《41》

 

『各々のイメージカラーと戦隊名を自分達で考えるのが、我々の一番最初の仕事だそうです。今日中に決めてしまいましょう』

端正な顔立ちのスーツ姿の青年がホワイトボードを背に同僚たちへ説明をする、と、会議机にだらしなく肘をつく褐色の髪と肌の青年がだらり、とブレスレットを幾重にもつけた片腕を上げた。

『ハイしつもーん。なんでー、おにーさんが仕切ってるんですかー? 上司じゃないっしょー?』

『簡単なことですよ。確かに我々は対等な役職にいますが、私のほうが貴方よりもこういった能力に長けていると判断しました。なのでこの会議の司会進行をしているのです。そうでしょう、元・食堂の調理員さん?』

『ぅえ〜 ヤな感じー』

茶髪の青年があからさまに顔をしかめて舌を出しても、美形の青年は涼しい顔をしている。代わりに小柄な青年が眉を寄せ場をとりなすように笑んだ。

『それより、早く決めちゃおう? みんなで考えようよ、ね?』

幼さの残る少女のような可愛らしい顔で必死に宥めすかされると、槍を収めないわけにはいかず、茶髪の青年は追加で言おうとしたムカつかせワードを飲み込んだ。

『庵の言葉はムイシキでトゲがあるんだ。気にすんなよ! すぐ慣れるから!!』

そして明るく元気よく最もイラっとくるコトを口走ったタンクトップ姿の青年を、美形の青年は無言で殴りつけた。

『善太……いえ、北 島 さ ん、貴方は何色が好きですか?』

『色か? えーと、赤だな! 赤いリンゴも赤い生肉も旨いから!! あとな、太陽が沈むときも赤いしな、あとは……』

『ハイハイ。分かりましたからもういいです。じゃ、北島さんのカラーは【赤】で決定ですね』

あっさりと手元の書類に書き込む美青年に、茶髪の青年は驚きを隠せず立ち上がった。

『うおおい!! そんなテキトーでいーわけェ??!』

『これくらいのスピードでやっていかないと今日中には決まらないでしょう。それに、イメージカラーですから当人のフィーリングを優先するのが有効です』

『や、だって【赤】だよ? 赤い人はイコール【リーダー】じゃん? こんな風にさぁ……』

『大丈夫ですよ。リーダーなんて形だけのものですから誰がなったところで同じですよ』

実権を握るのは私ですから、という言葉をあえて飲み込み、美形の青年は続けた。

『で、貴方はどうなんです? 手っ取り早く希望制で決めていきましょう』

逆に聞き返された茶髪の青年はしばし視線を宙に置き、

『好きな色でいいんなら……シルバーかゴールドか…』

『あの、僕ら【戦隊】なわけだし、もっと分かりやすい色のほうがいいんじゃないかな?』

『じゃ、えーと、鳥ノ井さんは?』

おずおずと指摘する幼顔の青年に、茶髪の青年はすかさず水を向ける。

『白かベージュかな……』

『ホラ〜人のコトいえない〜。 じゃ、俺、黄色でいいや! カラシ色でもなければレモン色でもない、ちょっと山吹色の黄色ね!』

茶髪の青年の言葉を受け、美形の青年は書類に【黄色】とだけ書き込む。と、今まで会議机に向かってはいるものの話題に一言も参加しないどころかずっとノーリアクションだった長髪長身の青年がポツリとこぼした。

『黄レンジャーは、カレー好き……』

『えっ? なに、そういう法則? いいよっ俺カレー大好きだもん!』

『まさに黄レンジャー…! すばらしい…』

長髪の青年に意味不明だが褒められた茶髪の青年は、照れたような笑いを浮かべる。

『じゃさ、今度、俺特製のカレーつくってやるよっ で、土田さんは、色、黒ね!』

『えっ?!』

驚きの声を上げたのは長髪の青年ではなく、その隣に座る幼顔の青年だった。

『いや、服、黒尽くめだからさー。好きなんしょ? 黒。』

茶髪の青年の言葉に、長髪の青年はコクコクと頷いた。確かに黒い色とシルバー製のアクセサリしか身にまとっていないが。

『んで、鳥ノ井さんは、ピンク?』

『僕、オトコなんだけど……』

『え? そうなのか?? すごくカワイイな!』

タンクトップの青年にナチュラルに止めを刺され、幼顔の青年は苦笑いを浮かべてはいるものの、再起不能レベルにぐったりしたオーラを出す。その姿が不憫でならなくて、その場にいる全員が、彼の容姿についての話題を封印することに密かに決めた。

