《32》

 

青木ヶ原基地にはシングルサイズの寝室が複数用意されており、なんとかレンジャーの4人には1人1室づつ部屋があてがわれた。

「ひとまず休むといい。夜が明けたら東京まで送ろう」

「……ありがとうございます」

ドアの向こうでドラリンとグリーンが会話するのを、イエローは暗い室内で聞いていた。
左の頬に手をやると、ジワリとした痛みと共に頬の肉が熱を帯び腫れあがるのを感じた。

闘いは、嫌いだった。すぐに殺してしまうから。

人を殺すことに優れた自分など、仲間たちには絶対に知られたくなかった。
それでも、レッドを助けたかったから、正体をばらして、暴れた。少し脅せば、要求を聞いてくれると思っていたのに。

しかし彼らは頑として要求を飲まなかった。それどころか、仲間――グリーンやブラックまでもが、自分を制止した。
やり方が間違っていたのだろうか? 今まで築いてきた仲間との関係をも投げ打つ覚悟で、己の本当の顔を見せたというのに。
それとも、グリーンやブラックにとって、レッドなどどうなっても良い存在だったのだろうか?
『仲間』などと信じていたのは自分だけだったのか?

「イエロー、入るよ?」

グリーンの声とノックにイエローは昏い思考から引き戻され、体をびくりと振るわせた。
ドアが開き、グリーンと、彼を庇うように後ろにぴったりと張り付いたブラックが室内に入ってくる。ブラックが室内照明のスイッチをONにすると、ベッドの上に腰を下ろし、頭を抱えるイエローの姿が明かりの中に浮かび上がった。

「……ごめん」

イエローは顔を伏せたまま呟いた。その俯いた頭に、ブラックは一抱え程度の箱を無言でのせる。

「?!」

突然のずっしりとした重みにイエローは顔を上げる、と、元々鋭角的な目を更につり上げて自分を睨み付けるブラックの視線を正面から受け、イエローはうろたえ身構えた。

「ブラック、そんなに怒らないで。……イエローも、謝らなくていいよ」

グリーンは困ったように眉を寄せ、イエローの横に座った。
ブラックは一歩後ろに退くが、「グリーンにまた何かしたら今度こそぶっ殺す」という視線は送り続けている。

「この基地、ドラリンさんたち6人しかいなくて、医療班とかないんだってさ。だから、道具は貸すから自分達で手当てしてくれって、言われて」

ブラックの持ってきた箱には、家庭用から本格的なものまで、医療道具が大量に詰め込まれていた。

「治療法は、傷つけた本人が一番よく知っている。一流の格闘家ならば……ってドラリンさんは言ってたから。だから、謝らなくていいよ。その代わり、僕の左腕、治してくれないかな?」

ね?とグリーンはイエローを見上げ、にっこりと笑んだ。
彼の左上腕骨は真二つに折れているはずだ。その手応えを、偶然とはいえ攻撃してしまった時に確かに感じていた。
それなのに気にかけさせまいと痛みをこらえ、自分を傷つけた相手に笑いかけてくる。

グリーンは、やはり優しい仲間なのだ。いや、仲間だと思っているのは自分だけかもしれないが。
イエローは泣き出しそうになった。

「わかった。大丈夫、ちゃんと治す、から」

涙を必死でこらえ、鼻の奥がツンと熱く痛むのをイエローは感じた。

「ありがとう!早く治して、やらなきゃいけないことがあるんだ」

「やらなきゃいけないこと?」

グリーンの服を脱がせるのを手伝うイエローの前に、ブラックは腰を屈めてモバイルパソコンを開いてみせた。
小型の液晶ディスプレイには建物の見取り図が映し出されている。

