頭上からの声に善太は顔を上げて振り向いた。
銀のネックレスを胸元にじゃらつかせた30近い男が善太の背後に回り、不穏な目つきで見下ろしていたが、善太の顔を見た途端にその表情は畏怖の念をはらんだものに変わった。

「ぜ、ゼンさんじゃないですか!いつお戻りで?!」

「今朝方に。調子はどうだ?」

「え、まぁそれなりです」

「最近は客層を広げたみたいだな。……ボスの指示か?」

銀ネックレスの男は視線を一瞬地に落とし、しかしすぐに善太の目に視線を戻した。

「そうですよ。俺達はボスの命令しか聞きません。それがどんな命令であっても」

「そうか」

善太はずっと吊り上げていた目尻を少し下げた。銀ネックレスの男も口の端を少しだけ緩める。

「ボスに会われるのでしょう?案内しましょうか」

「いや、いい。じゃあな」

善太が立ち去り、一部始終を目の前に言葉を失っていた売人の若い男はようやく息を吐いた。

「あの、今の……方、は一体」

何者なのか、と問う代わりに彼はつばを飲み込んだ。背中は冷や汗でぐっしょりと湿っている。

一見ただの日本人なのに、まるで野生の虎のような迫力だった。
それに、いつも揺るがず偉そうに構えている上司が、敬意を払っているのだから。

「あの方は、『ゼン』。この国のマフィアを統合しボスがトップの座につくことが出来たのはゼンさんがいたからだ」

「あの人が?!……あの人が、200人はいる本拠地に単身乗り込んでサウスファミリーを壊滅させた『ゼン』なんですか?!」

「そうだ。ボスを庇って10丁のマシンガンで撃たれても死ななかったゼンさんだ」

「ただの伝説かと思ってました…」

若い男は善太の向かった先の表通りを見つめた。その瞳は久しく光を取り戻しヒーローを見つめる子供のように輝いていた。

 

    

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