『では、鳥ノ井さんは【白】にしますか?』

美形の青年が取り繕うような提案をするが、白もうっかりするとオンナノコ色である。

『いえ、白ってすぐ汚れるから…緑でおねがいします。緑も好きですから』

美形の青年は、主婦くさい理由だ、と思いつつ書類に【黒】【緑】と書き込む。

『これで決まっていないのは私だけですか』

『庵は、青!!』

タンクトップの青年の元気よく片手を上げての発言に美形の青年自身はうろたえたが、他の3人はあっさりと納得し頷いた。

『あー、青だな』

『確かにそうだね』

『……青』

『ちょっと、なんでですか! なぜ私が【青】なんですか?!』

 

 

ブルーは目を開け、周囲を見回した。無機質な壁と操作盤。
3秒後に彼は、地下層へのエレベーターの中で力尽きて寝てしまっていたことを思い出した。
何分くらい眠っていたのだろう。エレベーターはまだ、下降を続けている。

「過去の記憶ですか… 珍しい夢を見てしまいましたね」

株式会社○゛ンダ○ 特殊営業課こと なになに戦隊なんとかレンジャー(仮名称)が結成された翌日の、各自の色と戦隊名を決定した日。ブルーが、ブルーとなった日の、記憶だった。
結成当初の互いに不慣れだった時期を思い出し、ブルーはふと口元を緩める。

「……あの頃から、グリーンは苦労性でしたね。困ったような笑みを浮かべてばかりで。最初は女性だとばかり思っていましたね…
ブラックは、昔のほうが多少口数が多かった気がしますね。最近はますます喋らなくなる一方ですが…その代わりに行動力は出ててきたようですけど……」

ため息が知らずと漏れた。ブルーは床に放り出されていたブラックのジャケットを引き寄せ、きれいに畳む。

「イエローは…最初から軽薄で不真面目で、ふざけたようなことばかり口にしてましたけど……まさか、『天狗』などという暗殺組織の者だったとは、知りませんでしたね……」

グリーンの腕を折った時のイエローを思い出し、ブルーはもう一度溜息をついた。
彼のあのような身のこなしや形相を見たのは初めてだったし、普段の様子からは想像もつかなかった彼の正体に、ブルーは正直なところ、ひどく戸惑い、恐怖を抱いた。

そして自分達をレッドの元へ行かせる為に追手を食い止めてくれた彼を見、そのような感情を抱いてしまった己を、ブルーは恥じていた。

イエローだけではない。グリーンも、ブラックも、追っ手と戦っていてくれている。だからこそ自分は今、レッドのいる地下層へのエレベーターに乗っていられるのだ。

「感謝しなさい……レッド」

呟き、再び壁にもたれた。

「バラバラだった私達が、いえ、今もバラバラですけど……でも、頼もしい『仲間』同士に少しは近づいたみたいですよ」

―――ああ、でも、貴方は昔から全く変わっていませんね。……善太。

ブルーは再び瞼が重くなるのを感じ、目を閉じた。

 

 

『なぜ私が【青】なんです?』

人気の無いビルの屋上で、庵はネクタイを緩めつつ、隣にしゃがみこむ善太にきつめの語調で問うた。
善太はすぐには答えず、緑色のフェンス越しに空を見上げている。昼休みの空は明るく、広々としている。

『オレ、赤も好きだけど青も同じくらい好き』

『……は?』

庵は横目で隣を窺う。善太はやはり空を見上げていた。

『青はキレーだろ。空も海も青。あとな、青い花って、珍しいんだ。庵、見たことあるか? ガラパゴスで見つけてな、すごい真っ青。キレーだった』

『私も、綺麗ということですか?』

『うん』

皮肉の問いかけを直球で肯定され、庵はうろたえた。善太のこういうストレートな物言いをする部分が、高校生の頃から庵は苦手だった。

『その花、トゲがたくさんあって、触ったら血がたくさん出た。だから、庵に似てるなーって』

『ほぉ……』

一転して無意識の中傷を受け、庵のキャパシティの少ない堪忍袋はたちどころに一杯になった。右の拳を握り、脳の足りていない元同級生の頭を殴りつけようとした、が、

『オレ、嬉しいよ。庵とまたこうして色々出来る。それに、他の3人もすごく面白そうだ』

不意に笑顔を向けられ、庵は振りかぶった拳を停止させた。

『まだオレたち5人、バラバラだけど、ちゃんと【仲間】になろうな!』

善太の笑顔は純粋そのもので、庵は怒るタイミングを完全に見失い拳を下ろした。そこに、屋上と階下を繋ぐ扉が開き、明美…グリーンと連賀…ブラックが顔を出した。

『帯刀…イエローさんが、お昼ごはんにカレー作ってくれましたよ! 一緒に食べませんか?』

『食べるっ!!』

善太は元気よく立ち上がり、駆け出した。その後を庵も歩いて追う。

『仲間…ですか。なれますかね……』

 

    

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