「これってここの……?」

「そう。さっきブラックがハッキングして入手してくれたんだ。レッドがどこにいるかも、わかったよ」

嬉しそうに語るグリーンの言葉に、ブラックも頷く。イエローにも、段々彼らのやらんとすることが読めてきた。

「この基地には俺らと、ドラリンさんたちしかいない。隙をついてレッドを連れ出すことは十分可能、か」

「連れ出す…かはわからないけど……ちゃんと会って話がしたいんだ。あんなビデオじゃ納得出来ないもの」

「そう……だよな!」

グリーンとブラックも、仲間を取り戻すことを諦めてはいなかった。
イエローは勝手に彼らの心の内を疑った自分を恥じ、そしてそれ以上に喜びに胸が熱くなるのを感じた。彼は手早く医療道具箱を漁り必要な器具を取り出すと、

「じゃあさっさと治すから……と、ブラック、部屋から出た方がいいぞ」

ブラックはまだイエローを許す気にはなれないのか、退室を言い渡されても睨み付けてくるだけで動こうとしない、が、

「ブラック、ブルーの部屋に行って、一緒にいてあげてくれないかな?」

グリーンの言葉にはコックリと頷き、素直に部屋から出ていった。

「……やっぱグリーンてスゲェ…」

「え? だってさ、ブルーもかなり心配で……イエローが暴れたときも、いつもだったら真っ先に止めようとする筈なのに何もしないで、なんか…ずっとボーっとしてるんだ」

イエローの苦笑いの意味を取り違えたまま、グリーンはブルーを案じ息をこぼした。本当に天然で善人なのだな、とイエローは溜め息をつく。

「……ブラックが懐くわけだ」

「え?」

「ん、なんでもナイ。それよりさ、ブラックを出ていかせた理由だけど……」

「な、なに……?」

突然イエローの顔が真剣なものに変わり、グリーンは少したじろいだ。

「治療、痛いよ」

「……え?」

「ぶっちゃけ、骨、折れてます。筋肉や関節は痛んでないし、骨も綺麗にバッキリいってるから治りも早いっつーかさすが俺ってカンジだけど、折れた骨を元の位置に直さないかんのね。それが、すごい痛いよ。大人でもマジ悲鳴上げるから」

「えぇッ?!」

「声、我慢しないで出しなよ。その方が楽だから。じゃ、いくよ〜」

少しの間の後、ドアを通り越して廊下じゅうにグリーンの悲鳴が響き渡り、皆をものすごく心配させたのだった。

 

 

「……なんか、電話の向こうから物凄い断末魔が聞こえますけれど」

『あぁ、ウン、気にすんな。明美くんが右近くんに治療受けてるから、絶対に部屋に入らないで、ってさっき明美くんに釘刺されたけどスゴい気になる! おのれ右近!! 明美くんにこれ以上なんかしやがったらケチョンケチョンにしてやるからな!!』

「そうですか」

青木ヶ原基地地下の研究室に私怨丸出しのドラリンの声がハンズフリー設定の内線受話器から響くのを、部下の笹林睦実はいつも通り適当にあしらいつつパソコンディスプレイに目を走らせキーボードを叩いている。

「……で、用件ですが、この基地のネットワークがハッキングされた痕跡が見つかりました。犯人なら逆探知ですぐに見つかりますし、そんなことをしなくても判っていますが、……どうしますか?」

『あぁ、……睦実の好きにするといい』

睦実はキーを叩く手を止めた。
彼一人きりの研究室に沈黙が流れる。まるで、上司の真意を窺うかのような。

「……わかりました。あと…」

『なんだ?』

「庵は、どうしていましたか? 右近さん達と一緒に善太さんのビデオレターを見たのでしょう?」

『心配なのか?』

「親友ですから」

からかうような上司の言葉を睦実はサラリと受け流し、逆にドラリンの方が一瞬言葉につまってしまった。

『……何も。落ち着いていたよ。表向きはそう見えた』

「そうですか……」

『睦実』

「はい?」

『私は 好きにするといい と言ったからな』

言うなり、通話は向こうから一方的に切られた。睦実は顔をしかめ、受話器を元の場所に戻すと演算の修正作業を再開し始めた。

 

    

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