《44》
地上1階のエレベーターホールでは、ブラックと光が互いに銃口を向き合せたまま対峙していた。
どれくらいの時間が経っただろうか。2人のガンマンの集中力は限界を越えようとしていた、時だった。
チン、と軽い電子音が静寂を裂き、地下層からのエレベーターが、到着した。
「うおルあああああ!!!」
と、同時にエレベーター内から金属製シャッターの扉がぶち破られ、男が一人、飛び出してきた。
「???!」
「善太さん?!」
ブラックは仲間の喜ばしくはあるがあまりにも唐突な帰還に驚愕し、そして光は同様に驚くものの己の使命を思い出し走るレッドの進行方向に立ちふさがった。
「ここを、通すわけには行きません!!」
それは、あまりにも無謀な行動だった。
レッドの耳に光の声は届いておらず、また視界にも入っていないのかレッドはスピードを緩めない。
あたかも、重戦車の前にアルミの空き缶を置くような行為だった。
そしてアルミ缶がベシャッと潰される、前にブラックが重戦車のキャタピラ……じゃなくて足を払って走行を止めた。レッドは勢いよくごろんごろん、と3回転ほど転がり、壁にぶつかってようやく止まった。
「いっててぇ〜〜… お、ブラック、1階エントランスホールってどこだ?」
レッドのマイペースな問いかけに、ブラックもマイペースに首を横に振ることで返答し、そのマイペースっぷりに光は唖然とするしかなかった。
「あの…善太、さん? なぜここに??」
「おー、お前は1階エントランスホールて知ってるか?」
「あ、はい。右の通路を真っ直ぐ行って3番目の角で右に……」
光は呆気にとられたまま方向を指差して説明をする、と、レッドはその説明が終わる前に立ち上がり、歩き始めた。
「こっちか?」
壁に歩み寄りつつ彼は右方向を、指差す。
「そうで……えええぇっ???!」
肯定しようとした光の台詞が途中から驚愕の声に変わった。
レッドがおもむろに、壁を殴りつけたからだ。
どごおぉぉぉぉん、と鈍い音がし、鉄筋コンクリート製の壁に半径1.5メートル、深さ25センチのクレーターができる。しかしその被害もレッドにとっては予想外に物足りなかったらしく、
「なかなか丈夫だな。 どれ、もう一発…… だらっしゃああああ!!」
「やめてくださいいいいいい!!!!」
更に破壊活動を進行させようとするレッドを、光は彼の振りかぶった腕にしがみつくことでどうにかこうにか制止した。
「壁の中には、通信ケーブルとか電線とかのテクノロジーが埋め込まれてるんです! 基地全体に被害出るんで、やめてくださいぃっ」
半泣きで哀願され、レッドは困ったように言葉を返す。
「んー… でも道順覚えらんないしな。やっぱ壁突き破るしか」
「僕が案内しますから!」
「おおそうか。悪いな。ブラック、行くぞ」
レッドの呼びかけに、今まで2人のやり取りをぼんやりと眺めつつ床に座り込んで休んでいたブラックは立ち上がり、頷いた。
そして3人は案内役の光を先頭に、通路を走り出し……
道案内を始めて30秒、光は驚きの連続で頭から吹っ飛んでいた自分の任務をようやく思い出し、
「っていうか、なんで僕は道案内してるんだあぁぁっ」
叫び、立ち止まった。
後ろの2人も光にぶつかりそうになりながらも止まる。
「善太さん、地下の部屋に戻ってください! ブラックさんもです!」
光は2人をキ、と睨み上げた、が、レッドは全くもってひるむことなく、
「放送聴いてなかったのか?」
問いかけた。
「え?」
あらぬ方向性の質問に、光の頭は再び任務を忘れそうになった。
―――放送……そんなの、あったっけ? いや、先刻までブラックさんと対峙してて……集中してたから気付かなかたのかも知れない。うん、多分そうだな。ブラックさんもキョトン顔だし ……って、そうじゃなくって!!
「放送なんてどうでもいいですよ! とにかくあなた方2人をこれ以上…」
「ドラリンさんが公開処刑されるらしいぞ。裏美に」
だから早く行かなければ、と続けた、レッドの物言いはサラッとしたものだったが、今度こそ光に任務を忘れさせるには十分だったし、
「そ、え…… な?!」
驚きと恐怖でうまく喋れない光の襟首を引っつかんで、いの一番に走り出したのはブラックだった。
先ほどまでの寡黙な態度とうってかわって、レッド以上に必死の形相と人外のスピードで走り出す。彼が一番グリーンと近しい分、彼の酒乱時の人格・裏美の恐ろしさも身に沁みているのだ。
レッドも、2人にすぐに追いつき、並んで走る。
「こっちか?!」
「はい、次の角右で、あとは直進です」
「早よう…… 早ようせんと……」
道を訊くレッドと答える光。そしてその横で恐怖の表情をかすかに滲ませ、薄く呟きながら猛ダッシュするブラック。そして3人は吹き抜け天井の広い空間へ辿り着いた。
「来たか」
エントランスホールの中央。
少女と見紛うほどの小柄な青年は、到着した3つの人影を見遣って、ニタリ、と邪悪そのものの笑みを浮かべた。