《37》
「あァ、広河さんでしたね、すみませんでした」
ブルーは飄々と言ってのけてはいるが、体を流れる電流のせいでうまく動くことが出来ない。体中が硬直し、脳の芯に突き刺さり激しく揺さぶられるような痛みに、今にも気絶しそうだ。
その様子を、光は悲しげな目で見ている。
「本当はこんなことしたくないですけど……善太さんを逃がさせるわけにはいかないんです。あの、もう、限界ですよね?
この水の中で光っているのは超小型ロボット『O-I-57』。860万ボルトまで電気を出すことが可能です。早く諦めてくれなかったら、電力を上げることに、なるんです」
申し訳なさそうに光は言うが、それでもこちらが生きるかウッカリ死ぬかのピンチには変わりなかった。しかし―――
―――ここで、諦めて帰るわけにはいかない。イエローとグリーンが、自分達を先へ行かせるために戦っているのだから。
「諦め、ないです」
ブルーは光を強く睨み、そして顔の筋肉が引きつるのを感じながらも頬を持ち上げ、笑ってみせた。普段の美形スマイルとは違う、不恰好な笑顔。
―――なんだかレッドやイエローみたいな不細工な顔になってしまいましたね……
ぼんやりと、思う。気が遠くなり始めていた。それでも、膝は絶対に、折らない。
「仕方ない…『O-I-57』、電力1段階上げて!」
光の指示に応じて、足元から「ラジャー」という小さな声が無数に聞こえた。途端、痛みと痺れがさらに増し、ブルーは喉の奥で悲鳴を上げた。
その時。
ブラックが駆け出し、一気にエレベーターホールを突っ切って光に体当たりをした。
「??!」
光とブルーは同時に驚愕の声を上げる。
吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた光の上に馬乗りになってホールドすると、ブラックは自分のジャケットを脱いでブルーに投げ渡した。
ブラックが毎日着ている黒のジャケットが丁度ブルーの上に被さる、と、ブルーの体に走っていた痛みが完全ではないが消えてゆく。
「このジャケットは……」
ブルーは自由になった手でジャケットを羽織り、なぜこのような現象が起こったのか思い至った。
このジャケットは誰であろう光の上司にして武器兵器開発オタクのドラリンの作った特殊ジャケット。電気を通さないどころか繊維に組み込まれた抵抗器によって周囲1メートルの電流や磁場を正常に保つ――くらいの機能があっても不思議ではない。
「…だったらもっと早く動いても良かったんじゃないですか? 危うくトーストになるところでしたよ!!」
悪態をつきつつ、ブルーはエレベーター目指して走った。
『下降』ボタンを押すと金属シャッターの扉はすぐに開き、ブルーはその中へすばやく駆け込む。
「ブラック、貴方も早く!」
促されたブラックは、しかし動かない。抵抗する光をなんとか抑え、首だけをこちらに向け「早く行け」と言うように視線を送ってくる。
反論する余裕も、迷っている時間も無かった。
ブルーは奥歯を噛みしめ、『閉』ボタンを押す。
シャッターが閉まり、機械の箱は下降を始めた。地下を目指して―――
ドラリンのスーツの内側から電子音が聞こえ、彼女は内ポケットの中の通信機を操作し、それを止めた。
「何の知らせ…ですか?」
着替えが終わり、モスグリーンの服装になったグリーンがベッドに腰掛けたまま問いかける。その頬は紅潮しており、つい先ほどまで彼が何をされていたかは推して知るべし、だろう。
ドラリンは振り返り、その赤くなった顔が本当に可愛いらしいなぁと思いながらにこやかに答える。
「地下層へのエレベーターが稼動すると、知らせてくれる仕組みになっている。まぁおそらく地下研究所にいる睦実が使っているか……それとも、侵入者でもいるのかもな」
ドラリンの意地の悪い言い方に動揺を隠せるほどグリーンは器用ではない。その表情の変化を見透かして、ドラリンはわざとらしく真面目な顔をつくり部屋を出ようとする。
「念のため見回りにいくか」
「ああああああああの、ドラリンさん!!」
背後から呼びかけられるグリーンの慌てた声がたまらなく可愛い。
やっべ、自分、Sだったかなー、とドラリンは新たな自己発見をし始めていた。
「どうした? やっぱりまだ、腕が痛むのか? ベッドで休んでいたほうが良いぞ?」
なんなら眠るまで添い寝をしてあげようか?と言葉が続くような気がして、グリーンは総毛立った。
(注:ドラリンは欧米人ならではのダイナマイトボディと美しいブロンドヘアーのかなり魅力的な外見を誇る。こういう外見の女性に迫られれば男はグッと来るのが世の常というものだが、いかんせんグリーンは彼女に何度もセクハラを受けているし彼の好みは「物静かで透明感のある人」というド恥ずかしいものなので、グッと来ないどころか迫られても恐怖しか感じないのだ)
―――それだけは回避しなくては!しかし、彼女をこの部屋に繋ぎとめておかなければ……
まさに窮地と言って良いだろう。ドラリンは部屋を出て行こうとしている。
イッパイイッパイになりながらもグリーンは何か役立つものはないかと周囲を見回し、そして、見つけた。ベッドサイドに置かれた医療キットの中。気付け用のブランデーのビンを。
グリーンは急いでビンのキャップを外すと、一気にその中身を喉の奥へ流し込んだ。
「待てやコラ」
ガラの悪い声にドラリンは呼び止められた。不思議に思い振り返ると―――
「よぉ姉ちゃん。いいカラダしてんじゃねぇか。コッチ来いよ」
「ああああああああの、君、は」
ドラリンは恐怖にガクガク震えた。記憶に、あるのだ。
以前皆で花見をした時に、グリーンが誤ってアルコールを口にして、人が変わったように暴言を吐いて暴れまくったことを、彼女は覚えていた。
「イギャー!! たぁすけてえええー!!!」
とりあえず、ドラリンを部屋に繋ぎとめておくことには成功した。