《39》
「は、はなせ! はなして、くださいっ」
じたばたともがく光をマウントポジションで抑えつつ、ブラックは どうしよう、と内心困っていた。
光は腕っぷしが強いタイプではないであろうコトが、彼の薄い肩や細い腕からひしひしと伝わってくる。身長も頭ひとつ分以上低いし、なにより敵に対して敬語を使ってしまうヘタレ具合。
このまま闘っても、なんだか弱いものいじめになる気がするのだ。…とかぼんやり考えていると、
「いいかげん、はな、せっ!」
光のグーパンチがブラックの胸に当たり、ブラックは痛みに胸を押さえ少し咳き込んだ。光を一方的にいたぶらないかと躊躇するブラックではあるが、実際のところケンカの弱さはほぼ同レベルなのだ。
光も叩いた時に手首を変な方向にひねったらしく、手を押さえているものの、隙をついてブラックの下から逃げ出して距離をとる。
「『O-I-57』!」
光の声に応じ発光する微小なロボットがわらわらとまるで蟻のようにブラックの体にたかってきた。特殊ジャケットはブルーに渡してしまったため、ブラックに電気ショック攻撃を防ぐ手立てはなく、感電の痛みに彼は滅多に示さない苦痛の表情を顔に乗せる。
今にも気絶してしまいそうだった。しかしそんな訳には行かない。地下層へ行ったブルーがレッドを連れ出してエレベーターで戻ってくるまで、このエレベーターホールを確保する必要がある。そのためにはたとえ弱いものいじめになろうと、遠慮している場合では、ない。
ブラックは床についてしまった膝をなんとか立て、よろよろと立ち上がった。その悲壮な様子に光は悲しげに眉を寄せる。
「なんで、そこまでして……あなた達がしようとしているのは、人類全てに背を向ける行為なんですよ?!」
―――なんで、て。そんなん分かりきっとるやないか
ぼんやりと思い、直後にその思考にブラック自身が驚いた。ふ、と口の端が緩み、その笑顔とも取れる表情に光は一瞬ひるむ。その隙を見逃さず、ブラックはありったけの気力を振り絞り光に飛び掛った。
ブラックに触られた途端に当然ながら光にも電流が流れ、彼は悲鳴を上げた。光は慌ててブラックの腕を振り解こうとし、2人は感電したまま揉み合い、床を転がった。
「『O-I-57』、ストップ、ストッ…プ」
光が少しだけ正気に帰って電流をコントロール出来ることを思い出し、2人の体を散々流れていた電気はようやく止まった。しかし転がる勢いは止まらず、2人はどちらからともなく壁に勢いよくぶつかった。
光は荒く息をつき、衝突の痛みに耐える。その横でブラックも同様にしており、そして彼はポツリと呟いた。
「グリーン、が、泣く、から」
「……え?」
光は顔を上げて問い返し、そしていつ反撃されても良いように身を起こして構えた。
「グリーンが…明美が、泣く、やろな……」
光とは対照的にブラックはぐったりと壁にもたれている。乱れた長い髪が俯いた顔にかかり表情はよく見えないが、話しかけるというよりは独り言のような喋り方から、気絶寸前のうわ言のように光には思えた。
「明美だけやない…イエローも泣くし、ブルーも絶対泣く…… ワイは、それを見とうない。せやから、人類に背を向ける行為でも、なんでも、したるんや」
ブラックは、肩から下げたホルスターから拳銃を抜き、ゆらり、と構えた。数多くの武器を収納したジャケットを手放した今、彼に残されたのは愛用の銃1丁のみ。
「……ブラックさんの気持ちは、わかりました。それでも、僕はあなたを止めます。」
光も、スーツの内側から麻酔銃を抜く。
「僕も、射撃は相当得意なんですよ?」
二人は立ち上がり、互いに銃口を向けつつ距離をとり、対峙した。まるで、西部劇のガンマンの闘いのように。
―――不思議やな
ブラックの口元に、再び笑みがこぼれた。
こんなにも強い意志を持って行動することなど、今までにはなかったように思える。
昔の自分は、確固とした信念も意見も持たず、理由を考えることもなく言われるがままに動いていた。口下手で、自分の気持ちを言うことが出来なかったから、意志を持つこと自体も放棄するようになっていたのかもしれない。
でも、思い返すと今の仕事に就き、今の仲間に出会ってから、そういった傾向が少しづつ変わっていったような気がする。良くも悪くも極端な個性の持ち主達との生活の中では、発言や主張を易々と鵜呑みにするわけにもいかない。自分で考えて行動するようになったのはきっとこの頃からなのだろう。
不思議だった。
「人を簡単に信じない」と身をもって教えてくれた無茶苦茶な仲間たちが今ではこんなにも大切に思う自分が不思議で。
仲間を想い強い意志を持って行動している自分が不思議で。
そして少し誇らしかった。
ブラックも光も、構えたまま動かなかった。
エレベーターーホールには、2人の微かな呼吸音と、低いモーター音だけが響いている。
そして、どれくらいの時間が経っただろうか。
チン、と軽い電子音が静寂を裂き、地下層からのエレベーターが、到着した。