《29》

 

「……で、フランスパンを3センチ角に切ったものをピックに刺して鍋のカレーに浸して食べるんスよ。あああ、もぉ最ッ高ォ〜〜!! カレーフォンデュ食いてぇぇえぇ!!」

迎えのヘリの座席の中でイエローはジタバタと身悶えし、横に座るグリーンはそれに苦笑いで相づちを打っていた。

「イエロー、もしかして最近カレー食べてないの?」

「あー ウン、最後に食べたの日本に帰る飛行機の中だから、もう12時間くらい食ってないな〜」

やっぱカレーを9時間以上欠かすとヤバいね。生命活動の危機に陥るね! と己のカレー中毒っぷりをあたかも世界の常識のように語るイエローに、グリーンは最早どうツッコんでいいのか分からず、やはり苦笑いを浮かべるしかなかった。

イエロー、グリーン、ブラックの3人は今、ドラリンの電話での言葉通りにバキ葉原の裏路地まで迎えに来たヘリに乗って移動している最中だ。
困ったことには、ヘリの操縦席には人工頭脳が収まっているだけで、会話は不可能。かなり上空を飛んでいるらしく携帯電話も使えない、ので、行き先が未だにさっぱり分からないままなのである。

色々な要因で溜め息をこぼしたグリーンの肩を、前方部座席に座るブラックの長い腕が優しく叩き、窓の外を指差した。
それに従い窓に目を移したグリーンは、目の前に広がる光景に言葉を失った。

ヘリの窓から眺める雲の上の空はオレンジから青緑、藍へと変化を始め、海のように波打つ雲の流れを複雑に照らしている。

今後何が起こるのか予測できない不安を上空3000メートルの夕陽が少しだけ軽くしてくれたようだとグリーンは思った。

「おわ〜。何度見てもやっぱ空の上の夕焼けは格別やね」

グリーンの横でイエローも同様に景色を眺め、呟いた。
その言葉は、彼が頻繁に『旅』をしていることを物語っている。

彼は時たま、数日から数週間ほど仕事を休む。
先日のように有給休暇を取ることもあれば、何も告げずに突然いなくなることも多い。

「……そうだね」

しかしグリーンをはじめ、なんとかレンジャーの同僚たちは、イエローが不意に姿を消した数日の間どこで何をしているのかを知らない。

「イエロー、今回有休とったのって、何だったの?」

イエローの笑顔が少しこわばった、ようにグリーンは感じた。

「……えーっとぉー、」

過去に一度、無断欠勤をブルーが咎めた時も、謝りはしたが理由については「食材ハンター」とか「特級厨師になるための修行」とかなんとかでごまかされてそれきりで、皆、今更詮索する気も失せている、のだが。

「あ、その、いいんだ。どこ行って何してたか、とかは。そうじゃなくて……」

慌てて言い繕うグリーンをイエローは不思議そうに見る。

「うん?」

「僕がいなくなったって、ブラックから連絡あったから心配して来てくれた、って聞いたから。
来てくれて、心配してくれてすごく嬉しかったけど、用事の方は大丈夫だったの?」

申し訳なさそうに見上げるグリーンをイエローは驚いたような目で見、間をおいて彼の頭をワシワシと犬にでもするように豪快になでた。

「……なっ?! ちょっと、やめてよ!」

グリーンに手を振り払われたイエローはいつも通りの笑顔を浮かべていた。

「だーいじょーぶだって! 俺がいなくても平気だったって、ちゃんと連絡きたから!!」

「本当に?」

「ほんとーに!だから、心配してくれてありがとね☆」

「ううん。こっちこそ、ありがとう」

オレンジの陽光に照らされながら、2人は顔を見合わせ、安心したように笑いあった。

 

 

