《49》

 

「ついてこないでいーって! ベッドで寝てなサイ!!」

「嫌だよ! 絶対、やだ!」

困ったような声を出しながら走るイエローと、息を切らしながらも怒り顔で後を追うグリーン。
司令室の会話を傍受して異変を知った二人はさながら追いかけっこのように屋上を目指していた。

「イエロー、あの隕石何とかしようとしてるんだよね?」

「わかってんじゃん。だったら怪我人は大人しくしてろって」

「イエローが怪我させたんだろ!!?」

突然の強い声にイエローは驚いて立ち止まり、背後のグリーンを顧みた。
グリーンは普段の温厚さからは想像もつかないほどに感情を露にさせ、怒っている。顔を真っ赤にし目に涙を溜めるその表情にイエローは狼狽えるしかなかった。

「あ… ……ごめん。」

イエローの謝罪にグリーンは無言で首を振った。涙の雫が朱の頬に散る。

「でも部屋に戻ってくれよ。頼む。 だってグリーンがこれ以上怪我したら、ブラックのヤツ絶っ対ェ悲しむからさ」

グリーンはごしごしと目元を拭い、イエローをキ、と睨み上げた。

「イエローが怪我しても、悲しむよ。みんな悲しむ。」

彼のいつになく強い気勢に、イエローは一瞬負けそうになった。

「俺は平気だよ」

「なら僕も平気だよ。皆で、死なない約束、したんだから」

身長151.7cmという小柄な体から、はちきれんばかりの感情と確固たる意志が溢れ出していて。
イエローは観念したように溜息をついた。

「……わぁったよ」

グリーンにくるりと背を向け、膝をつく。

「乗って。あと10分位しかないし」

グリーンは真剣な面持ちで頷くとイエローの背に体重を預けた。
彼の無傷の右腕が自分の肩にしっかりと回されるのを確認し、イエローは全力で駆け出した。
細い廊下を音もなく駆け、非常階段に出る。

「ちょっと危ないことすっから、しっかり掴まっててね〜」

言うなりイエローは階段の手すりに足をかけ、跳躍した。そして上の階の手すりに着地すると再び勢いよく足場を蹴って跳躍、を繰り返す。
グリーンは上下運動に振り落とされないよう、右手と両足でイエローの体に慌ててしがみついた。

「……怪我、させちゃって、ゴメン、ね」

上へ上へと移動を続けつつ、イエローはやおら呟いた。

「ううん。こっちこそ蒸し返してゴメン。気にさせちゃったよね」

グリーンの謝罪にイエローは頭をかすかに横に振った。

「や。…俺、……俺、さ、人をカンタンに傷付けられるんだ。なんでか、わかんないけど」

独り言の音量で、イエローは呟いた。
それは、彼の独白だった。

「最初に人殺したのは中3の時。俺が餌やってた野良犬を遊び半分に殺した奴らを、さ。
キレた俺とケンカになって、3人重傷で1人死んだ。

一族代々の武術を使って一般人を殺した咎で、俺は牢屋みたいな洞窟に幽閉された。死ぬまでそこから出られない筈だった、けど。死の恐怖に駆られた俺はそれこそ死に物狂いで脱出しようと岩を殴り続けた。
……覚えてないけど、そこで目覚めたらしいよ。なんでも壊せる才覚に。

岩盤…というか山半分を砕いて脱出した俺の前に、50人くらい、かなァ。兵士がやってきたよ。武器たっぷり持って。多分自衛隊かな。上層部にウチの一族と仲良くしてるヤツがいるから。
俺は迷わずそいつらと戦った。銃火器の分解もすぐできるようになったし、どうすれば人体を壊せるかも直感で解かるから決着はすぐついた。何人死んだかは覚えてないけど。

次に一族の若いヤツ二人…だっけな。その二人を殺したのは覚えてる。成人したばっかで、自分の力を試してみようと俺に向かってきたみたいだった。

そしたら次は、当主…伯父さんと親父とお母んが立ちはだかった。正気を失った俺を止めようとしたらしい。あの3人は俺の中で最強、だったけど。俺を止めることはできなかったよ」

