《48》
「やっほ〜、具合どーお?」
「イエロー…」
いつもの調子で明るい笑顔を浮かべながら入室してきたイエローに、グリーンはベッドから身を起こそうとした、が。
途端に左腕を中心に痛みが走り、彼は脱力して再びシーツの上に横たわってしまった。
「だいじょぶ? 痛み止め飲んでみる?」
グリーンが力なく頷くと、イエローはサイドボードの下の薬入れを探って青いパッケージの薬を取り出し、それから洗面台でプラスチックのコップに水を汲んだ。
「ゆっくりでいいから」
グリーンの頭の下に手を差し入れ上体を少しだけ持ち上げてから、イエローは仲間の口元にコップをゆっくりと傾けて口に水を含ませ、そして鎮痛剤を2錠口の奥に入れてやった。
グリーンがそれを飲み下すのを見届けてから、イエローは彼を再びベッドに寝かせ、上掛けをきちんとかけなおす。
「……あり、がと」
「いいから寝なよ〜? どーせ薬のせいで眠くなるからさっ」
それとも俺が添い寝したげよっか? とイエローは冗談めかしつつベッドの端に腰を下ろす。
「うん……でも寝たくないんだ。だって、寝てる場合じゃないよ」
みんな戦っているんだから、と、薄く開けたグリーンの瞳は言いたげだった。
地球の、人類の命運がかかっているこの局面に自分が無力である悔しさが、彼の表情から滲み出ている。
「……そうだよな」
グリーンの言葉と表情はイエローの胸をキュウと締め付けた。
イエローもまた、同じ無力感を抱いていたから。
シン、と室内に静寂が訪れる。
が、それはごく僅かな間のことだった。
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
「「??!」」
突然の危険を知らせる機械合成の声に二人は飛び上がりそうになった。
音の源は、ブラックが置いていってくれた中央司令室内の音声を傍受する機材からのびるイヤホン。
イエローは慌てつつも片方のイヤホンを自分の耳に、もう片方をグリーンの耳にねじ入れた。
「報告しろ。何が起こった?」
ドラリンは事態を把握しようと努めて冷静な声で部下ら3人に問う。
しかし彼らが答えるより先に、司令席備え付けのスピーカーから声が上がった。
『こちらケルビム六号。当基地に小隕石が接近しています』
「??!」
屋上に設置したAI搭載の監視レーダーからの報告に、その場にいた全員が驚愕を隠せなかった。
「それは巨大隕石とは別物なのか!?」
『推定直径15メートル。大気圏で燃え尽きずに落下を続ける元大型隕石と思われます。』
いち早く正気に戻った司令官の鋭い声に、機械の声が冷静に答える。
『落下予測地点は当青木ヶ原基地B棟、誤差プラスマイナス35メートル。落下予測時間は12分58.25秒後、誤差プラスマイナス2.56秒です』
「なん…だって……」
巨大隕石の一部が剥離したのか、それとも巨大隕石の陰に隠れていて今の今までレーダーが感知できないでいたのか、それとも……
―――いや、そんなことはどうだっていい!
司令室の最高責任者である彼女は頭を振るい思考を切り替えた。
小型といえど基地に隕石が激突すれば、『グングニル』を発射できなくなってしまう。
かといって小隕石を破壊するために屋上の防御シールドや対空レーザーを使用すると『グングニル』へ供給するエネルギーが不足してしまう。
引くか、迎えるか。
どちらにせよ肝心の巨大隕石を破壊することが出来なくなってしまうのだ。
幾多の修羅場を潜り抜けてきたドラリンの頭脳をもってしても対処法は浮かばない。
「司令官……」
睦実は不安げに上司を見遣った。
ドラリンと並び世界トップレベルの頭脳を持つ彼も、そしてブルーも、この崖っぷちの状況を打開する策に辿り着けずにいる。
諦めたくは、無かったが。
3人はあっけない結末に辿り着くしかなかった現実に歯噛みし、拳を固く握りしめた。
「……あれ、見て」
突然のブラックの声に、3人はいつのまにか伏せていた顔を上げた。
巨大スクリーンの一角を差すブラックの指の先には、基地内の監視カメラからの映像。そのウィンドウの中には……
「イエロー!、グリーン!」
廊下を走る仲間を見、ブルーは驚いてデスクチェアから腰を浮かせた。
画面の向こうでイエローが先に走り、グリーンがその後ろをよろよろとついてゆく。
と、イエローは立ち止まり、グリーンに対して何事かを言い、そのまま二人は口論する。
折れたのはイエローの方らしく、彼はグリーンを背負うとすぐさま駆け出し、そのまま非常ドアの向こうに消えてしまった。
「……屋上に、二人は、向かった」
ブラックが呆然とした表情で呟いた。