ヘリが着陸したのはそれから1時間弱後のことだった。
紺の夜闇の中に浮かび上がった四角形の白熱色にヘリは減速して飛び込み、3人の視界は一瞬真っ白になった。

エンジン音が止み、機体が完全に停止する頃には眩んだ視力も回復していたので、3人はヘリから降り周囲を見渡した。

「うぉわ〜…」

無意識に漏らしたイエローの声が広い空間に反響する。
都心の立体駐車場にも似ているが天井はもっと高い。

「なんか……『スターウォーズ』に出てくる基地みたいだね」

言ってからグリーンはそんなわけないけど、と恥ずかしそうに笑ったが、その言葉の通りに、この空間はまるで近未来映画に出てくる宇宙船の格納庫に似ている。

「つかさ、ドラリンさんは、いないのかね〜?」

人のこと呼び出しておいてさ、というイエローの不満げな声に

「突然呼び立てて、すまなかったな」

予想外の返答があったので、3人は驚き、声のした柱の陰に視線を集めた。

太い柱だと思っていたのはどうやらエレベーターだったようで、人影が4つ、柱にあいたドアから出、真っ直ぐに3人へ歩み寄ってきた。

「明仁兄ちゃん!清一兄ちゃん!」

「ピンクさん!……と、……」

「……。」

イエローとグリーン(ブラックは無言だった)が嬉しそうに名を呼ぶと、揃いのライトグレーの制服に身を包んだ青年たちも少し表情を崩す。……名前を呼ばれなかった1人を除いて。

「あの……僕、広河光ていうんだけど…僕の名前だけなんで覚えてくれないの?」

悲しげに眉をひそめる中肉中背の取り立てて特徴のない顔の青年を、隣に立つタイトミニを履いた大柄な女装男子・ピンク(乙女ネーム。男性時の本名は秘密)が優しく背中を撫でて慰めた。

彼ら4人ともう1人、ブルーの友人の笹林睦実を含めた5人は『防衛省マル秘特殊部隊』という日本政府の隠し剣とも呼べる戦闘チームであり、その司令官が例のドラリンである。
ドラリンと同様に、同業者同士、時々居酒屋で愚痴を肴に呑んだりしている仲だ(特にイエロー)。

「あー、そうだ! 明仁兄ちゃん、俺先週の飲みの時に明仁兄ちゃんの靴下間違えて履いて帰っちゃったみたいでさ! ごめん! 今度返すよ!!」

「いや……靴下くらいならわざわざ返さんでもいいからそっちで処分してくれ」

「あの日はみんな酔っ払ってたからお互い様さー!」

「ちょっと待ってよ! 先週飲み会やったの? 僕聞いてなかったよ?」

イエロー、明仁、清一のやりとりに光(さっき名前を呼んでもらえなかった人)がショックそうに口を挟んだ。

「あー、あの日は当日の6時頃に右近くんから連絡あっていきなり行くことになったんさー」

「あ……そ、そう」

清一ののんびりした沖縄語に光は気勢を削がれる。

「でもなんで靴下なんて間違えて履いたわけ?」

「野球拳やったからさー」

「そうそう! 面子が明仁兄ちゃんと清一兄ちゃんとウチのレッドと俺だけだったからさ、誰が脱いでも全然楽しくない地獄のよーな闘いだったな! まさに誰も幸せになれない戦争!!」

楽しそうに語る清一とイエローとは対照的に、明仁は頭を抱え、サングラスの上の眉間に皺を寄せる。

「あの時泡盛なんて飲んでいなければあんな恥知らずな真似は……」

「いーじゃん! 周りのお客さんはなんでか大喜びで、酒とかツマミとか大量に奢ってくれたし!」

「でも右近くんが脱ぐ時だけブーイングだったさー 右近くん筋肉ないから〜」

「俺はフツーだよ! 兄ちゃんたちがガチムキすぎるだけだってば!」

盛り上がりまくる酔っ払い武勇伝にブレーキをかけるべくイエローの頭をわしづかみにしたのはピンクだった。

「……で、本題入っていいかしら?司令官がお待ちよ?」

長身のごっついオカマに「この酔っ払いどもが」という目で見下ろされ、イエローも清一も大人しく黙るのであった。

 

    

もどる