《36》
―――馬鹿だ。皆、馬鹿ばっかりだ。
吹き抜けの非常階段は金属製で、足を運ぶたびにカツンカツンと忙しない音が風に混ざって響いた。
階段を全速力で駆け下りるブルーは、自分の少し前を走るブラックと、そして自分の手首を律儀に掴み続ける彼の手を見、眉をひそめた。
「ブラック、いい加減手を放してください」
ブラックは立ち止まり、振り向いてブルーを見つめた。否定的ではないが、強く訴える視線。
「もう、逃げませんから」
ブルーも負けじと目を合わせ、睨み返した。その時。
ゴバアァン、と頭上からモノが壊れる音が降ってきた。続いて、声も。
「ごっめん!ドア壊しちゃったよー!! やっぱさぁ、特殊アーマーとか装備してくださいよ! 殺さないように戦うのって、すっごい大変なんすよ!?」
「正義のヒーローとは思えない台詞だな!」
「あー、俺、セイギノミカタに向いてないかもしんないっすわ! 転職しよーかなー」
そして壁から外れた鉄の扉も降ってきてブルーとブラックのすぐ横を落下し、下方で木々を痛めながら地面にぶつかる音が、夜の闇の中から聞こえてきた。
「馬鹿が……」
ブルーの口から毒々しい呟きが漏れる。
見上げると、3フロア上の踊り場で2つの人影が戦っているのが、網の目状の鉄製の床を通して見えた。
一方の影は挑発するように手すりの上に飛び移り、そのまま猿のように飛び跳ね、上へ上へと登ってゆく。もうひとつの影もそれを追った。
おそらく、イエローが追手を自分達と引き離してくれているのだ。
「馬鹿ですか。あんな危なっかしい場所で戦ってまで、私達を行かせようとして……。グリーンにしてもそうです。貞操の危機に陥るかもしれないというのに、自ら囮になるなんて……ブラック、貴方もですよ」
ブルーは今度こそ乱暴に、ブラックの手を振り解いた。
「ずっと、馬鹿の一つ覚えみたいに人の手を掴んで……本当、馬鹿です。馬鹿ばっかりです」
そしてブルーは階段に足をかけた。階下へ、向かうために。
その後を、ブラックはあわてる様子も無く付いてくる。
「馬鹿ですよ。レッドを行かせれば、全人類の命が助かるんですよ? 地球人口よりも一人を優先させるだなんて計算ミスもはなはだしいです」
ブツブツと独り言のように毒づきながら、それでもブルーは階段を駆け下りてゆく。その後をブラックは付いてゆく。
「でも、馬鹿とした約束でも、約束は約束ですからね。望みどおり、1発2発殴ってきてやりましょうか」
「ブルー」
「なんですか。貴方が自分から話しかけるなんて珍しいですね」
皮肉るようなブルーの意図が伝わっていないのか、ブラックは表情を変えぬまま、言葉を探すように間をおいてから口を開いた。
「ワイは……普段喋らん、から、その分、言葉がどれだけ重たくて、大きい力を持っているか、知ってる。なんとしてでも想いを伝えなければならん時があるのも、知ってる。……ブルー、お前にとって、今が、その時や。」
ブルーは何も言い返さなかった。
ブラックも、口を閉じる。
風の音と、階段と靴がぶつかる音だけが、暗い闇に響いた。
―――わかってますよ。誰が一番の馬鹿なのかくらい……
階段が終わり、緑色のランプの灯った鉄の扉をくぐって2人は再び建物内に戻った。
広い廊下には明かりが灯っておらず薄暗かったが、地図があるので2人はすんなりと地下層へのエレベーターを目指すことが出来た。
そして最後の角を曲がり、エレベーターホールに駆け込んだ、瞬間。
「「??!」」
2人の体を痺れるような激痛と衝撃が走った。
「これは…電流?!」
驚き見回すと、床に水が撒かれ、その水の中に光る粒のようなものがいくつも混ざっている。おそらくこれが放電して水全体に電気を流しているのだろう。
「大人しく部屋に戻ってください。そうすれば電気、止めますよ?」
エレベーターホールの向こう側、エレベーターのすぐ横で、影が動いた。
「! 貴方は…」
ライトグレーのスーツを着た『防衛省マル秘特殊部隊』の一員の……
「……………?」
「広河 光ですってば!!」
部隊一地味で特徴の無いことが特徴の広河 光は泣きそうな声で叫んだ。(ちょこっと涙目だった)