《33》
2つ隣の部屋から親しい仲間の痛みを訴える叫びが聞こえ、ブラックはとっさに椅子から腰を浮かせ、そして我に返り座りなおす、をもう何度も繰り返していた。
「そんなに気になるなら行ったらどうです?」
勝手に自室に入ってこられただけでも鬱陶しいのに、あげく落ち着きのない行動をされ、鬱陶しさ100倍で苛立ったブルーは少々きつい調子の言葉をブラックに投げつけた。
「『入ってくるな』とでも言われましたか? 人の言葉に従っているだけだと馬鹿になりますよ」
ブラックは酷い言葉を言われても何も言い返さないどころか表情一つ変えない、のが常なのだが。
彼はテーブルを挟んで座るブルーの顔をじっと見つめてきた。
「な、んですか?」
心の奥まで覗き込むかのような強い視線を受け、ブルーは僅かながら身を退いてしまった。ブラックはそんな彼を見つめ続け、そしてポツリと言葉を落とした。
「人のこと……言えない」
耳にすることすら稀なその低く掠れた声に、ブルーは更にたじろぐ。
「……どういう意味ですか?」
「納得出来なくて、引き止めたいのに、我慢している」
「そんなことはないです! レッドが行くと決めたことですし、人類を救う手段はそれしかないんです。私が止める理由などありません!」
言い終わってから、ブラックがレッドについてなどとは一言も言っていないことに気付き、ブルーは誘導尋問に引っかかった気がして悔しさに黙り込んでしまった。
「レッドの居場所、わかる、から。これから皆で会いに行く」
「……勝手にしなさい。私は、行きませんよ」
ブラックは再び強い視線で見つめてくる。その目が「それでいいのか?」と訊いていた。
「言ったでしょう?! 止める理由など無いと」
「……嘘つき」
先程からプライドをズタズタにされていたブルーの心に、ブラックのその一言は的確に突き刺さった。ブルーは立ち上がり、彼に向かって平手を振りかざした、が、それはアッサリと止められてしまった。
「放しなさいッ…!」
手首を掴む骨ばった長い指を振り解こうとブルーは躍起になったが、ブラックはそれをものともせずにブルーの手首を握り締めたまま彼を引きずるように部屋を出た。
「ほい、終わり〜」
イエローの軽い声に、グリーンは安心したような溜め息を吐いた。
「痛…かった〜」
グリーンの左腕は添え木と包帯でしっかりと固定され、三角巾で吊られている。お陰でグリーンはようやく痛みから免れられた。
「治療っても応急処置だからね〜 一段落したら医者行こうな」
イエローは水を注いだコップをグリーンに手渡した。
それは水道水特有のカルキの臭いがしたが、治療の痛みで喉は激しく渇いていたし、グリーンは元々田舎育ちで水道水を飲むことに抵抗はないのでコップの中身に躊躇いもなく口を付けた。
「イエローって、すごいんだね。本当はあんなに強くて、怪我を治すことも出来て……知らなかった」
「驚いた?」
イタズラっぽく笑うイエローに、グリーンは素直に頷いた。
「そーゆー家に生まれたんさ。だから小っさい頃から修練してきたし、初任務はたしか中坊のころだったかな〜」
「そう、だったんだ」
「でも、こんなに馬鹿みたいに強くてなんでも壊せるのは俺だけ。なんか……生まれつきの才能ってヤツ? でもさ、そんな力使いまくってたら周りのヤツラみんな殺しちゃうからさー、普段はスタンガン使って楽してた」
隠しててごめんねぇ〜 と笑うイエローの表情がひどく痛々しく思え、グリーンは泣き出しそうになってしまった。
「グリーン?」
「気に……しないで」
どうにか笑顔をつくるが涙がこぼれ落ちてしまった。
「どした? まだ腕痛い?」
仲間の頬を流れる涙に気付いたイエローは心配そうにグリーンの顔を覗き込んでくる。グリーンは急いで涙を拭い、今度こそしっかりと笑った。
「大丈夫。」
「ホントかな〜?グリーンってガマン強すぎるからな〜。痛かったら俺の胸でお泣き?」
「本当に大丈夫だって! それよりさ、レッドの所まで行くの、作戦立てなきゃ。いくら6人しかいないとはいっても強い人達相手にするんだし」
「そうだよな〜。特に厄介そうなのはドラリンさんな。」
イエローは今までの笑顔を消して顔をしかめた。
「あ、それはいい考えがあるんだ」
言いかけたその時、グリーンの携帯電話がメールの着信を告げた。イエローにちょっとごめん、と断ってから、機械が苦手なグリーンはピー、ピー、と定形音2を鳴らす少し古い型の電話機をたどたどしい手つきで操作しメールを開いた。
FROM:ブラック
SUBJECT:(^o^)ゞ
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治療は終わった? 怪我は大丈夫? 。゜(>д<)゜。スゴク心配ダヨッ
ブルーと一緒に先にレッドの所に向かいますε=┏(・д・)┛イッテクルヨ〜
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「何コレ?! ブラックからのメールっていつもこんなん?! キモっ!!」
「キモって……そんなことないよイエローひどいな……」
ブラックの普段の寡黙さからは想像もつかないテンションのメールにイエローはおののき、グリーンは困ったように眉を寄せた。
「それよりも、2人で先に行っちゃったって…」
「そうだ、急いで追わんと!」
「じゃ、僕がドラリンさんの足止めするから、イエローは2人と合流してくれないかな?」
「いいケド……怪我してんのに大丈夫か?」
心配そうに窺うイエローに、グリーンはにっこりと笑いかけた。
「大丈夫! 自信あるんだ。……だから、イエローも、楽してていいからね?」
逆に労りの言葉をかけられイエローは一瞬驚き言葉を失った、が、すぐに笑顔をつくりグリーンの左肩を優しく叩いた。
「……行くか」
「うん!」
2人は部屋を出、別々の方向へと走った。