《31》

 

『コレに向かって話すのか?』

カメラ位置の確認の後に、レッドはこちらへ向かって座り直し、口を開いた。

『あ〜…っと、みんな、元気か? オレは、元気』

いつも通りの、少し要領を得ない喋り方。

「お前そんな怪我して何やって……」

イエローがモニターに向かって問い掛けるのを、ブルーは無言で制した。
レッドの言葉は続く。

『いきなりいなくなってゴメン。やること終わった、けど、また行かなきゃいけなくなった。オレ、隕石、壊してくる』

イエローはブルーに襟首を捕まれたまま、モニターへ走ろうともがいた。

「はなせよ…ッ!」

『多分、もう、会えないから、言いたいこと伝えとく』

ブルー1人でイエローを抑えるのは難しく、明仁がもがくイエローを後ろから取り押さえ、「ちゃんと、彼の言葉を聞くんだ」と静かに諭した。

画面の中のレッドは、やはりいつものように笑っている。

『イエロー、お前のカレー、時々ヤバかったけとおいしかった。
グリーン、いつも服のほつれ直してくれてありがとう。
ブラック、射撃の腕、頼りになったぜ。
ブルー、………あ〜〜……』

レッドは包帯の上からガシガシと頭を掻き、体を二つに折って笑い声を上げた。

『なんか照れるな! やっぱダメだ!……えーと、じゃあ、みんな、サヨナラ。元気でな!!』

そこで無理やりカメラの電源を切ったのだろう。ノイズの後に映像は切れ、巨大モニターは真っ黒い壁となった。

「彼は明日、レーザー砲に乗りこみ隕石を破壊しに行く。この映像は彼の希望により作成された。君達に、見せてくれと」

「何故、レッドなんです?」

ドラリンよりも遥かに静かな声で、ブルーは質問を投げかけた。
そのあまりにも静かで落ち着いた声音にドラリンは返答を躊躇った。

「レーザー砲に人を載せる必要はあるんですか?」

「……隕石にレーザーを打ちこむタイミングは一度きり。遠すぎれば破壊しきれず第二波を撃つまでに激突してしまう。近すぎればそれこそ隕石もろとも微塵だ
。人工頭脳や自動操縦システムではその微妙なタイミングまでは計れない。地上からの遠隔操作ではタイムラグがどうしても発生してしまうから論外だ。」

ドラリンは言葉を一度切り、息を飲んだ。

「そして、なぜ君達の仲間が選ばれたか。……先の映像、あれは今朝方に撮影したもので、彼は体中に深い傷を負っていたが……今日の15時には既に、怪我の殆どが完治していることが確認された。
彼は常識では考えられない程の自己回復力と生命力を持っている。君達も一緒にいて、思い当たるふしがあっただろう?」

返答はなかったが、ドラリンは言葉を続ける。

「この任務は危険すぎる。隕石を破壊できたとしても、その破片に運悪くぶつかってしまえばそれまでだ。ならば、その役は生き残る可能性が高い者が行った方がいい。それに……北島善太はタイマフィアのボスとの繋がりがある世界的な犯罪者だ。しかも戸籍が無い。彼以外に適任はいないんだ。」

ドラリンは机の上の拳を堅く握りしめた。
そして、室内は再び静まり返る。

「ふ…ざけんな……ッ」

小さく、しかし荒々しい声が響いた。
その場にいる全員が、声の主、イエローを驚きの目で見た。
彼は、普段の人懐っこい笑顔からは想像出来ない程の怒りの形相を浮かべている。

「こんなんタダのイケニエだろ? なにが適任者だ…。それに適任なら、ここにもいるぜ」

口角を上げたイエローは、笑顔を浮かべたようで、しかしそれは普段の笑顔とは全く異質のものだった。
引き止めるように肩にのせられた明仁の手をやんわりと外すと、彼は真っ直ぐにドラリンに詰め寄った。机を挟み、30センチの距離で2人の視線がぶつかり合う。

「レッドの代わりに俺が行く」

「駄目だ」

ドラリンの毅然とした返答に、イエローの瞳の奥の炎が一瞬揺らぎ、そして次の瞬間には全ての熱を失ったかのように冷たい光を放った。

「……『天狗』って、ドラリンさんなら聞いたことあるよな? 日本政府の裏で働く殺戮機械の集団。
俺はその中でも最強のバケモノ……『天狗』の 金獅子 だよ」

イエローはおもむろに合金と強化プラスチック製の机に手を置いた。
そして次の瞬間、机は中身の電子回路やらコードやらをぶちまけ、悲鳴のような音を立てて分解し崩れた。
この突然の現象に、全員がまたもや目を見張る。

「『仕事』といえど、何人も殺してきたよ。しかも俺が死んでも闇から闇へ葬られるだけ。うってつけだろ?」

な? とイエローは子どもに説き伏せるようにニコリと笑んだ。表面上でしかない、有無を言わさぬ微笑み方で。
しかしドラリンは眉一つ動かさず、イエローの目を真っ直ぐに見つめている。それは作戦を変えることはない、という強い意志表示だった。

「……どうしても駄目なんだ?」

お互いの視線に、先に業を煮やしたのはイエローだった。

「じゃあ、この場であと何人殺せば俺がイケニエになれる?」

イエローは振り返りもせずに、取り押さえようと背後に近づいていた明仁の顔面に指を走らせた。
突然の攻撃に明仁はよけることも出来なかった。横一文字に空を斬る指が、彼のサングラスを上下に真っ二つにする。

「あ?そっか。グラサンしてたんだった。……目ェ奪れると思ってたのに」

後方に跳び退いた明仁のこめかみからは血が伝っている。

「ね、何人殺せばいい?」

薄い笑みを顔に貼り付けたイエローの声は、ひどく低く、そして冷たかった。

「そんなコトさせないさ!」

清一がイエローの背後から取り押さえようと腕を伸ばした。が、イエローは明仁に視線を定めたまま清一の手首を掴み身を返してその腕を捻り、清一の胸を蹴り上げた。
身長180センチを超える大柄な清一の体は宙に浮き、そして明仁の上に落下した。
床に重なり痛みに呻く2人をイエローは見下ろす。その感情の欠片もないガラス玉のような目に、明仁と清一は言い知れぬ恐怖を覚えた。

「とりあえず……清一兄ちゃんからいこうかな」

右の手を一度握り締めて無造作に開く。その形のままでイエローは清一の左胸に指を突き立てようとした、が、

「?!」

肋骨の隙間から清一の心臓を抉ろうとしたその爪は、目的を達することなく止められた。

……グリーンの、左腕によって。

突然グリーンが割って入ったことによりイエローは一瞬うろたえた。その隙をついてピンクと光が2人がかりでイエローを後ろから羽交い締めにし、ブラックは彼の側頭部に拳銃の口を押し当てた。

「?! はなせよッ ブラック、なんでお前まで…ッ」

そして、激しくもがくイエローの正面にグリーンは立ち、残る右手で彼の頬を思い切り打った。
バチィィン、と、平手の音が響き消える間に、グリーンはイエローを真っ直ぐに見上げ怒鳴った。

「いい加減に、しろよ!」

 

    

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