《38》

 

明仁の真っ直ぐな掌底突きを胸に受け、イエローは後方へ勢いよく吹っ飛ばされた。
両腕でガードし衝撃を散らしたのでダメージは少ないが、体が宙を浮き後方へ飛ばされるのを止めることはできない。その先には鉄製の非常扉。

「ヒトじゃないからイイよね」

イエローは呟くと体を宙で反転させ、扉に足をかける、と同時に扉を固定する蝶番のボルトとボルトの間ただ一点を指先でトン、と叩いた。すると蝶番はあっけなく2つに割れ、鉄の扉はバラリ、と外に向かって外れた。
扉と、それに乗ったイエローが、屋外に転がり出る。

「ごっめん!ドア壊しちゃったよー!! やっぱさぁ、特殊アーマーとか装備してくださいよ! 殺さないように戦うのって、すごい大変なんすよ!?」

イエローは足場にしていた扉を蹴って非常階段の手すりの上に着地する。そこへ明仁も追いついた。

「正義のヒーローとは思えない台詞だな!」

明仁は一瞬呆れたように笑ったがすぐに真剣な表情に戻り、右の拳でイエローの足を払う。イエローはそれを跳んで避けると、まるで軽業師のように明仁の右腕の上にフワリと着地した。

「あー、俺、セイギノミカタに向いてないかもしんないっすわ! 転職しよーかなー」

からかうような行動と言葉で明仁を挑発するが、彼は冷静に腕の上のイエローの右足を崩そうと拳を打つ。
イエローは再び跳躍してそれを避け、上の階へ延びる階段の底面に手をかけてスルスルと猿のように登っていった。

2フロア分ほど登ったところで手すりの上にしゃがみこみ、すぐ下を明仁が自分を追ってくることと、その更に下、ブルーとブラックとおぼしき人影が1階の鉄扉を開け建物内に戻っていったのを見届け、イエローは安堵の息を漏らした。
あとは、明仁さんを気絶させるだけ、と心の中で呟く。

そこへ、階段を駆け上がりようやく追いついた明仁の攻撃がイエローを襲った。
イエローは手すりにぶら下がってそれを避け、その反動を利用して明仁を両足で蹴り上げた。反対側の手すりまで明仁は吹っ飛ばされ、そして階段を4、5段転げ落ちる。

足場の狭い吹き抜けの非常階段は、幼い頃から山野を駆け回って遊び鍛えたイエローにとって非常に有利なロケーションだった。
しかし。だからこそ、イエローは戦い難かった。戦いやすい環境であればあるほど、そして相手が強ければ強いほど、『本気』を出して、殺してしまいそうになるのだ。
明仁は強い。格闘技だけで闘うのも、もう限界だった。破壊の術を使えば指一本でどんな人体をも壊すことが出来るのに。
殺人機械としてではなく人として闘うことは、こんなにも大変なことだったのか、とイエローはぼんやりと思い、そして気付くのが遅すぎた自分自身が情けなくて、少しだけ苦笑が漏れた。

明仁はしたたかに打ちつけた腰の痛みを気にも留めずに起き上がり、階段の延びる先を見上げた。手すりの上にしゃがみこんでこちらを覗う相手。その顔にわずかに笑みが浮かび、明仁は背中にゾクリと悪寒が走るのを感じた。それは、脅威に対する生物としての本能的な恐怖であった。

―――仕方が無い

明仁はスーツの内ポケットに手を伸ばす。そして掴み、彼に向かって構えたそれは、拳銃型の麻酔銃だった。

拳を交え戦うこの場に銃を持ち出すことは相手への、そして闘いへの冒涜行為に他ならないだろう。しかし明仁は、手合わせをするために闘っているのではない。イエローを制止するために闘っているのだ。
そして、今この場で格闘のみで自分が彼に勝てる可能性は少ない、と判じたから。

明仁は引き金に指をかけ、撃った。

しかし麻酔弾はイエローに当たらなかった。
彼には飛んでくる銃弾が見えるのか、少しの動きで弾を避けると手すりを蹴って階下の明仁めがけて飛び降りた。明仁は続けざまに引き金を引くが、やはり当たらない。

イエローは落下運動に身を任せつつ、右の人差し指と中指を明仁の銃の上にすばやく滑らせた。すると、まるで手品のように銃はバラバラに分解され、鉄骨の床に金属音を響かせてぶつかり飛び散った。

そして明仁自身は鳩尾に全体重を乗せた肘鉄を叩き込まれ、銃と同じく床に激突する。

「……さすが、だな」

「なめんなよ、ッス」

イエローは仰向けに倒れる明仁の上に馬乗りになり、気絶させるための最後の一撃を構えた。明仁はどうにか持ち上げた右掌でそれを制す。

「聞いておきたいことがある。先にやられたあの二人が治るにはどれくらいの時間がかかる?」

「気絶させただけですから、ピンクさんは3時間、清一さんは4時間くらいっすかね、目を覚ますまでは。ちょっとしたアオ痣くらいは我慢してくださいね、明仁さんも。」

「そうか……良かった」

この状況で自分よりも仲間を心配する明仁に、イエローは尊敬の念を改めて強く抱く。本当に、この人を殺してしまわないで良かった、としみじみと思った。

「夜明けには俺たちはこの基地から出撃するんでな。長くても5時間後には目が覚めるようにして欲しい」

「どこに行くんスか?」

「巨大隕石の他にも、大気圏で燃え尽きず地表まで到達する隕石が数個あることが確認されている。巨大隕石に比べれば微小なものだが、それでも影響は出るだろう。それを、撃ち落としに行く」

「……わかりました」

イエローは喉の渇きを感じていた。
この人たちは、全力で人類を守ろうとしている。そして自分はそれを阻もうとして、いるのだ。

明仁はイエローの瞳が揺らぐのを見、口元を上げ優しく微笑んだ。

「早くやるといい」

イエローは頷いた。心の内を悟らせないよう表情を作るのは、得意なはずだった。なのに。

「君は強い。だから、祈らせてくれ」

視界がぼやけた。明仁の顔が、揺らいで見える。

「君の力が、悪用されることがないように」

 

 

「『悪用』って、言ってもなぁ……」

気絶した明仁の腕を肩に回して立ち上がると、イエローは目元を手の甲で乱暴に拭った。

「正義とか悪なんてわかんねぇよ〜だ。 あれっ、俺、セイギノミカタなのになー。やっぱ向いてないんかなー…」

 

    

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