《27》
隊長含む24名は空になった弾倉を再装填し突入した。
室内は銃撃により巻き上げられた粉塵が充満していたが、防護マスクを装着しているので支障はない。
いまだ不透明な視界の中。テーブルとおぼしき物が突然跳ね、人影が2つ見えた―――時には遅かった。
「お前らの狙いはどっちだ?」
ヤーマが隊長の眉間にナイフを突きつけ、善太はその逞しい右腕を隊長の首に巻き付け、喋れる程度に加減しつつ締め上げていた。
「貴様っ その手を離せ!」
兵士の一人が善太に銃口を突きつけたが、善太は気にも留めず、隊長を拘束する腕に力を込めた。
「うっ……ぐぁっ」
隊長の漏らした悲鳴に兵士達はうろたえ、そしてヤーマと善太は彼らに恐ろしく鋭い視線を浴びせた。
「お前らの、狙いは、どっちだ?」
ヤーマの声に兵士達は震え上がり言葉をなくした。
「わ、我々は、北島 善太、を…迎えに、来た」
首の骨が軋む音に混ざって、隊長の微かな声が質問に答えた。
「迎えるにしては手荒すぎないか?」
「ヤーマには、用は無いんだな?」
善太は締め上げる腕を緩め、ヤーマと自分の問いに答えるよう隊長を促した。
「貴様は機銃掃射程度では死なないと聞いている」
その言葉が合図だった。
兵士は自動小銃をヤーマに向け、一斉に撃った。
隊長が善太の緩んだ腕から抜け出すのと、善太が隊長を打ち捨てヤーマを庇ったのはほぼ同時で、舞い上がる粉塵と硝煙と発砲音の中、善太の血液のみが飛び散った。
「ゼン!」
体中に銃弾を受け膝をついた善太に、無傷のヤーマが駆け寄る。それを隊長は無慈悲な表情で見下ろした。
「タイマフィア元締め ヴァシュール・ヤーマーン、最近は随分と強引に活動しているらしいな。北島の捕獲のついでに始末して欲しいと、タイ政府から懸賞金付きで頼まれている」
ヤーマの側頭部に銃口が押し当てられる。彼は血まみれのまま動かない親友を見下ろし、息を吐いた。
―――ゼンをこんなにさせてまで生きる意味は、無い。
ヤーマは腕をだらりと下げ、善太から数歩離れると俯いたまま呟いた。
「いいよ。殺りな。その代わり、ゼンをこれ以上……」
そこで言葉が途切れた。
満身創痍の善太が、ヤーマに銃を突きつけていた兵士に飛びかかり、その銃身をひん曲げたのだから。
「ちょっと休んだら元気になった!」
そのまま奪った銃で兵士を3人ほど殴り倒す。
「ヤーマ!」
右ストレートを兵士の防護マスクをつけた顔面にめりこませ、左腕で兵士の首を掴んで腹を蹴り上げながら、善太は親友の名を呼んだ。
「早く逃げろ! 兄貴と戦うんだろ?!」
ヤーマは数秒呆けていたことに気づき、ようやく我にかえった。
窓を開けてサッシに足をかけ、そして少しだけ振り返る。
「下の階のヤツらの仇、討っとくから安心して行ってこい!」
銃創だらけの背中で、善太は振り向く暇もなくヤーマに呼びかけた。
「お前こそ…」
ヤーマは窓枠を蹴った。
「死ぬんじゃねぇぞ!!」
事務所に、戦場に留まり彼と共に戦うことはできなかった。
自分は、たとえ一瞬でも、生きることを諦めてしまったから。
ヤーマは自分への苛立ちと情けなさにギリ、と奥歯を噛み締めた。あのまま戦いに参加してもゼンの足を引っ張るだけだろう。ゼンは絶対に、己を犠牲にしてでも自分を庇うに違いない。そのようなことは、あってはならない。
ヤーマは露天のドライフルーツ屋の分厚い天蓋の上で一度バウンドし、落下の勢いを殺してからアスファルトに着地した。
―――戦場から逃げ出した自分に、出来ることは……
「ファミリーを全員集合させろ!」
空から降ってきたボスを見、驚き駆け寄った部下数名に、ヤーマはタイマフィア最大権力者の威厳をもってして命令した。
「本部ビルが襲撃に遭っている。取り囲み、ゼンを救出する!!」
屋外から聞こえる喧騒が次第に大きくなっている、ことだけが隊長の焦燥感をつのらせているのではなかった。
勿論それも心を乱す一因ではあったがそれよりも、目の前のターゲット、北島善太が、あまりにも強いのだ。
何十発も銃弾を浴びているはずなのに、よろめきもしない。血まみれの体で、既に部下の過半数が気絶させられている。……今、また1人、壁に叩きつけられ動かなくなった。
「……潮時でござるな」
突然耳元に声が響き、隊長の背中は一気に冷や汗で濡れた。
「梟殿?!」
善太の動きに注意しつつ周囲を見渡すが、声の主、『梟』の姿は見当たらない。
「この場は拙者に任せ、兵を引くでござる」
「ですが……」
「これ以上戦っていてもこちらの被害が増えるのみ。それに、ヤーマーンが部下を呼び、この建物を囲み始めたでござる。隊長たちには退路の確保をしていただきたい」
「……了解」
隊長は震える手で部下達へ『退却』のサインを出した。
梟に全てを任せての退避命令を。
自分たちは役に立たなかったのだ。どのような処分を下されてもおかしくはない。
「隊長殿」
「っは!」
隊長の声は恐怖と緊張で震えだしていた。
「退路の確保の際には、人命を何よりも優先されよ。マフィア達と無理に戦う必要はない。けして深追いせず、無事に退却するでござるよ」
隊長は一瞬、梟の言葉の意味を飲み込みかねた。
梟たち『天狗』は国直属の傭兵集団で、しがない自衛隊の自分たちとは位も力も、桁違いの存在だ。
『天狗』は裏の世界に生きる戦いのエキスパート。人の心を持たない冷酷非情の殺戮機械だと、噂に聞いていた、はずだったが。
「………はっ!」
隊長は不確かな噂を鵜呑みにしていた己を恥じ、梟に本心からの敬礼を捧げた。
「どーした?もう終わりか?」
17人目を殴り倒し、善太は目元を流れる血を拭った。クリアになった視界の中で、倒れていない兵士たちが後ろへ退き始め、善太は彼らを追おうとした。が、突如として一人分の影が善太の前に現れて彼の進路を阻んだ。
「これより先は拙者が相手つかまつる」
鋭い目でそう言い放った人影は――黒の小袖と袴、鎖かたびらに革の足甲と籠手。顔は額の鉢金と鼻の上までを覆う覆面で目以外は隠れている――というトラディショナルな姿をしており、
「忍者だ!!」
特撮ヒーローや時代劇が大好きな善太は嬉しそうな声をあげた。