《28》

 

「忍者!すげぇ!本物だ!!」

日光江戸村か太秦映画村くらいにしか生息していなさそうな黒装束を目の当たりにし興奮する善太に忍者―――もとい梟は容赦なく棒手裏剣を投げつけた。

「うぉあ?! そうだった敵なんだった! 一瞬忘れてた!」

善太は次々と飛来する手裏剣を避けながら一気に間合いをつめ、梟に右拳を振りかぶる、が梟は紙一重でそれを避けると常人ではあり得ない跳躍力でもって距離を取った。

「やはり一筋縄ではゆかぬでござるな……」

梟は善太と対峙したまま両手で素早く印を組む。
善太はその複雑な動きを訝しみ、拳をつくり構えた。

―――我流・影分身ノ術!

梟が横方向へ走った、と善太が視認した次の瞬間、善太は 7 人 の 梟 に取り囲まれていた。

「なんだコレ!?」

善太が驚いている間にも7人の梟は手裏剣を投げてくる。さすがの善太も全方位からの射撃には対応出来ず、数本の鉄の棒が彼の体に刺さり新たな血の流れをつくった。

「人数増えるなんて……さすが忍者だな! でも1人づつ倒していけばいいだけだ!!」

オレ頭いい!!と、もしも同僚のブルーに聞かれたならば即「気のせいですよ」と否定されそうな自画自賛をしながら善太は梟の1人に殴りかかったが、彼の渾身の力を込めた鉄拳は梟の体をすり抜け、善太はもんどりうって床に倒れ込んでしまった。
そこに再び手裏剣が投げつけられ、善太の背や臑に突き刺さる。

「それは残像……拙者は高速で移動している故、複数に見えるでござる。即ち拙者の動きを見切れぬ限り攻撃は不可能…でござる」

7人の梟が一斉にしゃべったような声に、善太は口の端を上げて応えた。

「そうかぁ」

ゆっくりと立ち上がった善太は、笑っていた。

体中から血を滴らせ、血にまみれた顔の中で、両目と白い歯だけが爛々と光っている。
その姿に梟は知らず知らずのうちに総毛立っていた。

―――この男、本当に何者……?

「……痛くないのでござるか?」

無数の銃弾を浴び、手裏剣を体のあちこちに突き立てられ、大量の血液を流し、常人ならばいつ命を落としてもおかしくないというのに。何故、この男は立っていられる?

「……痛ぇよ。少し気を抜いただけで倒れそうだ」

善太は声を立てて笑った。乾いた声とともにヒュウヒュウ、と喉から空気が漏れる。

「でも、そんなワケにいかない。オレが負けたらヤーマがやられる。だから、頑張ってんだよ」

「お主……」

一瞬、目の前の男の言葉に梟の心は揺らぎ、彼は走ることを忘れた。6つの残像が本人と重なる。
その隙を善太は見逃さなかった。血を撒き散らしながらも右拳を梟の鳩尾に叩き込む。黒い忍者は蛙が鳴くような声を覆面の間から漏らし、宙を舞った。

「……師匠らと金獅子以外に拙者を殴ったのは、お主が初めてでござるよ」

3メートル吹っ飛ばされたところでようやく体勢を立て直し、梟は覆面の下の口元に手をやった。

「……北島善太。」

梟はいつの間にか笑んでいた。喜んでいるのだ。この男と合いまみえたことを、体が。

「そなたのような本物の戦士に名乗らぬは失礼に値するというもの……。拙者は御空加々見流裏衆『天狗』が一人、梟。」

善太は両足を踏みしめて構ようとした。梟が喋ってくれたのは幸運だった。お陰で少しでも休んで体力を回復させることができた、と善太は思っていた。

「ならびに御空加々見流本家長男にして次期当主・三森信乃と申す。」

が、うまく立つことが出来ない。膝が笑い、力が抜け落ちるばかりだった。

「この名、覚えられよ。次に会う時には―…」

梟の声が止まった、と同時に彼の姿がかき消える。善太は血で霞む視界を必死に凝らし黒装束の姿を探した。

―――御空加々見流・裏奥義『閑雨』

梟は善太の背後に瞬間的に移動し、彼の背の中心を両手全ての指で突いた。

裏奥義『閑雨』。10の指の圧は背骨とその中を通る神経にまで達し体全体を麻痺させ動きを封じる。
物質破壊を目的とした武術・空加々見流の中では稀な制止を目的とした技で、善太の体は痙攣を起こすこともなく床に崩れ落ちた。

梟は善太の傍らに屈み、彼の眼を覗き込む。
うっすらとしか開いていないが、瞼の隙間から覗く瞳は未だ闘う意志を捨てることなく燃えている。

「やら……れ…ねぇ……よ……」

ほとんど動かなくなった善太の唇から微かな声が漏れる。
梟は善太の頸動脈に棒手裏剣をもう1本突き刺した。彼の口から血の塊が吹き出る。

「……次に会う時には、細工無しの勝負をしたいでござるよ……」

善太がようやく気を失ったのを見届けると、梟は息を僅かに吐いて無線機を懐から取り出した。

「隊長殿。ターゲットの北島善太を捕獲。そちらに合流するでござる」

―――長くかかったでござる…

無線の通信を切りもう一度息を吐くと、今度は携帯電話を取り出しダイヤルを回す。
電話の相手は1、2コール経たないうちに出てくれた。

「……左近でござるか? こちらは片付いたでござる」

電話口の向こうの返答が返る前に、突然部屋の鉄製の戸が乱暴に開け放たれた。

「ゼン、助けにきたぞ!!」

ヤーマが部下を従え戻ってきたのだ。

『信乃、どうした?』

電話の向こうにもヤーマの声が届いたのか心配そうに呼びかけられる、が、梟自身は全く慌てた様子もなくヤーマ達に背を向けたまま振り返りもしない。

「案ずることは無いでござる」

梟は電話の向こうにのんびりと告げる。
ヤーマ達は梟目掛けて室内に突入した、が、1メートルも走らないうちに皆ふらつき、気を失ってしまった。

梟は武装歩兵小隊と共にこの部屋に突入したときから既に、霧状の麻酔薬の散布を始めていた。今この部屋には、防護マスクがなければ1分と経たずに筋肉を弛緩させ意識を失わせる薬品が充満しているのだ。

―――やはり北島は常人ではない

タイマフィア達が次々と倒れるのを見届け、梟は足元に倒れる血にまみれた男に戦慄した。
手裏剣にも念のために弛緩剤を塗っていた。
こちらも体内に侵入してすぐに同様の効果が現れる筈だったのだが、善太には散布薬も手裏剣の麻酔もなかなか効かず、最後には奥義を使う羽目になってしまった。

『――信乃?』

電話の向こうの不安げな声に、梟は意識を善太から電話の相手に戻した。

「……失礼いたした。こちらはお主などいなくとも容易に任務を終えられた、と伝えてくれぬか?」

『天狗最強の怪物『金獅子』にか?』

「左様。お主の弟で拙者の従兄弟の、帯刀右近に。」

通話を切り携帯電話をしまうと、梟は善太の腕を自分の肩に回し、担ぎ上げた。
途端、先ほど善太に殴られた辺りに痛みが走り、梟は防護マスクを内蔵した覆面の下で顔をしかめる。

―――拙者一人では無謀でござったか。この男とまともに闘り合えるのは『金獅子』くらい……

梟は頭を振り己の思考をかき消した。

「……右近をこれ以上戦場に招くわけにはいかない」

 

    

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