「イエロー……」

グリーンはなんとか声を絞り出してイエローに呼びかけた。
彼の過去はあまりに壮絶で。コードネーム以外にかける言葉をグリーンは思いつけないでいた。

「あの時3人を殺さなかった俺に、グッジョブ!て言いたい。殺してたら、後悔、なんてモンじゃ足りねーほど後悔してたろーから。多分自殺してたな」

「イエロー!」

今度は、彼の話を遮るように声を出した。
しかしイエローは語るのを止めない。

「イトコの1人が、偶然だろーけど、やっと俺を止めてくれたよ。
それから俺は家を出た。時々下る一族からの指令をこなせばあとは好きにしていい、ていう契約で。
で、調理師になって、なんでかわかんないけど正義の味方になったわけだ」

イエローの語り口はあっけらかんとしていて、ひどく明るい声だったけれど。
その話は悲しく痛々しい響きをもってグリーンの心に突き刺さった。
グリーンは彼の肩に回す右手にいっそう力を込める。左腕が折れていることが悔やまれた。両腕が無事だったら、イエローを抱きしめられるのに、とグリーンは思っていた。

「ホント、なんでかわかんないんだよな。なぜ俺はなんでも壊せるのかも、どうしてこんな俺がセイギノミカタやってんのかも。だって悪いこといっぱいしてんじゃん? ヒトゴロシだしさー。なのに今さら、正義とか、善とか、わかんねーよ」

イエローは今、どういう表情をしているのだろう?
思ったが、グリーンにはわからなかった。
悔やんでいるのか、笑っているのか、涙を流しているのか。明るい髪色の後頭部を見つめても、わからない。

「でもさ」

不意に、イエローの声の質が変わった。
低く硬く重く、刃のように研ぎ澄まされた声へ。

「あの隕石止めることは正義なのかな、って思ったよ。だから、止めてみせる」

凛とした、決意の声。

イエローは最後の手すりを踏み切り、屋上のコンクリートの床に着地した。

屋上から見上げる空は、やけに眩しく黄色い色をしていた。
その明るすぎる黄色の中に黒点が数個、染みが落ちるように散らばっていた。そのうちのいくつかは次第に消えてなくなり、また、そのうちの一つがぐんぐん大きくなるのが見えた。それがこの基地に落下する予定の小隕石なのだろう。
隕石が接近するにつれ、気温が次第に上がってゆくのを二人は感じた。

イエローは背負っていたグリーンを降ろすと伸びを一つし、手首のストレッチをした。

「じゃ、ちょっと止めッから、離れててね」

彼はグリーンに振り向きもせず、迫り来る隕石を見上げたままだった。
相変わらずの気楽な口調だったがグリーンに顔を見せるのを避けている。
グリーンはイエローの言葉には従わず、彼の背中に自分の背をぴったりと付けた。

「おい、グリーン」

イエローは切羽詰った非難の声を上げる。

「何やってんだよ、もう時間ないぞ? 危ないから早く……」

「僕は」

グリーンの声は硬かった。
怒っている声ではない。泣いてもいない。

「僕は力弱いしチビだし戦いに向いてないし怪我人だ、けど」

ただただ真摯な、声。

「イエローを支えることは出来る」

「グリーン」

背中越しに聞こえるイエローの声はひどく戸惑っていて。
グリーンは深く息を吸って喉にこみ上げる痛みを誤魔化した。
イエローの過去の傷に同情するのは簡単だっただろう。だがそれは最もしてはならないことに思えたから、グリーンは泣こうとする自分を必死で抑える。

「ちゃんと傍にいるから、だから」

悲しみを封じ込めた後に残るのは、彼の力になりたいという真剣な思い、唯一つ。

「1人で戦わないで」

グリーンを安全な場所に置き、独りで行こうとした彼は明らかに死を覚悟していたし。
昔の話を語る彼は、過去の罪を死んで償おうとしているようにも思えた。

そんなことは絶対にさせない、とグリーンは強く強く念じる。
彼の真っ直ぐな言葉にイエロ−は少し間をおいて返答した。

「……ありがと」

「ううん。だって僕ら、仲間だよ?」

「そ…か」

隕石がもう、間近に迫っていた。
空気との摩擦により炎が吹き出す飛来物の熱で、服が焦げてしまいそうだった。

「じゃ、変身しよっ」

「うん!」

二人は背中合わせのまま、瞬時にヒーロースーツへ変身する。
スーツは耐熱性だし、万が一の事態の衝撃に耐えられるほどの頑強さを持っている。……万が一、など起こってほしくはなかったが。

炎に包まれた隕石が、眼前に迫ってくる。

「……来いよ」

イエローは腕を挙げ上体を開いて格闘の時と同じ構えを作って備えた。
彼の深く長い呼吸をグリーンは背中越しに感じていた。

 

    

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