《43》

 

「泣いてるのか?」

「な、泣いて…なんかっ……」

レッドに心配そうな声をかけられ、ブルーは恥ずかしくて悔しくて、息を止めて必死に泣き止もうとした。しかし、嗚咽はひどくなるばかり。
レッドが再び気遣いの言葉を、そしてブルーが再び悪態を吐こうとした、その時だった。

『ピンポンパンポーン♪』

建物内アナウンスお約束のチャイムが鳴り、2人は反射的にスピーカーに目をやった。

『基地内にいる全てのものに告ぐ! 頼む、助けてくれ!!』

「この声は……」

チャイムの後に流れたのは、マル特部隊司令官・ドラリンの、切羽詰った声。いつも堂々と偉そうで向かうところ敵なしの彼女がこのような放送をするなど、非常事態以外に考えられない。

『私は今、酒乱状態に陥り裏人格が目覚めた明美くん、通称「裏美」に囚われてギャー!!』

ガタン、ドカン、とスピーカーの向こうからけたたましい物音がし、

『……というワケだよ』

再び流れた声はドラリンのものではなく、ぞっとするような悪意の滲み出ている…裏美の声。

『俺たちは今、1階エントランスホールにいる。誰でもいーけど、さっさと来ねぇとこの女の公開処刑見逃しちまうぜ?』

ゲハハハハハ、と下卑た笑い声が響き、そして放送が途切れ静寂が戻った。
涙はいつの間にか引いていた。ブルーはわなわなと身を振るわせる。それは底知れぬ恐怖感に違いない。

「あの、悪魔が……!!」

いつも穏やかで優しいグリーン…明美と、その彼が酒に酔ったときの人格…裏美は全くの別物である。その残虐、悪辣、非道、冷酷さはブルー自身が何度もその被害にあって骨身に沁みている。だからこそ、止めに行かなければなるまい。

そしてブルーがドアを背に駆け出そうとした、その時。
突風が、彼の横を駆け抜けた。

「……え?」

いや、あれは風ではない。
振り向くと、レッドが拘留されていた部屋の、認証システムが幾重にもかけられ開けられるはずのないドアが、開いている。

「レッド??!」

ブルーの驚愕の声をバックに、レッドは弾丸のように走った。

 

 

ブルーがエレベーターホールに戻った時には既に、1台しかないエレベーターは地上に向かって移動し始めていた。
レッドに追いつきたい一心で、ブルーは『上昇』ボタンを連打する。そこに、背後から声がかけられた。

「やはり、さっきの放送で…… 善太さんは上に向かったんですね」

白衣を着た人物……睦実だった。
彼は普段と同じように、いや、それ以上に穏やかに微笑んでいる。まるで、何かを祝福しているかのように。

「あのドア……」

「はい?」

笑顔の睦実をブルーは少し呆れたような表情で見返す。

「睦実でも、嘘をつくんですね」

「オレは『外からは』開けられないと言っただけですよ」

レッドは閉じ込められていたのではなかった。自分の意志であの部屋にとどまり、死地へ赴くことを決意していたのだ。

「私が迎えに来て、レッドが逃げ出す可能性は考えなかったんですか?」

仮にも国家組織の彼らがすることにしては甘すぎる。
怪訝な目を向けられ、睦実は笑みを消した。

「そうなった時は…そうなった時ですよ。他の方法を考えます。無理強いされた人間が行って成功するとは思えませんし、それに」

「……それに?」

真剣な面もちで言葉を促すブルーに、睦実は目を細めた。

「信じてましたから」

その言葉に、ブルーは頬が何故だか熱くなるのを感じた。
そして睦実はクスクスと笑い出す。

「他の隊員には内緒ですよ? 司令官には『好きにしていい』と言われてましたけど、コレは……好きにしすぎですから」

お願いします、と人差し指を口の前に持ってきて言う友人につられ、ブルーも ふ、と笑んだ。

「わかりました。内緒にしておきます。そのかわり」

そこへ、地上から戻ってきたエレベーターが到着し、ブルーを招じるように金属扉が開く。

「レッドを連れて必ず戻りますから、それまでにラボにもう1人分、作業できる環境を用意しておいて下さい」

そしてブルーはエレベーターに乗り込んだ、が、思い出したかのように振り返る。

「いえ、2人分、お願いします。知能は私ほどではありませんがタイピング慣れしたのを1人連れてきますから」

そして扉が閉まる。その直前に見た睦実は、驚いたような喜んだような、おそらく両方…の顔をしていた。

ブルーは金属の箱の中で一人、拳を握った。

―――レッドが、全てを覚悟して死地へ行こうというのなら、私は全力でサポートする。絶対に、死なせはしない!!

 

    

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